死線の先で
レオンが去ってから、三日が過ぎていた。
何の連絡もないまま過ぎていく時間に、ユリアンの中の不安は、日に日に膨らんでいった。
四日目の夜、ついに、一報が届いた。
「殿下! 城下で、レオン様が、何者かに襲撃されていると!」
見張りにつけていた従者が、息を切らして駆け込んできた。その報せに、ユリアンは、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「場所は」
「司教の別邸の近く、裏通りです」
「案内しろ」
「殿下、危険です。護衛を集めてから――」
「時間がない!」
ユリアンは、剣を掴むと、単身、城を飛び出した。かつて、自分が「行くな」と命じた同じ場所へ、今度は、自分の足で向かっていた。
裏通りに辿り着いたとき、目に飛び込んできたのは、地面に倒れ込むレオンの姿と、それを取り囲む、複数の男たちだった。
「レオン!」
「……殿下、なぜ、ここに」
血の滲む声で、レオンが呟いた。脇腹を、深く斬られているのが見えた。
「お喋りは、後だ」
ユリアンは、剣を抜いた。前世の記憶にあるような、洗練された剣術は使えない。だが、この半年、ただ演説の稽古をしていたわけではなかった。
男たちが、一斉に斬りかかってくる。ユリアンは、レオンを庇いながら、必死に剣を振るった。
一人、二人と、相手の数を捌いていく。だが、多勢に無勢だった。肩に、鋭い痛みが走る。
「殿下……!」
レオンが、傷ついた体を引きずるようにして、庇おうとする。
「動くな! お前は、もう十分だ」
「殿下を、死なせるわけには」
「それは、俺の台詞だ!」
その時、近くの路地から、複数の足音が響いた。
「王子だ! こちらに!」
駆けつけたのは、異変を察知した城の警備隊だった。男たちは、舌打ちすると、闇の中へ姿を消していった。
「殿下! ご無事ですか!」
「俺は、大丈夫だ。それより、レオンを」
かろうじて、二人は、命を繋いだ。
城に戻り、手当てを受けたあと、傷の痛みが落ち着いた頃合いを見て、レオンが、ユリアンの部屋を訪ねてきた。包帯の巻かれた体で、それでも、静かな目でユリアンを見た。
「無茶を、なさいましたね」
「無茶をしたのは、お前もだろう」
ユリアンは、椅子を勧めた。レオンは、痛みをこらえながら、ゆっくりと腰を下ろした。
「死ぬかと思った」
「私も、です」
しばらく、沈黙が流れた。命の危険を、共に潜り抜けた直後にしか生まれない、不思議な静けさだった。
「レオン。一つ、聞いていいか」
「なんでしょう」
「お前は、いつから――」
言いかけて、ユリアンは、言葉を選び直した。
「お前のその気持ちは……好きって、ことで、いいのか」
レオンは、少し驚いた顔をしたあと、静かに目を伏せた。
「……分かりません。名前を、付けたことが、なかったので」
「名前、か」
「ですが」
レオンは、天井を見つめながら、ぽつりぽつりと、言葉を紡いだ。
「初めての演説のあと、殿下を褒めなかった、あの時から、何かが違っていた気がします。あるいは、原稿を全部捨てて、俺の言葉なんて何一つないと、自覚した殿下を見た時かもしれません」
「夜の街を、二人で歩いた時かもしれません。そして――」
レオンは、そこで、初めて、まっすぐにユリアンを見た。
「気づいたら、あなたに、見ていてほしいと、思っていました。それが、"好き"と呼ぶものなのか、私には、正直、分かりません。ですが――違う、とも、思えません」
その言葉に、ユリアンの胸が、大きく震えた。あの夕暮れの鍛錬場で、自分がレオンに告げた言葉が、今、形を変えて、返ってきていた。
「俺もだ」
ユリアンは、震える声で、答えた。
「いつからかなんて、俺にも、分からない。でも、今は、はっきり言える」
ユリアンは、レオンの手を、そっと握った。
「お前に、これからも、俺を見ていてほしい」
レオンは、何も言わず、その手を、強く握り返した。
窓の外には、静かな夜が広がっていた。死線を潜り抜けた先で、二人は、ようやく、言葉にしてこなかった想いを、確かめ合っていた。




