内乱の火種
王の容態が落ち着いたのも束の間、今度は、地方から不穏な報せが届いた。
南部の穀倉地帯、リンデン地方で、領主に対する住民の反乱が発生したという。
「詳細は?」
謁見の間に集まった四人の王子に、宰相が報告した。
「リンデン領主の重税に耐えかねた農民たちが、蜂起いたしました。領主の館が一部、焼き討ちに遭ったとのことです」
「重税、だと? リンデンは、確か、豊作続きのはずだが」
セドリックが、眉をひそめた。
「税率自体は、例年通りです。ですが、今年から、新たな"防衛税"なる名目の徴収が、上乗せされていたようです」
「防衛税?」
「南部国境の防備強化を目的とした、臨時の税とのことですが……我々は、そのような指示を出した覚えがありません」
ユリアンは、報告を聞きながら、背筋に冷たいものを感じた。
(南部の国境――あそこは、マクシミリアンと一緒に、物資輸送の経路を見直した地域じゃないか)
自分たちが動かした改革が、何らかの形で、この"防衛税"の口実に利用されているのではないか。そう思うと、嫌な予感が、胸の奥に広がっていった。
「マクシミリアン」
「兄上も、気づいたか」
マクシミリアンも、同じ場所に思い至っていたらしい。表情が、明らかに強張っていた。
「俺たちが見直した国境防衛の話が――誰かに、都合よく使われている、ということか」
謁見の間に、緊張が走った。
「では、誰の指示だ」
「調査中ですが、領主の独断、あるいは――何者かの入れ知恵か、と」
ユリアンは、レオンと視線を交わした。演説の記録、資金の流れ、司教の言葉。そこに、また一つ、不自然な糸が繋がった気がした。
「兄上」
マクシミリアンが、ユリアンに顔を向けた。
「これも、あの件と関係あると?」
「断定はできない。だが、無関係とも思えない」
謁見のあと、四人の王子は、珍しく、揃って別室に集まっていた。これまで、互いに競い合う立場でしかなかった四人が、初めて、同じ卓を囲んでいた。
「まとめると、こういうことだな」
セドリックが、帳面を開いた。
「不自然な資金移動。演説を執拗に記録する謎の男。教会関係者の、政治への不審な干渉。そして、今回の、根拠不明な"防衛税"による内乱」
「教会関係者、というのは」
ジークフリートが、静かに尋ねた。その声には、すでに、嫌な予感が滲んでいた。
「はっきりとは言えないが」
ユリアンは、言葉を選びながら、答えた。
「お前が、いつも世話になっている、あの司教だ。資金の流れが、あの人の周辺と重なっている」
ジークフリートの顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……そんな」
しばらく、声が出ない様子だった。それから、絞り出すように、続けた。
「あの人は、俺に、孤児院のことでも、いつも良くしてくれていました。信じられません」
「まだ、確証があるわけじゃない」
「ですが、もし――もし、本当に、俺を、いいように利用していたのだとしたら」
ジークフリートの声が、次第に、震えを帯びていった。
「それは、絶対に、許せないことです」
普段の穏やかな彼からは、想像もつかないほどの、鋭い響きだった。ユリアンは、その横顔に、これまで見たことのない、強い意志を見た気がした。
「バラバラに見えて、繋がっているように思える」
ユリアンが、続けた。
「誰かが――俺たちの王位争いを利用して、この国を、裏から動かそうとしている」
「目的は?」
ジークフリートが、静かに尋ねた。
「分からない。だが、王位争いが混乱すればするほど、得をする誰かがいるのは、確かだ」
沈黙が、部屋に落ちた。それぞれが、それぞれの立場で、この不穏な流れを、噛み締めていた。
「今は、まだ、確証がない」
ユリアンは、静かに続けた。
「だが、残りの演説の期間中に、何か仕掛けてくるかもしれない。もし、そうなったときは――」
「表向きは、これまで通り、俺たちは競い合っている。だが、裏で仕掛けられた話には、乗らないでほしい」
「兄上を、疑えと言われても?」
マクシミリアンが、鋭く尋ねた。
「そうだ。もし、俺が何かをやったという証拠が出てきても、まず、その出所を疑ってほしい」
「兄上も、同じようにしてくれるなら」
セドリックが、口を挟んだ。
「約束する」
四人の視線が、静かに交わった。これまで、競い合うことしか知らなかった兄弟たちの間に、初めて、共通の警戒心という名の絆が、生まれつつあった。
その夜、ユリアンは、レオンと共に、夜更けまで、集めた情報を整理していた。
「まだ、点が線になっただけだ」
「ですが、確実に、何かが近づいています」
レオンの言葉に、ユリアンは頷いた。
「次の演説の儀まで、あと一回。その前に、これ以上、何か起きなければいいが」
窓の外、南部の空の方角を、ユリアンは、しばらく見つめていた。嵐の気配は、すでに、すぐそこまで迫っているようだった。




