王の病、影の兆し
その報せが届いたのは、深夜のことだった。
「王が、倒れられました」
侍医の急報に、城内は、瞬く間に緊張に包まれた。ユリアンが謁見の間へ駆けつけたときには、すでに、他の三人の兄弟も集まっていた。
「容態は?」
「高熱と、激しい嘔吐が。侍医団は、過労による発作の可能性が高いと」
侍医長の言葉に、ユリアンは、わずかな違和感を覚えた。
「可能性が高い、というのは」
「……断定は、できません。毒物の反応は、今のところ出ておりませんが、念のため、慎重に診させていただいております」
その一言に、謁見の間の空気が、さらに張り詰めた。
「毒、だと?」
マクシミリアンが、鋭い声を上げた。
「決めつけたわけではございません。あくまで、可能性の一つとして」
侍医長は、そう言って、深く頭を下げた。
王の容態が落ち着いたのは、明け方近くのことだった。命に別状はないという診断に、城内には、ひとまずの安堵が広がった。だが、ユリアンの中の違和感は、消えなかった。
「レオン。あの司教の件、何か分かったか」
執務室で、ユリアンは尋ねた。
「はい。少々、妙なことが」
レオンは、調べ上げた内容を、静かに報告した。
「あの司教は、表向きは教会の要職にありますが、裏では、複数の貴族家と、資金のやり取りをしているようです。その流れの先が――セドリック殿下が指摘していた、出所不明の資金移動と、経路が重なっています」
「……セドリックの件と、繋がっているのか」
ユリアンは、息を呑んだ。
「もう一つ、気になることが」
レオンは、続けた。
「殿下の最初の演説の儀、あの日、妙に詳しく記録を取っていた男を、覚えておられますか」
「ああ、覚えている」
「あの男の所属を、遡って調べました。表向きは、王室記録官の下働きですが――実際の報酬は、あの司教の関係先から出ているようです」
ユリアンの背筋に、冷たいものが走った。
演説の記録。不自然な資金移動。司教の"政治はこちらで"という言葉。
一つひとつは、些細な違和感でしかなかった。だが、こうして並べてみると、そこには、一本の糸が見えてくる。
「誰かが――最初から、この王位争いを、利用している」
ユリアンは、低く呟いた。
「王の発病も、偶然だと、言い切れるか」
「侍医団の見立てでは、過労とのことですが……」
「それが、狙い通りの見立てだとしたら?」
レオンは、しばらく黙り込んだ。それから、静かに頷いた。
「調べを、続けます」
「頼む。ただし、慎重にだ。相手が誰か分からない以上、迂闊に動けば、こちらの動きも、筒抜けになる」
ユリアンは、窓の外を見た。夜明け前の空は、まだ暗く、星が瞬いていた。
これまで、演説の儀という表舞台で、支持を積み上げてきた。だが、その裏で、何者かが、静かに糸を引いている――その予感が、確信に変わりつつあった。
「レオン」
「はい」
「セドリックと、マクシミリアンにも、この話を共有しておきたい。一人で抱え込む段階は、もう過ぎている」
「かしこまりました」
王位を懸けた戦いは、いつの間にか、ユリアンが想像していたよりも、遥かに大きな影と、繋がり始めていた。




