切り取られた言葉
事態が動いたのは、六度目の演説の儀を目前に控えた、ある朝のことだった。
城下に、一枚の刷り紙が、大量に出回っているという報せが届いた。
「殿下、これを」
レオンが差し出した紙には、大きな見出しが躍っていた。
『第1王子、反乱を扇動――「今の国は、変わらなければならない」』
ユリアンは、目を疑った。
「これは……」
「一度目の演説の儀での、殿下の言葉です。切り取られています」
確かに、それは、ユリアンが実際に口にした言葉だった。東部の窮状を語った、あの演説の一節。
だが、文脈は、まったく違うものだった。
『既存の権力構造は、もはや限界にある。今の国は、変わらなければならない』――刷り紙には、そう記されていた。まるで、王家そのものへの反逆を、呼びかけているかのように。
「こんな言い方は、していない」
「分かっています。ですが、広まってしまえば、事実かどうかは、二の次になります」
さらに悪いことに、その日の午後、第二の報せが届いた。
「殿下。これを、ご覧ください」
宰相が、青い顔で持ってきたのは、一通の書簡だった。
『リンデン地方蜂起の首謀者へ。資金援助の件、確かに受領した。今後も、必要な支援を続ける』
差出人の署名には、ユリアンの名が記されていた。
「これは、俺が書いたものじゃない」
「筆跡は、殿下のものに、酷似しております」
「巧妙に、真似られている」
「さらに――財務庁の帳簿にも、殿下の直轄領から、リンデン地方への不審な送金記録が、見つかりました」
ユリアンは、言葉を失った。演説の切り取り、偽造された書簡、仕組まれた送金記録。すべてが、一つの筋書きに沿って、周到に用意されていた。
「誰の仕業か、想像はつく」
レオンが、低く呟いた。
「あの司教か」
「断定は、まだできません。ですが……」
「城下の様子は?」
ユリアンは、窓の外を見た。
「昨日までとは、明らかに、空気が違います」
侍従の一人が、青い顔で報告に来た。
「"第1王子が、反乱を裏で操っていた"と、市中で、噂が広まっています」
ユリアンの脳裏に、これまで積み上げてきたものが、頭をよぎった。東部の支援、兵士たちの生活保障、財務官僚との信頼、福祉制度の話。すべてが、一夜にして、崩れ去ろうとしていた。
「否定して、回るべきでは」
宰相が、焦った様子で進言した。
「否定するだけでは、火に油を注ぐだけだ」
ユリアンは、拳を握りしめた。
「証拠が出揃っている以上、言葉だけで否定しても、誰も信じない」
「では、どうされるおつもりですか」
「レオン」
ユリアンは、静かに、しかし、はっきりと言った。
「この筋書きを描いた人間を、突き止める。それしかない」
「時間は、あるのですか」
「六度目の演説の儀まで、あと十日だ」
窓の外、城下の街並みを見つめながら、ユリアンは、これまでで最も深い危機が、すぐそこに迫っていることを、はっきりと自覚していた。




