第十二話
次の日、学校に木名瀬は来なかった。
久慈からは、高熱を出して休んだと聞いた。しばらくは来れないかもしれないなと思った。
更に3日後の休み時間、久慈が私のクラスを訪れた。深刻そうだったので他の耳がない中庭に連れ出した。
「……今朝久しぶりに電話かけてみたんだけど、結実の様子がおかしくて」
「どうおかしかったんだ」
「熱は下がったって聞いたけど、普通の感じじゃなかったわ。落ち着かないっていうか、不安定で……」
久慈は一瞬躊躇ったが、言った。
「……私の夢にも出た、って」
「――」
「その前からメールのやりとりもおかしくて、体調が悪いせいだとばかり……ねえ桐島くん……私、どうしたらいい?大事な友達なのに、何でも知ってると思ってたのに、分からなくて、怖くて……」
「大丈夫だ」
私は久慈の手を掴んで言った。
「何もない。大丈夫だよ。放課後、一緒に木名瀬の家に行こう」
久慈は不安そうな顔をしていたが、黙って頷いた。
それにしても馬鹿なのは木名瀬で、いくら怖がりとはいえ山下の話を鵜呑みにし過ぎなのだ。
まあ、そういう私もあの後2回ほど夢の中に登場させているので人の事をいう資格などないが。
「久慈は例の夢、見たか」
彼女は黙って首を横に振った。
母親に通されて彼女の部屋に入り、まず度肝を抜かれたのは部屋の暗さだった。まだ夕方でもないというのにカーテンを締め切っていた。木名瀬はベッドで横になっていた。
「大丈夫か」
私は椅子に腰を下ろし、話し掛けた。顔がこちらを向いた。一週間しか経っていないというのに、憔悴しきって別人のような顔付きになっていた。
「桐島さん、来てくれたんすね……」
久慈がカーテンに手をかけようとすると、
「開けないでっす!」
びくん、と久慈が震える。
「木名瀬」
「ごめんなさいっす……でも、明るいと、入ってくるんすよ……」
「何がだ」
「あの女の人っす……」
「木名瀬、しっかりしろ」
私は木名瀬の目を見て話し掛けた。
「幽霊なんていない。全部、山下の妄想なんだ」
「違うっす……」
木名瀬は布団を口までかぶって呻いた。
「だって、寝たら夢に出るんす。絶対すよ。熱も下がらないし、寝れなくなって、そしたら今度は昼間起きてても出るようになったっす……」
小さい子供が熱でうなされていた時に見えない誰かと話していた。この間幻覚についてインターネットで調べている時に、そんな症状を見たのを思い出した。木名瀬は、小さい子供ではないが、発熱により幻覚をみるという事はあるのかもしれない。
「でも、見えちゃうものは仕方ないっすよ……そこにいるんだから、もし幽霊が幻だって、いたら本物とおんなじっす……」
「……」
そこにあるものは幻でも本物と一緒。
心が痛んだ。
木名瀬のこの気持ちは痛いほど理解できる。
二年間、ありもしないものと戦ってきた。他人には見えないだけで私には全て真実であった。
幽霊なんていない、気にするなと彼女に言い聞かせる事は、自分にとって幻覚など現実ではないのだから気にするなと言うのと同じくらい虚しいものと悟った。
「桐島くん羽々ちゃん……私、どうしたらいいんすか……」
木名瀬は頭まで布団をかぶった。泣いているのだと分かった。
もう、彼女の中には彼女の真実しかない。
しかしそれでも。
私にとっての幻覚とは決定的に違う点がある。
「絶対治る」
私は言った。
「大丈夫だ。俺が何とかしてやる」
何の根拠もあてもなしに、ただ、そう言った。




