違う方法で国を救いたい二人
五度目の演説の儀から数日、ユリアンの評判は、教会関係者の間にも、静かに広がり始めていた。
「福祉制度の話、なかなか良い評判だそうですよ」
執務室で、レオンが報告した。
「教会側の反応は?」
「複雑なようです。歓迎する声もあれば、"王子個人の善意"という形を崩されたことに、難色を示す者もいるとか」
「そうか」
ユリアンは、窓の外を見た。貧民街の方角に、視線を向ける。
その夜、庭園で、ユリアンは偶然、ジークフリートと出くわした。一人で、噴水のそばに座り込んでいる姿は、いつもの柔らかい笑みとは、どこか違って見えた。
「ジークフリート」
「……兄上」
ジークフリートは、少し驚いた様子で、顔を上げた。
「こんな時間に、珍しいな」
「少し、考え事をしていました」
隣に腰を下ろすと、しばらく、沈黙が流れた。夜風が、噴水の水面を揺らしていた。
「兄上」
やがて、ジークフリートが、静かに口を開いた。
「一つ、聞いていただいても、いいですか」
「ああ」
「兄上が演説する前は――民は、私を見ていました」
言った瞬間、ジークフリート自身が、はっとした顔をした。
「……すみません、今のは、忘れてください。器の小さいことを」
「いや」
ユリアンは、首を振った。
「続けてくれ」
ジークフリートは、しばらく躊躇っていたが、やがて、絞り出すように続けた。
「貧民街を歩けば、皆が笑顔で迎えてくれる。それが、俺の、唯一の誇りでした。でも、兄上が演説するようになってから――俺の善意だけでは、足りないのだと、思い知らされてばかりです」
「福祉制度の話も、正しいと分かっています。分かっているのに、素直に喜べない自分が、嫌になります」
その言葉には、これまで見せたことのない、剥き出しの感情があった。
ユリアンは、しばらく、何も言わなかった。それから、静かに口を開いた。
「正直に言う。俺も、お前が怖いよ」
「……え?」
ジークフリートが、驚いた顔で、ユリアンを見た。
「お前の善意は、本物だ。俺が、どれだけ仕組みを整えても、お前が子供たちに向ける、あの笑顔には、敵わない。俺には、あれができない」
「兄上……」
「お前は、心で人を動かす。俺は、仕組みでしか、人を動かせない。どっちが上とか、下とか、そういう話じゃないんだと思う」
ジークフリートは、しばらく黙って、ユリアンを見つめていた。それから、小さく、笑った。今までのような、作られた笑みではなかった。
「……妬んでいる俺を、責めないんですね」
「妬むのは、悪いことじゃない。俺だって、お前の善意を、羨ましいと思ってる」
「同じ、ということですか」
「同じだ。ただ、方法が違うだけだ」
ジークフリートは、噴水の水面を見つめながら、静かに呟いた。
「俺は、人を信じることでしか、この国を救えないと思っていました」
「俺は、仕組みを作ることでしか、この国を守れないと思ってる」
「どちらも――間違ってはいない、ということでしょうか」
「ああ。多分な」
夜風が、再び水面を揺らした。二人は、しばらく、言葉を交わさず、同じ星空を見上げていた。
「兄上」
「なんだ」
「この会話、少し、楽になりました」
「俺もだ」
ライバルであることは、変わらない。だが、その夜、二人の間には、これまでとは違う、静かな理解が、確かに芽生えていた。




