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第十六話 待ちに待った旦那様が帰ってきました。

 すぐに全滅させて帰ってくる。そう言ったのに、アレクシスはなかなか帰ってこない。


 アレクシスと気持ちを通わせる前だったら、何食わぬ顔で待てただろう。しかし心がアレクシスに寄ってしまった今、帰ってこない時間はとても長く感じられた。


 寂しいと思ってしまった時は、頭の中で、何度もあのときのことを繰り返し思い出すしかない。


 突然引き寄せられた体。


 背中に回された大きな腕。


 息をするのを忘れてしまうほど、強く抱きしめられた感触。


 思い出す度、心臓が激しく鳴り、頬が熱くなる。


 そして先ほどまで胸を占めていた不安が、少しだけ和らいでくる。


 魔獣討伐が危険な任務であることに変わりはないけど、アレクシスが必ず帰ってくると約束してくれたから、フレアはその言葉を信じると決めていた。


 そしてようやく連絡が来たのが、剣技大会の予定日の前日。


 無事に魔獣討伐は完了し、帰路についたという知らせにフレアはほっと胸をなでおろした。


 そしてアレクシス率いる第一騎士団の凱旋を祝う意味で、剣技大会は予定通りに開催されるらしい。第一騎士団が到着次第、剣技大会を開催するということで、フレアはメリーとリドルを連れて会場に向かった。屋敷で待つより、ここで待った方がアレクシスに早く会えると思ったからだ。


 フレアの他にも騎士団に関係のある家族や友人なども客席に来ていて、会場全体がとても賑わっていた。


「……でも剣技大会を開催するなら、第一騎士団の帰還後にやるべきじゃないですかね? 今回、第一騎士団は参加できないのでしょう?」


 メリーが拗ねたように言うので、フレアは苦笑した。


「そうね……大会自体は、第一騎士団を除く騎士たちで行われるそうよ」


「噂では、毎年のように旦那様が優勝されているので、第二騎士団以下の騎士たちが旦那様のいない間に優勝を狙おうとしているみたいですよ」


 リドルの話を聞いて、フレアはメリーと一緒に「あぁ……」と声を漏らした。

 

 現段階でアレクシスの右に出る者はいない。剣技大会でも当たり前のように優勝してしまうアレクシスを、殿堂入りにすべきだという声も出ていたらしい。今回、アレクシスが参加できない状況で開催が押し進められたのは、恐らく権力のある第二騎士団長あたりが騒いだせいだろうとリドルは説明してくれた。


 しかしそろそろ開会の時間だが、まだ第一騎士団が到着したという連絡はない。これからどうするのだろうかと思っていると、会場に総指揮官・ガブリアスが現れた。


「先ほど第一騎士団から報告が入り、帰還の道中で別の魔獣に遭遇。その魔獣を狩り次第帰還するから、剣技大会は予定通り開催してほしいとのことである。よってこれより、剣技大会を始める」


 わぁと観客席からも声があがり、場に熱が生まれる。


 しかしフレアはその盛り上がりに乗り切れずにいた。


 ――最初の魔獣討伐だけでも随分と日にちが経っているし、お疲れのはず……。なのに、他の魔獣も討伐に行くなんて……。


 その連絡を先に寄こしてくれるということは、まだ余裕があるのかもしれない。でも、闘いの中では何が起こるか分からない。アレクシスがどんなに勇敢で強い英雄とはいえ、彼の父親だって戦いの中で命を落としたのだから。


「奥様……大丈夫ですよ。旦那様は必ず無事に戻ります。なんたって、奥様が待ってるのですから」


 メリーが慰めるように声をかけてくれて、リドルも穏やかに微笑んだ。


「……そうね」


 ふたりに励まされ、フレアもアレクシスが到着するまで剣技大会を見て気を紛らわすことにした。


*****


 剣技大会はトーナメント式。観客席に囲まれた会場を四つに分け、ブロックごとに騎士たちが剣で勝敗を決していく。そしてお昼を過ぎるころには上位16名まで絞られ、会場の中央を使って騎士たちの戦いが繰り広げられた。


 ……今回の優勝候補は第二騎士団長、フォクシー・ルべリウスだ。


「きゃ~! フォクシー様! 頑張ってくださ~い!」


 騎士たちが剣を交える音に混じって、ひときわ甲高い声が響いた。


 少し離れた貴賓席で、華やかな桃色のドレスを纏った令嬢が、身を乗り出すようにして手を振っている。第二騎士団長フォクシーの婚約者、エミリー・プリンシーだった。周囲には数人の令嬢たちが集まり、エミリーを中心に楽しそうに談笑している。


「今回の優勝は、フォクシー様で間違いありませんわね!」


「ええ、ここまで危なげなく勝ち進んでいらっしゃいますもの!」


「優勝されたら、エミリー様に改めてプロポーズされるのではありませんか?」


「えぇ……! そうなったらどうしましょう~!」


 エミリーは頬に手を当て、嬉しそうに身をくねらせた。


「皆様の前で愛の言葉なんて囁かれたら、わたくし、恥ずかしくて倒れてしまうかもしれませんわ!」


「まぁ! 素敵ですこと!」


「お二人は本当にお似合いですわね!」


 令嬢たちが口々に持ち上げると、エミリーはますます得意げな笑みを浮かべた。

 

