国境の悲報
急報が届いたのは、明け方だった。
南部国境の哨戒隊が、隣国の武装集団と交戦。撃退には成功したものの、味方に四名の死者が出たという。
ユリアンが知らせを受けたとき、すでに第2王子マクシミリアンは、兵舎前の広場で兵士たちを前に演説を行っていた。
「彼らは、国を守った英雄だ!」
マクシミリアンの声は、朝の空気を震わせるほど力強かった。
「その死を、我々は決して無駄にしない。彼らの名は、この国の歴史に、永遠に刻まれるだろう!」
兵士たちの間から、拳を突き上げる声が上がった。士気を鼓舞するという意味では、見事な演説だった。
ユリアンは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
「殿下は、何か仰らないのですか」
隣に立つレオンが、静かに尋ねた。
「……分からない」
ユリアンは、正直に答えた。マクシミリアンの言葉が、間違っているとは思わなかった。むしろ、兵士たちの心を支えるには、あの力強さが必要なのかもしれない。
だが、何かが、胸の奥に引っかかっていた。
その日の午後、ユリアンは、亡くなった兵士の一人の家を訪ねた。城下の外れにある、小さな家だった。
出迎えたのは、亡くなった兵士の妻と、まだ幼い息子だった。
「殿下が、わざわざ……」
妻は、涙の跡が残る顔で、深く頭を下げた。ユリアンは、それを制した。
「顔を上げてくれ。今日は、弔いに来ただけだ」
線香代わりの祈りを済ませたあと、幼い息子が、ユリアンの袖をそっと引いた。
「あの……」
「なんだ」
「父上は、英雄だったのですか」
まっすぐな瞳が、ユリアンを見つめていた。マクシミリアンの演説を、この子も聞いたのだろう。
すぐに「そうだ」と答えるのは、簡単だった。それが、この子を慰める、正しい答えのはずだった。
だが、ユリアンの口から、その言葉は出てこなかった。
しばらくの沈黙のあと、ユリアンは、膝をつき、子供と目線を合わせた。
「君のお父上は、英雄だった」
「……はい」
「国境を守り、皆を守るために、最後まで戦った。それは、本当のことだ」
子供が、小さく頷く。
「でも」
ユリアンは、言葉を続けた。
「だから、死んでよかったとは、私は絶対に言わない」
子供の目が、わずかに揺れた。
「お父上が生きて、君の傍にいてくれる。それが、一番よかった。それだけは、忘れないでほしい」
子供は、何も言わなかった。ただ、じっとユリアンを見つめたあと、静かに涙をこぼした。
家を出たあと、ユリアンは、しばらく何も言えなかった。
その夜、演説の儀を待たずに、城内で小さな騒ぎが起きた。ユリアンが「英雄」という言葉を避けたことが、兵舎に伝わっていたのだ。
「第1王子は、死んだ仲間を、英雄とも呼ばないのか」
「マクシミリアン様のような、覚悟がないのだろう」
騎士団の間で、そんな声が上がっているのを、ユリアンはレオンから聞いた。
「殿下」
「分かってる。反感を買ったんだろう」
「それでも、あの答えを選ばれたのですね」
ユリアンは、頷いた。
「名誉ある犠牲、なんて言葉で、あの子供の悲しみを片付けたくなかった」
窓の外を見ながら、ユリアンは静かに続けた。
「守れなかった命を、"名誉ある犠牲"って言葉で片付ける王には、俺はならない」
レオンは、しばらく黙っていた。それから、小さく口を開いた。
「その言葉は――いずれ、誰かに届くと思います」
「今は、届いてないけどな」
ユリアンは、自嘲気味に笑った。だが、その笑みの奥には、揺るがない何かがあった。
騎士団の支持を失いかけている。分かっていて、なお、譲れない一線があった。
言葉の重さを、今度こそ間違えない。それだけは、決めていた。




