第122話 「戦争博物館」
時はハコネで戦闘が始まって一時間後に遡る。
ネリマ、「戦争博物館」。
それは、第三次世界大戦で使用された兵器を保存するために作られた建造物。あるいは施設そのもの。
かつて極東列島行政区における軍隊組織の、その陸軍の精鋭が位置していた都市にそれが建設されたのは、単に手頃な広い敷地がなかったからという以前に、彼ら軍人というものに対する皮肉もあった。
「結局のところ、戦争というものは過去のものとして笑い飛ばしたかったのだろうな、先人たちは」
消灯されて薄暗いガレージでフリードリヒは言った。それは、長きに渡るデ・ラルメ家に対する嘲笑の起点となる現象であった。その端緒たる軍人たち――といっても「聖母」への帰順を決めた者たちなのだが――は常にあの最悪の戦争を担ってきたとして軽蔑と侮蔑の目を向けられていた。それは子孫にまで続き――ついにはこの博物館の管理をする程度の職務しか与えられなくなったのだ。
「だがそれは起きた。」フリードリヒは展示物の前で足を止める。それには幕がかかっているが、巨大であるということだけは分かる。「今、こうして、厳然と存在している――夢だと思いたい連中は山ほどいるだろうな。まさか自分の生きている間に起こるなんて、と」
「喜劇だな」スズナはその数メートル後ろにいた。「結局のところ想像力が足りていないのさ。そういう連中はいつも切羽詰まって初めて気づく。平和な話し合いというのは、実のところお互いがお互いのことを自分を消し去ることができるかもしれないと思っていて初めて成り立つんだ。でなければ力を持っている側が一方的に消し去って終わりさ……」
「随分言うな。同感だが……いいのか? 貴公らの党首は元々はその平和的話し合いによって全ての要求を通そうとした。ならば想像力が足りていない人間ということになりはしないか?」
「心配ご無用。ここで起きたことを誰がアイツに伝えるんだ?」
なるほど、違いない。
フリードリヒはそう言って笑った。この男の笑顔を、スズナはそのとき初めて見た。髭に覆い隠されているが、本来の年齢を考えれば年相応の屈託のない笑みだった。
「しかし貴公も奇特な人間だ。何故余に会おうなどと思った? 情報によれば、貴公らは余らを滅ぼすためにやってきたということになっているが?」
「ああ。それは事実だ――アイツは俺に命令した。いかなる手段を以てしてもお前らを無力化しろってな」
「ほう? ……できるのか?」
「無理だ」スズナは断言した。「直接的手段じゃな――お前らの持っているあの兵器相手じゃ、無反動砲も機関銃も豆鉄砲だ。多少の抵抗はできるだろうが、撃退なんぞ夢のまた夢だ」
「……かもしれんな。余の軍勢は精強であるし」
「そこで俺は足らない頭で考えた。別にお前らを無力化するのに、武器は要らないんじゃないかってな」
「というと?」
「奴が俺に命令したのは『無力化』だ。撃破でも殲滅でもない。なら、お前らが手を出せないようにだけすれば、俺は命令を守ったことになる――そして部下も守れる」
「ふん――面白いことを言うな、貴公は」
フリードリヒは、その幕のかかった展示品に飛び乗った。埃が舞い散ることはない。が、スズナはその突飛な行動に面食らって、視線を細めた。あるいは、逆光だったのが気に入らなかった。ガレージ上部の窓からは、薄曇りの向こうに日が昇っている。それがフリードリヒの頭部に隠されて、同時にそれ自体も見えなくしていた。
「しかし、ではどうするのかな?」それから彼は言った。「余は腐っても『内閣』家の一員であるぞ? この情勢下で停戦しようと言われてそう簡単に首を縦に振ると思うか?」
状況は最悪。
トウキョウ各地の反乱は収まる気配さえない。各軍団は統率を欠いてしまい、そこを反乱部隊につけこまれている。一方ハコネの方は未だ連絡がない。当然だ、援軍ありきで組まれた作戦でその援軍が来ない
のでは、好転するはずはない。
「故に答えは否だ。貴公らは負ける定めにある。余はそれを待てばいい。そして貴公らから攻めることは叶わない。つまり、余の勝ちというわけだ。それを覆し得るというのか、貴公は?」
「ああ」それでも、スズナはニヤリと笑う。「だってお前は、この世に退屈している。そうだろう?」
退屈。
その言葉に、フリードリヒの視線が鋭くなったのを、彼女は見逃さない。
「馬鹿馬鹿しい」彼はその場に座って頬杖を突いた。「……何を根拠に言っている? 余は退屈などしておらん。当てずっぽうを言えばいいというものではないぞ?」
「前々から不思議に思っていたんだ。お前らネリマの連中は、その気になればチュウキョウに逃げることはいつだってできた。今だってそうだ、俺からの会談要請なんて蹴って代わりに砲弾をくれてやればいい。それなのにお前らは自発的には動かない。攻撃されて初めて反撃する。『内閣』家の人間が己可愛さに動いているにしては、手緩い――そこで俺は考えた。もしかしてお前は、革命が成功することに賭けているんじゃないかってな」
「…………」
「お前たちが動けば確実に革命は潰える、が、動かなければどう転ぶか分からない。その結果起きることは? ……世界を今まで支配してきた秩序が書き換わるってことだ。そんな大それたことを見過ごすってことはあるまい。逆に言えば、それこそが望みってことになる」
――だが、そうだというのなら、こんなに無責任なことはないだろう。自らの望みを他人に叶えてもらおうというのだから。
その言葉にフリードリヒは何も言わない。視線だけがスズナに向けられている。彼は次に彼女が何を言うのかを注意深く観察しているのだ。
「それは、恋と同じだ」スズナは、だから、言葉を選んだ。「自分で掴むものなんだ――自ら動かなければ何も得られるものではない。いつだって成果を得るのは、敢えて行く者だ――俺は、いや俺たちは、だからじっとしてなんかいられない。お前だって、本当はそうなんだろう? フリードリヒ・デ・ラルメ=キャビネッツ」
沈黙。
フリードリヒはまだ動かない。まるで石像のようだった。対するスズナも、動けるわけではなかった。彼の視線が何も言わず、何もしないのなら、彼女だって何かできるわけではないのだ。
「……スズナ、とか言ったか。」不意に、フリードリヒが静かに言った。「一つ聞きたい。貴公は、恋をしたことがあるか?」
「……ある」
「それは、叶ったか?」
「――――」一瞬言葉に迷った。シャルルが敵対している今、彼へ想いを伝えることなどできるだろうか?「……いや、まだ途中だ。諦めている暇なんかないぐらいに」
「ふ……そうか」
よかろう、とフリードリヒは言って、立ち上がる。それからぴょんと跳ねて、展示物の上から降りた。
「余は、余の騎士団を以て貴公らの軍勢に加わろう。まずは燃料の補給を頼む。備蓄は心許ない」
「! いいのか?」
「ああ。疑うなら、いつでも余を後ろから撃つといい。貴公になら、構わない」
そう言って、フリードリヒは手を差し伸べた。その意図を、すぐにスズナは汲み取り――一瞬、その急な心変わりを疑問には思ったけれど――その手を取った。
「ふん――」
そのとき、フリードリヒは微笑んだ。その意味合いは、スズナには分からない。
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