あなたは誰ですか
四度目の演説の儀を終えた頃には、ユリアンの評判は、確実に変わりつつあった。
だが、その変化を、誰よりも近くで見ていたレオンには、ある違和感が、日に日に大きくなっていた。
きっかけは、些細なことだった。
執務室で、ユリアンが書類を読みながら、聞き慣れない言葉を呟いた。
「これ、投資対効果が悪いな」
「……今、何と?」
「いや、なんでもない」
慌てて言い直したが、レオンは、聞き逃さなかった。前世の記憶を思い出す前のユリアンは、こんな言葉を使わなかった。
別の日には、市場の視察中、露店の勘定を暗算で、一瞬で言い当てた。
「殿下、それは……」
「ああ、いや。得意でな」
誤魔化すような笑みを浮かべていたが、レオンの中で、疑問は積み重なっていく一方だった。
決定的だったのは、演説の儀の数日後、ユリアンが夜中にうなされていた時のことだった。
見回りの途中、部屋の前を通りかかったレオンは、扉の向こうから漏れる声に、足を止めた。
「……すみません、確認不足でした……」
聞いたことのない口調。丁寧すぎる謝罪の言葉。まるで、別人が話しているようだった。
朝になって、ユリアンに何も知らないふりで尋ねてみたが、本人は覚えていない様子だった。
その夜、レオンは、ついに覚悟を決めた。
執務を終えたユリアンの部屋を訪ねると、単刀直入に切り出した。
「殿下」
「どうした、改まって」
「一つ、伺いたいことがあります」
レオンの目には、これまでにない真剣な色があった。ユリアンは、何かを察したのか、わずかに表情を硬くした。
「殿下は、この半年で、大きく変わられました。それは、良い方向にです」
「……ああ」
「ですが、その変わり方が、あまりに唐突すぎます。見たこともない知識、見たこともない話し方、そして――時折、まるで、別の誰かのように振る舞われる」
心臓が、大きく跳ねた。ユリアンは、何も言えなかった。
「殿下」
レオンは、一歩、詰め寄った。
「あなたは、誰ですか」
その一言に、部屋の空気が、凍りついた。
ユリアンは、視線を逸らした。答えを、どこまで話すべきか。話したところで、信じてもらえるのか。
いや――そもそも、信じてもらえたとして、この男は、自分を受け入れられるのか。
「……何を、言ってる」
咄嗟に、誤魔化す言葉が口から出た。
「俺は、ユリアン・フォン・アルデンヴァルトだ。それ以外の、誰でもない」
「では、なぜ、目を逸らされるのですか」
レオンの声は、静かだったが、逃げ場のない鋭さを持っていた。
「殿下は、私に嘘をつくとき、必ず、目を逸らされます。気づいていましたか」
ユリアンは、言葉に詰まった。この半年、共に過ごしてきた男には、もう、隠し切れなくなっていた。
「レオン」
「今、正直に、お話しいただけませんか」
沈黙が、長く続いた。
窓の外では、月が雲に隠れかけていた。ユリアンは、拳を握りしめ、自分の中にある、二つの記憶と向き合っていた。
話せば、この関係は、変わってしまうかもしれない。
だが、これ以上、誤魔化し続けることも、もう、限界だった。
「……分かった」
ユリアンは、ようやく、口を開いた。
「話す。だが、簡単な話じゃない。座ってくれ」
レオンは、無言で、椅子に腰を下ろした。その目は、まっすぐに、ユリアンを見つめたままだった。
ユリアンは、深く息を吸い込んだ。これから語る言葉が、二人の関係を、どこへ導くのか。それは、まだ、誰にも分からなかった。