 その声は、少し離れたフレアの席までよく届いている。


 ――夜会の時は私に不機嫌そうに絡んできたけど……今日は楽しそうね。


 フレアがこっそり小さく微笑むと、ちょうどエミリーと目が合ってしまった。


「あ~ら、御機嫌よう、フレア様」


「……御機嫌よう、エミリー様」


 見なかったふりは通用しそうにない。 丁寧に会釈を返すと、エミリーは扇を口元に当てて微笑んだ。


「今日は素晴らしい大会ですわね。わたくし、フォクシー様の勇姿を拝見できて、本当に幸せですの」


「そうですね。どの騎士様も、見事な剣さばきでいらっしゃいまして……」


「ええ。特にフォクシー様は、別格ですわ」


 エミリーは得意げに顎を上げた。


「それにしても……アレクシス様は剣技大会にご参加できず、残念でしたね」


「……えぇ。ですが、国境の皆様を守るためのお役目ですから。無事に帰ってきてくだされば、それで十分です」


「まぁ……奥様としては、そう思うしかありませんわよね。しかしアレクシス様ったら結婚してから遠征ばかり……フレア様と一緒にお過ごしになりたくないみたいですわね」


 エミリーが笑うと、周囲の令嬢たちも一緒になってくすくすと笑う。


 リドルとメリーがムッとした顔になったが、フレアは微笑んで二人を宥めた。


「仕事に行く夫に対してそのようなお考えをお持ちになると、苦労するのはエミリー様ですのでおやめになったほうがいいかと……」


 フレアは穏やかにエミリーに言う。するとエミリーは眉根を寄せた。


「何ですって? フォクシー様は私を放っておいたりしませんわ」


「しかし第二騎士団長ともあれば、何かあればすぐに駆けつけなければならない仕事もございましょう。仕事を任されるのは、それほど責任感が強く、皆様に頼りにされているからです。それを自分に関心のないように感じられるようだと、エミリー様がお辛くなりますよ」


「そ……そんなことで辛くなったりしないわ! 私だって、フォクシー様のお役目は理解してますもの!」


「ではアレクシス様のお役目もご理解いただけますね?」


 フレアがにこりと微笑みかけると、エミリーは顔をしかめて立ち上がった。


「す……少し外の空気を吸いに行きましょうか」


 エミリーを追って、取り巻きの令嬢たちも席を立つ。


 その様子を見て「奥様に敵わなくて悔しかったんですね」とメリーが小さく笑い、「あの御方がアレクシス様の奥様にならなくて本当に良かった……」とリドルが溜め息を吐くのを見て、フレアも少し笑ってしまった。


*****


 やがて大会は順調に進み、ついに優勝決定戦を迎えた。


「――これより、決勝戦を行う!」


 審判役の騎士が声を張り上げると、観客席から大きな歓声が上がった。


「第二騎士団長、フォクシー!」


「第三騎士団副団長、リオン!」


 二人の騎士が、それぞれ反対側の門から入場してくる。


 フォクシーは金色の髪を後ろへ撫でつけた、端整な顔立ちの青年だった。銀色の甲冑を身に纏い、観客へ余裕のある笑みを向けながら歩いている。


 一方、リオンは短い黒髪の精悍な男性で、無駄のない動きで演武場の中央へ進んでいった。


 両者とも、ここまで何度も試合を重ねてきた実力者だ。額には汗が滲み、鎧には細かな傷もついている。それでも、その足取りに疲労を見せることはなかった。


「フォクシー様~! 絶対に勝ってくださいませ~!」


 エミリーが立ち上がり、大きく手を振る。


 フォクシーはその声に気づくと、観客席へ向かって優雅に片手を上げた。


 エミリーの周囲から、黄色い歓声が上がる。


 ――まぁ、ずいぶん余裕がある様子で……。


 フレアが感心していると、フォクシーが剣を抜いた。


 リオンもそれに応じ、互いに礼を交わす。


 いよいよ決勝戦が始まろうとした――そのときだった。


「――第一騎士団、帰還!」


 突然、会場の入り口付近から大声が響いた。


 ざわりと、観客席が揺れる。


 フレアはハッと顔を上げた。


 会場の奥にある大門が、重々しい音を立てて開かれる。そして――。


「うおおおおおっ!」


「第一騎士団だ!」


 試合を終えて観客席にいた騎士たちが、一斉に立ち上がった。


 その歓声の中、大門から一人の男が姿を現す。


 黒い甲冑。腰に下げられた長剣。長身で堂々とした体格と、周囲を圧する鋭い眼差し。遠目からでも良く分かる――第一騎士団長・アレクシスだ。


 その後ろには、同じく甲冑を身に纏った第一騎士団の騎士たちが続いている。誰もが土埃にまみれ、鎧や外套には戦いの跡が残っていた。しかし、彼らの表情には誇らしげな笑みが浮かんでいる。


「第一騎士団が帰ってきたぞ!」


「討伐は成功したのか!?」


「見ろ! あれを!」


 誰かが、門の向こうを指さした。そこから、複数の兵士に押された巨大な台車が現れる。

その台車の上には、信じられないほど大きな白い魔獣の死体が載せられていた。

全20話です。続きます。

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