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第十四話

 正直、足取りは重かった。


 幽霊と話したいのだから日の高い内じゃ出てきてくれないかと、敢えて夜にかかりそうな時間を選んだわけだが、やはり、昼にした方が良かったのではないかとも思う。


 例の山道を登り詰める毎に以前の恐怖が蘇ってくる。


 幽霊が出る出ない以前に、誰だって怖いだろう。しかも今回はたったの一人。


 しかし引き返そうかと悩み脚を止めると、木名瀬や山下の顔が思い出された。


 何とかしてやりたい。こんなところで諦めて他にどうするというのか。あの二人だって今まさに、戦っているかもしれないのに。


 私は自分の頬を叩き、気合いを入れ直して進んだ。


 例の廃屋。訪れるのは二度目だが、印象は然程変わらない。腕時計をみた。夕方6時。もうすぐ陽も落ちよう。


 私は懐中電灯をつけ、廃屋の内部に脚を踏み入れた。


 「……」


 中の様子も以前と変わらない。私は足下をライトで照らした。確かこの辺だった筈だ。


 「……あった」


 人形の左腕。おそらく山下が壊したのであろう人形の一部。本体はどこだろうか。普通に考えたらそう遠くないところにありそうだが……私はそれをポケットに収め、改めて辺りを見渡した。


 やはりこの部屋にはなかった。前回は女に阻まれ、行き損ねた奥の部屋に入る。


 寝室だろうか。大きな押し入れと、仏壇を置くようなスペース。一通り見渡して、それらしいものは見当たらない。


 一応調べた方がいいよな。


 奥の押し入れにあたりをつける。床が抜けないか慎重に歩いた。心臓が高鳴りを感じる。私は押し入れ襖に手をかけ、ゆっくりと、開けた。


 中には小物の一つもない。念入りに、上の段と下の段を調べて成果は得られなかった。嘆息して立ち上がる。


 「――」


 一瞬の出来事だった。押し入れの天井、恐らく天井裏に続いているだろう小さな穴の向こうに、人の目のようなものが一瞬見えてフッと消えた。


 幻覚――にしては例のひんやりはない。


 怖いと思っているからそんなものを見るのだ。私はまた頬を叩いた。


 もう一つあった小さな部屋と、トイレらしき場所を確認して、一階はくまなく回った終えた。例の人形はなかった。


 「……二階か?」


 山下に人形の場所くらい聞いておけば良かったと思う。私は軋む階段を慎重に進んで二階へ上がった。窓から見えた空はもう真っ暗だった。


 「……」


 部屋は2つあった。私はテレビの記憶をアテにしてまず向かって右の部屋から調べた。


 床にライトを照らす。


 「――あった」


 例の人形だ。テレビで見たのと同じ、日本人形のようだ。左腕がないので間違いなかろう。やはり、私が夢で見た若干グロテスクな人形とは全く違う。


 手を伸ばした、その時。


 「――ッ」


 大きな軋みをたてて床が抜けた。激痛が走り、私は慌てて右足を引き抜いたが、自分の脚を見てぎょっとした。


 太股が大きく裂け出血していた。抜けた床の木で裂いてしまったのだろう。こういう時、本当の痛みというのはじわじわとくるもので、私はその場で悶絶した。


 包帯は、もってきていない。私は自分のシャツの袖を裂いて患部とその上をきつく縛った。どくどくと脚が脈打っている。血はまだ止まらない。


 これは、まずいかな。


 ぼんやりした頭でそう思う。幽霊に殺される前に出血多量で死ぬなど、笑い話にもならない。


 その場で10分ほど心を落ち着けて、私は、改めて人形を手にとった。人形は表情のない顔で私を見つめ返してくる。


 「ごめんな」


 私は言った。ポケットから取り出した左腕と胴体を合わせる。少しだけ形が合わなかったが、微細な破片の分だけ足りないといった感じだった。山下のやつ、どれだけ強く引きちぎったのか。


 鞄からボンドを出した。それなりにくっつきそうだった。私はボンドが乾ききるまで、それに右脚が落ち着くまでその場で休む事にした。


 しかしどうやら、大量に出血したショックかとりあえずやり遂げたという油断からか、そのまま寝入ってしまったようだった。




 人のうめき声のようなものが聞こえ、私は目を覚ました。自分が寝ていたという事実に驚愕したが、それ以上に、自分の身に起こった異変が強烈に思考を遮断した。


 例のひんやりが来ていた。しかも、前にこの廃屋で女を見た時と同じか、それ以上に強烈だった。身体は、なんとか動くもののまた声が声にならない。周囲を見渡したが、私が気を失う直前と大差ない。しかしずっと、呻き声のような音が聞こえてくる。


 何と言ってるか聞き取れぬが呪いの言葉のように思う。音の重なり方から何十人もの人間が一斉に呻いているようだった。音の出どころは分からない。周囲から一斉に聞こえてくるようでもあり、私の頭の中から聞こえてくるようでもある。


