最後の演説
六度目、そして最後の演説の儀。王城前広場には、これまでで最も多くの人が集まっていた。
司教の不正は、すでに城内で処分が下り、市中にも、正式な発表がなされていた。だが、噂というものは、一度広まれば、そう簡単には消えない。広場には、まだ、疑いの目を向ける者が少なくなかった。
壇上に上がる前、ユリアンは、控えの間で、レオンと二人きりになった。
「緊張しているのですか」
「ああ、正直に言うとな」
ユリアンは、小さく笑った。
「今日は、原稿を用意していない」
「珍しいですね」
「今日だけは、型に頼らずに、話したい」
レオンは、しばらくユリアンを見つめたあと、静かに頷いた。
「殿下の言葉を、聞かせてください。私も、あそこで、聞いています」
壇上に立ったとき、広場は、水を打ったように静まり返っていた。
ユリアンは、ゆっくりと、口を開いた。
「まず、はっきりさせておきたいことがあります」
「私が、反乱を扇動したという噂は、事実ではありません。証拠はすでに、公に示されています。私を陥れようとした者たちの企みも、明らかになりました」
短い沈黙のあと、広場のあちこちで、安堵とも、まだ半信半疑ともつかないざわめきが起きた。
「ですが、今日、私が話したいのは、その釈明ではありません」
ユリアンは、一拍おいた。
「私は、何度も間違えました」
その一言に、広場が、再び静まり返った。
「二度目の演説で、私は、誰にも届かない、借り物の言葉を語りました。国境の兵士のことでは、多くの騎士団の反感を買いました。判断を誤ったことも、一度や二度ではありません」
「私は、王子だから正しいわけではありません。王子であることは、正しさを、何一つ保証しません」
広場を、ゆっくりと見渡した。
「だから、私は――間違えたときに、それを止めてくれる者を、そばに置くと決めました」
視線が、一瞬、広場の端に立つレオンへ向かった。誰にも気づかれないほど、わずかな一瞬だった。
「この半年、私は、一人では、何一つ成し遂げられませんでした。国境の問題は、マクシミリアンの力を借りました。財政の立て直しは、セドリックの知恵を借りました。貧しい人々への支援は、ジークフリートの善意から、多くを学びました」
「そして、今回、私を陥れようとした陰謀を暴いたのも、私一人の力ではありません。弟たちが、それぞれの持ち場で、命懸けで動いてくれました」
ユリアンは、声を、静かに、しかし、力強く響かせた。
「王が一人で、国を作るのではありません」
「この国に生きる、すべての人間と――一緒に、この国を作りたい」
拍手には、まだ、早かった。広場は、まだ、静けさの中にあった。
「最後に、一つだけ」
ユリアンは、まっすぐに、広場を見渡した。
「私が、この国の王にふさわしいかどうか。それを決めるのは、私自身ではありません」
「もし、皆さんが、私はふさわしくないと思うなら――どうか、私を選ばなくていい」
その言葉に、広場が、大きくどよめいた。勝利を求める演説の場で、あえて自らを退けるような一言を口にする王子など、誰も見たことがなかった。
「私は、選ばれるために、都合の良い言葉を並べるつもりはありません。ただ、この半年、私が見て、聞いて、学んだことを、正直に、ここに置いていきます」
「あとは、皆さんが、決めてください」
一礼して、ユリアンは、壇を降りた。
沈黙が、しばらく、広場を支配していた。だが、それは、失望の沈黙ではなかった。
やがて、一人、また一人と、拍手が起こり始めた。それは、次第に大きなうねりとなり、広場全体を包み込んでいった。
「第1王子だ……!」
「あの人しか、いない!」
歓声が、割れんばかりに広場に響き渡った。かつて、モブのように扱われていた第1王子は、今、誰よりも大きな声で、名を呼ばれていた。
壇を降りたユリアンのもとに、真っ先に駆け寄ってきたのは、レオンだった。
「聞いていたか」
「ええ。しっかりと」
レオンは、静かに、しかし、はっきりと頷いた。
「今日の演説には、殿下自身の言葉しか、ありませんでした」
その一言に、ユリアンは、深く、息を吐いた。長い半年間の、一つの到達点が、そこにあった。




