初めての演説の儀
王城前広場には、朝から人が集まっていた。
貴族たちは回廊の陰から、民衆は広場を埋め尽くすように、それぞれの立ち位置で、四人の王子の演説を見ようとしていた。
くじで、ユリアンの順番は最後だった。
第2王子マクシミリアンは、軍備増強を勇ましく語り、騎士団から喝采を浴びた。第3王子セドリックは、減税を淡々と語り、商人たちが頷いた。第4王子ジークフリートは、貧民救済への祈りを語り、民衆から温かい拍手を受けた。
そして、ユリアンの番になった。
「――あの第1王子が、まともに喋れるのか」
「見物だな」
囁き声が、広場のあちこちから聞こえてくる。誰もが、失敗を予想していた。
ユリアンは、壇上に立った。原稿は、手にしていなかった。この三週間、レオンと共に東部の村を歩き、実際の被害を、自分の目で見てきた。数字も、現場の声も、すでに頭に入っている。
「東部の食糧備蓄が尽きてから、十八日が経ちました」
第一声は、静かだったが、よく通った。
「原因は、私にあります。半年前、私が予算を軍備に傾けた判断が、この事態を招きました」
広場が、しんと静まり返った。王族が、自らの非を公の場で認めることなど、これまでなかったからだ。
「言い訳はしません。ですが、原因を認めなければ、次の一歩は踏み出せません」
ユリアンは、一拍おいた。
「今日から三日以内に、東部三十二の村すべてに、食糧を届けます。七日以内に、家を失った者たちへ、仮住居を用意します」
具体的な数字に、貴族たちがざわつく。
「予算は、来月に予定していた城の改修費を回します。屋根の修繕より、人の命の方が先です」
くすりと、笑いが漏れた。生活と直結した皮肉に、民衆の何人かが頷いている。
「これで終わりではありません」
声を、少し落とした。
「東部の村々は、この十年、街道の整備から取り残されてきました。だから、災害のたびに物資が届かない。今回だけの手当てで終わらせるつもりはありません」
「皆さんの中にも、この十年、東部への道が遠いと感じた方がいるはずです」
小さな頷きが、広場のあちこちに見えた。
「――放っておきません」
ユリアンは、そこで言葉を止めた。数秒の沈黙。
「私は、この国の東を、もう見捨てません」
そして、まっすぐに広場を見渡した。
「三日以内の食糧。七日以内の仮住居。そして、来年までに、東部への街道整備に着手します。私は、これをやります」
拍手は、最初、まばらだった。だが、それはすぐに広場全体へと広がっていった。
「……第1王子、変わったんじゃないか」
そんな囁きが、あちこちで聞こえ始めていた。
壇を降りたユリアンの周りには、貴族たちが集まってきた。
「素晴らしい演説でした、殿下」
「まさか、あの第1王子がここまで」
口々に称賛が飛ぶ中、レオンだけは、少し離れた場所で、腕を組んだまま動かなかった。
人だかりが引いたあと、ユリアンはレオンに歩み寄った。
「どうだった」
「約束しましたね」
レオンの声に、称賛の響きはなかった。
「何を?」
「三日以内の食糧、七日以内の仮住居です」
ユリアンは、思わず苦笑した。演説の出来ではなく、言ったことを実行できるかどうかを、この男は見ている。
「ああ。やる」
「では、明日の朝から、東部への物資輸送の手配を」
「……もう動く気か」
「言葉だけの王子は、もう見飽きています」
その言葉には、わずかに、これまでにない響きが混じっていた気がした。
一方、群衆が散り始めた広場の隅で、一人の男が、羊皮紙に何かを書き付けていた。
普通の記録係にしては、あまりに細かい。ユリアンの言葉のひとつひとつを、抑揚まで書き留めるように。
その男が誰の下で働いているのか、この時のユリアンは、まだ知らない。




