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第十八話 旦那様がかっこよすぎます。

 ――……アレクシス様、本当に戦うおつもりなの……?


 ようやく遠征から帰ってきたばかりなのに。いったい何日、満足に休めていないかも分からない。そんな状態で、さらに試合をするなんて……。


 フレアは思わず胸の前で両手を握り締めた。メリーとリドルも、不安そうに演舞場を見つめている。


 その視線の先でアレクシスは大会用の剣を受け取り、数度軽く振ると静かに演武場の中央へ進んだ。


 迎えるフォクシーの表情からは、先ほどまでの余裕が完全に消えていた。


「……アレクシス団長。疲労が残っているのなら、今からでも中止にして構わないんだぞ」


「……必要ない。貴殿も遠慮せずかかってこい。後で本気を出せなかったと醜い言い訳を言わずに済むようにな」


 審判が二人の間に立つ。


「これは公式トーナメントとは別の特別試合である! 勝敗は通常の試合と同じ基準で判定する! 両者、構え!」


 アレクシスが剣を構える。


 その動きには一切の無駄がなく、今日ここに立った騎士たちの中でもっとも隙がない。


 会場はそれだけでしんと静まり返り、客席にも緊張感が走る。


 フォクシーも剣を構えた。しかし、額にはすでに汗が浮かんでいる。


「――始め!」


 合図が響いた次の瞬間――先に動いたのはフォクシーだった。


 鋭い踏み込みと共に、剣を振り下ろす。


 だが。

 

 ――キィンッ!


 アレクシスはほとんどその場から動かずに攻撃を受け流し、フォクシーの剣が横へ流れる。


 そのわずかな隙に、アレクシスが一歩踏み込んだ。


「……っ!?」


 フォクシーは慌てて後退する。アレクシスの剣先が、胸元をかすめた。


「おおっ!」


 観客席から驚きの声が上がる。


 フォクシーはすぐに体勢を立て直し、今度は横薙ぎに剣を振った。


 しかし、アレクシスは軽く身を捻ってかわす。続く一撃も、剣を斜めに当てて逸らした。


「……くっ!」


 フォクシーがいくら剣を振っても、すべてアレクシスに見切られているようだった。何度も攻撃を仕掛けているのに、アレクシスの体には一度も剣が届かない


 ――すごい。


 フレアは思わず息を呑んだ。


 フォクシーも十分に強い。それは、先ほどの決勝戦を見て分かっていた。でもアレクシスは、そのさらに上をいく。フォクシーに剣の稽古をつけてやっているように、軽々と剣をさばいていく。


「……な、なんだ、あの動きは……」


「フォクシー団長の攻撃が、まるで通じていない……!」


「アレクシス団長は遠征から戻ったばかりだというのに……!?」


 騎士たちが驚愕していた。


 フォクシーはすでに肩で息をしている。しかしアレクシスはまったく息を乱していない。


「はぁっ……はぁっ……! ……どうして……どうして、そこまで動けるんだ……!?」


 アレクシスは、わずかに目を細めた。


 そして、低い声で答える。


「……彼女が見ている前で、情けない姿をさらすわけにはいかないからな」


 アレクシスの言葉に、一気にざわめきが広がる。騎士も観客たちも、一斉にフレアの方を見た。


「…………え?」


 思わず固まったフレアに、アレクシスの視線が向く。


 フレアはかぁっと頬が熱くなるのを感じた。


 こんな大勢の前で、そんなことを言われるなんて。


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。嬉しくて、恥ずかしくて、どう反応すればいいのか分からない。


「くそぉっ!」


 フォクシーは焦れたように大きく踏み込んだ。


 上段からの強烈な一撃。しかし、アレクシスは剣を滑らせるように受け流し、そのまま一歩踏み込んだ。


 フォクシーが反応し、剣を振り上げるが――アレクシスは軌道を変え、相手の剣を下から弾き上げた。


「……なっ!?」


 強烈な衝撃音とともに、フォクシーの体勢が崩れる。


 続けざまに、アレクシスの剣が鋭く振り抜かれた。


 ――ガキィンッ!


