政策演説勝負
四度目の演説の儀を控えた頃、王都では、穀物価格の高騰が続いていた。
商人たちの間には、先の見えない不安が広がっていた。大商人の中には、買い占めに走る者も出始め、市場はますます混乱していた。
「今回は、セドリックと、同じ日に登壇することになった」
準備を進めるユリアンに、レオンが尋ねた。
「殿下は、どのような策を?」
「奇をてらったことはしない。地に足のついた話をする」
演説の儀、当日。
先に壇上に立ったのは、第3王子セドリックだった。
「現在の物価高騰の要因は、三点に集約されます」
セドリックの語り口は、淡々としていたが、無駄がなかった。
「第一に、隣国との関税協定の見直しが遅れていること。第二に、国内流通の中継地点が、王都に一極集中していること。第三に、投機的な買い占めを抑制する法整備が、存在しないこと」
数字を交えながら、原因を的確に分解していく。商人たちの間から、感心したような声が漏れた。
「対策として、私は三つの施策を提案します。関税協定の即時再交渉。地方に三箇所の中継倉庫を新設すること。そして、買い占めに対する課税措置の導入です」
理路整然とした演説に、財務官僚たちは、満足げに頷いていた。
続いて、ユリアンが壇上に立った。
「セドリックの分析は、正確です。付け加えることは、ほとんどありません」
意外な出だしに、広場がざわついた。
「ですが、一つだけ、聞かせてください」
ユリアンは、広場を見渡した。
「今、パンの値段が上がって、一番困っているのは、誰ですか」
沈黙のあと、一人の女性が、小さく声を上げた。
「……子供のいる家、じゃないでしょうか」
「その通りです」
ユリアンは、頷いた。
「セドリックの施策は、正しい。関税、倉庫、課税。どれも必要です。ですが、それが効果を出すまでには、早くて半年はかかります」
「では、それまでの半年、子供を抱えた家庭は、どうすればいいのか」
広場が、静まり返った。
「私は、セドリックの三施策に加えて、もう一つ、提案します」
ユリアンは、声を強めた。
「今月から、王都と主要三都市に、穀物の緊急放出を行います。備蓄庫にある分の二割を、市場価格より三割安く供給します」
「財源は、私の直轄領の予算から捻出します。国庫を圧迫することなく、即座に実行可能です」
「長期の対策は、セドリックに任せます。私は、今日、明日を生き延びる方法を、用意します」
拍手が、広場に広がった。今度は、貴族だけでなく、商人たちからも、大きな反応があった。
壇を降りたユリアンに、セドリックが歩み寄ってきた。
「面白い手を使うな、兄上」
「お前の分析があったからだ。土台がなければ、俺の策も、ただの場当たりだった」
セドリックは、しばらくユリアンを見つめたあと、小さく口の端を上げた。
「それで、何の得がある?」
いつもの皮肉めいた口癖だったが、そこには、わずかな興味が滲んでいた。
「得はない。ただ、今日を生き延びられなければ、半年後の話は、誰にも意味がない。それだけだ」
セドリックは、何も言わず、帳面に何かを書き付けていた。ふと、その手が止まった。
「……妙だな」
「どうした」
セドリックは、眉をひそめたまま、帳面の一点を見つめていた。
「先月から、財務庁の一部の帳簿に、出所不明の資金移動がある。金額は小さいが、頻度が、不自然に多い」
「誰の差配だ」
「分からない。だが、追ってみる価値はありそうだ」
そう言うと、セドリックは、それ以上何も語らず、去っていった。ユリアンは、その背中を見送りながら、かすかな胸騒ぎを覚えていた。




