三人の決断
レオンが部屋に戻ったあと、ユリアンは、三人の弟を、自室に呼び集めた。
テーブルの中央には、王都と南部リンデン地方を含む、大きな地図が広げられていた。地図の脇には、レオンが命がけで持ち帰った、司教の別邸の帳簿の写しと、密談の内容を記した覚書が、束になって置かれていた。
「レオンが、命を懸けて、これを持ち帰った」
ユリアンは、その束を、静かに指し示した。
「司教が、リンデンの防衛税を裏で指示していた記録。演説を記録していた男への報酬の支払い。そして――王の発病時期と、司教の別邸への不審な人の出入りが、時期的に重なっていることを示す記録だ」
「これで、繋がったのか」
マクシミリアンが、身を乗り出した。
「ああ。証拠は、ほぼ揃った。だが、あと一押しが足りない」
「役割を、分ける」
ユリアンは、地図の上に、三つの駒を置いた。
「マクシミリアン、お前には、リンデン地方の鎮圧を頼みたい。反乱そのものは、"防衛税"という偽りの名目に踊らされた、被害者側でもある。力で抑えるだけじゃなく、彼らの言い分にも、耳を傾けてほしい」
「分かった。武力だけじゃない解決を、心がける」
「セドリック。お前には、不正送金の証拠を、法的に揺るがないものとして、まとめ上げてほしい。財務庁の帳簿から、司教の関係先まで、資金の流れを、完全に立証する」
「望むところだ。数字は、嘘をつかない」
セドリックは、口の端を上げた。
「ジークフリート」
ユリアンは、最後に、末の弟へ視線を向けた。
「お前には、一番、辛い役目を頼むことになる」
「分かっています」
ジークフリートの声は、静かだったが、揺るぎなかった。
「あの司教の不正を、証言する。教会の中で、俺の立場は、危うくなるでしょう。それでも――構いません」
「本当に、いいのか。お前を、長年支えてきた場所だ」
「だからこそ、です」
ジークフリートは、まっすぐに、ユリアンを見た。
「俺を利用していたのなら、それは、俺が信じてきた"善意"そのものへの、裏切りです。見過ごすことは、できません」
四人は、しばらく、地図を見つめたまま、沈黙していた。
「そして、俺は」
ユリアンが、続けた。
「全体を取りまとめる。演説の儀の場で、すべてを明らかにする」
地図の上に並んだ、四つの駒。軍、財、教会、そして全体の統率。それぞれの役割が、初めて、一つの絵として、形になっていた。
ユリアンは、しばらく、その配置を見つめたあと、ふと、呟いた。
「……最初から、こうすればよかったんじゃないか?」
「今さら、何を言ってるんだ」
マクシミリアンが、呆れたように笑った。
「王位争いなんて、始めなければ、こんな遠回り、しなくて済んだのに」
「といっても」
マクシミリアンは、腕を組んだまま、続けた。
「兄上は、少し前まで、相当荒れていたからな。あの頃の兄上に、本当に国を任せられるかと言われたら――正直、任せられなかったぞ、あれは。父上は正しかったと思っている」
「……それは、そうだな。悪かった」
ユリアンは、思わず、頭を抱えた。返す言葉がなかった。
「はは、殿下も形無しだな」
セドリックが、珍しく声を上げて笑った。ジークフリートも、口元を緩めている。
「お前らな……」
ユリアンが、苦笑しながら睨むと、その場に、ますます笑いが広がった。張り詰めていた空気が、いっぺんに緩んでいく。
ひとしきり笑いが収まったあと、セドリックが、帳面を閉じながら、改めて皮肉げに口を挟んだ。
「まあ、王位争いを始めたのは、父上だ。文句なら、父上に言ってくれ」
一瞬の間のあと、誰からともなく、また小さな笑いが漏れた。
「まあ、遠回りしたおかげで」
ジークフリートが、穏やかに言った。
「兄弟四人で、こうして机を囲むことになった。それは、悪くない、遠回りだったのかもしれません」
「そうだな」
ユリアンは、頷いた。
「六度目の演説の儀まで、あと三日だ。それぞれ、頼んだ」
三人の弟たちは、それぞれの決意を胸に、部屋を後にしていった。地図の上に残された四つの駒だけが、静かに、その配置を保っていた。
ユリアンは、一人残った部屋で、深く息を吐いた。
(一人じゃ、ここまで来られなかった)
その実感が、これから語る演説の、確かな核になろうとしていた。