 私は鞄から安定剤を取り出した。


 呼吸すらままならぬ中、薬を飲むのは困難だったがそれでも何とか飲み干した。


 少しして、症状が若干ましになってきた。


 私はライトをとり、乾かしていた人形に光を当てた。人形はそのままの形でそこにあった。それを抱え、痛む右足を引きずって、慎重に階下へ降りた。途中何度もバランスを崩しそうになる。あと四段というところで私は左足を踏み外し、そのまま落ちた。


 「――ッ」


 やっと声が出た。


 私は私の身と人形が無事な事を確認し、ほっと胸を撫で下ろした。茶の間に入ると、例の女がいた。


 「……」


 タンスの方を向き正座をしており、こちらは見ていない。私は恐る恐る部屋の対角の位置に立った。


 女は私に反応し、ゆっくりと、振り向いた。ただ、女の表情に以前の怒気はない。少し悲しそうに私のもつ人形の方へ視線をやっている。私は鞄をその場に置き、人形を抱えて少し近付いた。


 「返すよ」


 部屋の真ん中にあるちゃぶ台の付近、床の抜けやすい所を避けて座った。人形を差し出すと彼女は今度は私を見た。


 「山下の代わりに謝りにきました。本当にごめんなさい」


 女は無言だった。無言で人形に手をさしのべると、いとおしげにそれを抱き上げた。


 私は目を細めた。


 上手くいったのかと思った。


 瞬間。


 安らかだった女の表情が、不意に鬼の形相のようなそれに変わる。首筋のひんやりが強くなり、聞こえていた数十人の呪いの声が強烈に大きくなった。


 「こわせばいいでしょおおおお!!!」


 空気すら冷たくなり、全身が粟立つ。女は人形を捨て、凄まじい勢いで私に突撃してきた。私は右足を引きずって逃げようとしたが捕まり、また首を絞めあげられた。


 「――ッ」


 もがくが全く手応えがなく引き剥がせない。女が高々と腕を上げ私の身体は軽く持ち上げられた。苦しい。


 何だ。


 何かを訴えているが意味が分からない。結局人形や謝罪なんてどうでもよくて、私達を殺したいだけなのか。


 でもどうして。


 山下はともかく、私や木名瀬を。


 他の廃屋を訪れた人物は標的にならず、何故私達三人だけが。


 「――」


 何かが繋がりかけていた。


 女が私にうったえてくること。


 私は夢中で暴れた。負傷した右脚が女の脚に当たり、逆に痛みを感じた時、思考が1つの結論を導いた。


 私と木名瀬と山下がやった事。


 私達三人を標的にする理由。


 三人の共通点――。


 (山下、腐った床で脚を怪我したって)


 (桐島くん大丈夫っすか!)


 床を――。


 みつけてよ。


 その時。


 部屋の隅においてあった私の鞄が震えて鳴った。


 電話。


 久慈――?


 女がびくんと反応し、私を離した。そうして慌てて鞄に駆け寄った。口の開いた鞄の中には、安定剤を入れた紙袋が見えていた。女の視線はそこに釘付けになっていた。


 こわせばいいでしょ。


 私は咳き込んで女の後ろ姿を眺めた。突如自由になった事に困惑する。しかしよく分からないが何かに気がそれているようだ。私は脚を引きずって、ちゃぶ台のところまでいった。そうしてちゃぶ台を持ち上げると、力の限り床に叩きつけた。


 床が、勢いよく抜けた。私はその下にライトを照らした。赤黒く変色し、盛り上がった、回りとは少し違う感じの土があった。


 何か埋まってる――。


 咄嗟にそう思う。


 私は床下に降り、破片になった木の板を使い、夢中で掘り返した。すぐに異様な手応えがあった。手でかきだすと、丸い白茶けた物体が現れた。途中まで掘り返し、それが小さな頭蓋骨であることを知った。


 ふっと視線を感じ顔を上げると、女が、穴を覗き込んで頭蓋骨を凝視していた。


 私は叫んで、木の破片を女に投げた。


 しかし女は全く意に介さず。


 何も言わずにふっと消えた。


 「……」


 ひんやりと呪いの声が収まっていく。私は穴から出て、鞄まで這っていった。携帯に久慈の不在着信の表示があり、私は折り返した。


 「桐島くん!大丈夫なの!?」


 「今何時だ……?」


 「4時……くらいよ」


 「ああ、大丈夫。いや、大丈夫じゃない」


 「何があったの!?」


 「警察、呼んでくれ。あと救急車も。怪我してて動けそうにない。今、例の廃屋にいる。ごめん、また迷惑かけるな」


 携帯を投げ捨て、柱にもたれかかった。


 息をつく。


 助かったのだろうか。


 横たわった人形がこちらを眺めている。私は鞄から安定剤を取り出すと、1錠口に含んで飲み込んだ。

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