 激しい金属音。フォクシーの剣が宙を舞う。


 剣は回転して数歩離れた石畳の上に落ち、乾いた音を響かせた。


 フォクシーは、何が起きたのか分からない様子で立ち尽くす。その喉元には、アレクシスの剣先がぴたりと突きつけられていた。ほんの少し動けば触れてしまいそうな距離。しかし、アレクシスの剣は寸分も揺れていない。


「…………」


 場が静まり返る。そして――。


「――そこまで!」


 審判が大きく手を上げた。


「勝者、第一騎士団長アレクシス!」


 次の瞬間、演武場が割れんばかりの歓声に包まれた。


「アレクシス団長! すごいぜ!」


「遠征帰りで、あの強さか……!」


「さすが第一騎士団長!」


 観客席の騎士たちが立ち上がり、拍手を送る。第一騎士団の騎士たちも、誇らしげに拳を突き上げていた。


「団長! お見事です!」


「やっぱり団長は最強だ!」


「これが我らの第一騎士団長だ!」


 歓声と拍手が、いつまでも鳴りやまない。


 フレアも呆然と客席からアレクシスを見つめていた。あまりのカッコよさに痺れて、立ち上がることすらできなかった。


 ――なんて圧倒的なの……? かっこよすぎる……。


 アレクシスは剣を下ろすと、静かにフォクシーへ一礼した。


 フォクシーの顔からは、得意げな笑みがすっかり消えている。


 正式な大会の優勝者はフォクシーで間違いない。しかし圧倒的なアレクシスの強さに会場は沸き立ち、フォクシーの優勝はすっかり霞んでしまっていた。


*****


 剣技大会は大盛り上がりで終わり、先にフレアは屋敷に戻った。


 そして夜になってから、アレクシスが屋敷に帰ってきた。


「おかえりなさいませ、アレクシス様」


「……あぁ、今帰った」


 待ちに待った人が目の前にいて、少し気恥ずかしい。何から話そう……そう考えていると、アレクシスが先に口を開いた。


「悪い。まずは風呂に行ってくる。しばらくまともに体も洗えていないから、匂うだろう」


「あ……では、私がお背中を流しましょうか? お体の傷も確認出来ますし、治療が必要であれば湯上がりにすぐに対処できますから」


「は……?」


 良かれと思って言ったのだが、アレクシスは固まってしまった。


 ――あれ? 私……何か変なこと言ったかしら?


 隠れたところに傷があれば体を洗うのも大変だろうし、少しでも力になれればと思っただけなのだが……。


「……今日は、一人で入らせてくれ。あまり余裕がないんだ」


「そ、そうですか? わかりました」

 

 フレアが了承すると、アレクシスはすぐに浴室のほうに向かった。


 見送るフレアは彼の「あまり余裕がないんだ」という言葉が引っかかって、少し暗い顔になった。


 ――せっかく帰ってきたアレクシス様を困らせるなんて……良くないわ。

 

 自分の情けなさに小さく溜め息を吐くと、「奥様……」とメリーが心配そうに声をかけてきた。

 

 フレアはメリーに心配をかけないよう、気丈に微笑む。


「……早くお風呂に行きたいアレクシス様を、余計な会話で引き留めてしまったわ。申し訳ないことをしてしまったわね……」


「え? い、いえ……旦那様はそういう意味で余裕がないと言ったのではないかと」


「え……違うの?」


「まぁ……恐らく」


「教えてメリー。私、アレクシス様に失礼のないようにしたいのよ」


「い、言いづらいのですが……」


「メリーから聞いたって誰にも言わないから」


 お願いすると、メリーは観念したのか目を閉じて頷いた。


「……旦那様は立派な成人男性ですし、遠征から帰ってきたばかり……。そんなときに体を洗ってもらうと、奥様が可愛すぎて、旦那様の我慢が効かなくなっちゃうんだと思います」


「あ……」


 怪我の手当てのことしか考えてなかった。改めて考えてみると、なんて大胆な提案をしたのだろう。恥ずかしくてフレアの顔は赤くなった。


「ちなみに、今日は、一人で入らせてくれと仰ってましたので、いつかはお風呂にご一緒したいんじゃないですかね……?」


「……いや、どうかしら……」


 あくまでアレクシスの補助のために一緒に風呂に入ろうとしていただけ。その場合、フレアは服を着たままだ。だがアレクシスがいうそれは、フレアも裸になる必要があるはずで……。


 想像しただけで恥ずかしさのあまり頭が沸騰しそうだったため、フレアは頭を振って考えるのをやめた。


「さて、奥様もご準備なさらないと」


 メリーにそっと背中を押されて、フレアは驚く。


「準備って……?」


「旦那様が湯浴みをなさってる間に、奥様も別の浴室で湯浴みを済ませておきませんと。それから旦那様と一緒にお食事ですね」

全20話です。続きます。

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