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第118話 フラストレーション

「意見具申よろしいでしょうか」


 イカロスは会議の最中、立ち上がってそう言った。そのテントには群首脳陣――百個以上あるそれの中から選抜されたごく一部だが――が集まっていたので、ずらっと机を中心に並んだ視線が彼一人に集中する。


「何だ?」議長を務める最先任職員の女が不機嫌そうに言った。「えー……」


「ポンペイア二中職であります。意見具申させていただきます」


「許可した覚えはないが」


「ですが申し上げます」イカロスは彼の言葉を無視した。「今すぐ攻撃するべきです」


 しん、と場が静まり返る。目の前にいる直属の上司からは溜息が出て、そのほかにも同じ吐息が聞こえる。


「……正気か? 夜襲を仕掛けると?」


「はい。敵が油断している内に攻撃をしなければ、我々は苦戦を強いられるでしょう。暗視装置が充分にないことは知っていますが、それでも攻撃するべきです」


「ほう、それで敵味方の識別はどうするのだ?」


「制服を見ればいいでしょう。これだけ真っ白なものを着た皆さんがいるんだ。きっと成功しましょう」


 それはほとんど嫌味だった。戦闘用の制服だっていくらでもあったはずなのに、それを持ってこなかったのだ、チュウキョウ地方管区の国民団結局は。よくて精々、私物のチェストリグなどを装備しているだけ。それもアーマープレートとは無縁のもの。防弾性はない。


 が、それは夜間攻撃にはうってつけだった。目立つという条件は、敵味方の区別をつけやすいという点で、夜間においてはまだマシだった。


「……しかしな二中職。」最先任職員は訝し気にイカロスを見た。「それは敵からもよく見えるということだ。同士討ちの危険もあるのなら、我々はそんな危険な選択は取れない」


「では即時迂回を。今目の前にあるような入念に準備された陣地への攻撃は成功した事例がほとんどありません。危険な選択を避けるというのなら、是非そうするべきだ」


「おい!」上司が不機嫌そうに振り返った。「いい加減にしろ」


 それに視線でだけ返事をする、つまりイカロスはやめなかった。それに最先任職員は長い髪を撫でる。それから毛先をくるくると回した。


「迂回? どこに向かうというのかな」


「トウキョウにであります。トウキョウには我々の救援を待つ職員たちが抵抗を繰り広げている。これと合流し、然る後に革命軍を叩けばよろしい」


「簡単に言うな君は」それから彼女は手遊びをやめて、立ち上がる。「そして、その必要はない。目の前にいるのは革命軍の本隊だ。手前にいるこちらを先に叩く。その方が合理的だ。」


「果たしてそうでしょうか? 目の前のこの陣地を突破するというのは容易なことではないと思いますが」


「陣地と言っても素人の作った簡易なものだ。防護車両を以て強攻すれば簡単なことだ」


「敵を過少評価しすぎでは? これでは……」


「君こそ、過大評価しすぎだ。連中はようやく武器の扱い方を覚えたような奴ばかり。包囲して逃げ道をなくしてやればすぐに崩れる。今までのテロ事件もそうだった。包囲殲滅。これに限る」


「今回はテロではない。野戦なのです。しかも陣地相手の。いくら相手が弱いと言っても……」


「落ち着きたまえよ、ポンペイア二中職」最先任職員はそのとき一転してにこやかになった。「不安は分かる。だが我々は今までずっとこうしてきたのだ。そして何度も勝利してきた。『大反動』のときもな。若い君は知らんことだろうが……」


「五年前のことなら身を以て知っています。自分は好意対象者を亡くしました」


「イカロス・ポンペイア!」今度はミージュが袖を引っ張った。「そろそろ……」


「分かっている、だが……」


「それについてはお悔やみ申し上げるよ」最先任職員は制帽を被る。「だけれど、結局あのとき自由恋愛主義者たちは壊滅した。今度は少しばかり後手に回っているが、ここで逆転できる。君もそれを知ることになる――だから、任せてくれ。な」


 にこにこと彼女は笑った。柔和そうなそれに一瞬イカロスは絆されそうになったが、現実がそれを許さない。このままではここにいる大半の人間が戦死するかもしれないのだ。


 そう思ったが、それ以上は何も言えそうになかった。集まった視線は最早敵意のそれで、これ以上続けたところでその劣勢を覆しようもなさそうだった。


「……了解しかねます。が、この場は引きます」


 そう言って、渋々といった様子を隠そうともせずに座った。その態度に上司は何か言いたげに振り返ったが、何も言わない。これで終わりだ。どこかからやり直せるのなら、昼間本隊を待つ判断をしたところをリスタート地点に選ぶだろうが、そんな都合のいいことは起こり得ない。

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