とあるキャラの独白 その4
*大変お待たせいたしました。
――ほら、涼子。これをやろう。
――うわあ、ありがとう、おじいちゃん!
――いいんですか、お義父さん。こんな大切なもの……。
――ははっ、孫に使ってもらえば、こいつも満足だろうよ。
……ずっしりと重い、黒い一眼レフ。おじいちゃんと共に駆け抜けてきた、戦友。
――おじいちゃん、わたしおじいちゃんみたいな、きしゃになるね! それで……
――そうか、そうか。涼子にならなれるさ。
……私に微笑んでくれたおじいちゃんの顔は、皺一本に至るまで、はっきりと思い出せる。がしがしと頭を撫ぜてくれた大きな手の温かさも。
私の夢を見つけた、瞬間だった。
***
「紗都子さんが?」
私は眉を顰めた。こくり、と小さく頷く女子生徒。辺りを憚るように、小声で話しかけてきた。
「すごい噂になってる。ほら、特待生の齊藤さん……陰湿ないじめ受けてるって。紗都子さん率いる、エリート集団に」
――この学園には、純然たるヒエラルキーが存在する。幼稚園からエスカレータ式で進学してくる内部生と、受験で入って来る外部生。資産家が多い内部生だけの特権は、当然の事として存在する。
元華族の黒木 紗都子さんは、その内部生の中でもトップに君臨する姫君だ。真っ直ぐな黒髪、白い肌。日本人形の様な、整った顔立ち。立ち振る舞いも品があり、正に『お姫様』という表現がぴったり、の人だった。紗都子さんの周囲も、似たようなお嬢様が集まっていた。
「そりゃ、あやめが気に食わないって感じはしてるけど……」
斎藤 あやめは、抜群の成績で特待生として入学してきた同級生だ。明るくて元気だが、ちょっと抜けてるところもある。内部生を差し置いて学年一位になった、と内部生――特に資産家や名家の生徒――が、何かにつけてあやめを攻撃するようになった。
紗都子さんが、廊下を走って転んだあやめに、厳しく注意してるのを見た事があった。紗都子さんの取り巻きも、あやめには厳しい。
(でも……)
私は首を捻った。紗都子さんが、隠れて陰湿な事をするようなタイプに見えなかったからだ。
「ちょっと調べてみたら? スクープ手に出来るかもよ?」
「まあ、ついでにね」
新聞部でも、あやめの周辺に漂う、キナ臭い匂いには気がついていた。晴海くんが、あやめを庇ってるみたいだけど、女同士の間にまではなかなか入り込めない。
(とりあえず、状況証拠集めよね……)
――曇った目で見るな。真実を捻じ曲げるな。
――写真は嘘はつかない
おじいちゃんの言葉を、もう一度、心の中で繰り返した。
***
「あやめ、良かったね。これで安心して学園生活送れるよ」
「うん……ありがとう、涼子ちゃん」
私はあやめの肩を抱いた。晴海くんや原くんも傍にいた。
……結局、紗都子さんがあやめを陥れようとしていた事が発覚、紗都子さんの実家も没落し、彼女は学園を去っていった。私は、去り行く紗都子さんの背中に向かって、思わずシャッターを押した。
ぴんと真っ直ぐに伸びた背筋。水を掛けられ、髪や制服からぽたぽたと水が落ちていたにも関わらず、紗都子さんは紗都子さんだった。最後まで、気高い『お姫様』のまま。たった一人で。
「紗都子さん……」
私はじっと、紗都子さんの小さくなっていく背中を見つめていた。
そして数ヶ月後。私はとある噂を耳にしたのだ。
「紗都子さんが行方不明?」
私は眉を顰めた。紗都子さんの実家が没落したことは知っていた。だけど、どこに行ったのかも分からないなんて。そんな事。
「そうらしいわよ。近藤くんも行方知れずだって」
いつも紗都子さんの傍にいた近藤くん。彼も?
「どういう事?」
私は鞄から小さなアルバムを取り出した。自分が撮った写真はここに収めてある。私は最後のページをめくった。そこにあるのは、あの時の紗都子さんの後ろ姿だった。
「……」
――曇った目で見るな。真実を捻じ曲げるな。
――写真は嘘はつかない
「おじいちゃん……」
あの時、私も皆も、紗都子さんを責めた。紗都子さんは何も弁解しなかった。何も言わず学園を去った。それは自分の罪を認めての事だと思っていたけれど。
(違うの? 何か見過ごしたことがあるの?)
写真の中の紗都子さんは、気高さを失っていない。卑怯な事をするようには、見えない。だったら、どうして? どこに行ったの?
――写真は嘘はつかない。嘘をつくのは……人間の方だ。
重い何かが私の心の中から抜けなかった。ずっとずっと。もしかしたら、もっと違う目で見ていたら、そうしたら。紗都子さんが行方不明になんて、ならなかったのかも知れない。そんな事ばかりをぐるぐると考えていた。
――だから、あの『金の光』とやらに聞かれた時、私はこう答えだのだ。
『もう一度、おじいちゃんのカメラで真実を撮りたい』と。
光は笑った。そうして私は、転生の光に包まれた。
――もう一度、撮るんだ。真実を。
そんな事を思いながら、私の意識は眩い光に紛れていった。