第117話 情報提供
国民団結局の軍勢は演説の三日後にはトウキョウへ向けて前進していた。
二万もの軍勢。それらはいくつかの車列に分かれる必要があった。さもなければまるで大きすぎるマキズシのように過剰に長大になってしまい、横合いから鋭い刃物で切断されることだろう。両翼を守るためにも、分散して行動する必要があった。
だが、それ以外の目的もあった。
カナガワ各地の解放である。
「…………」イカロスは、車内で顰め面をしていた。「…………」
あんまりに何も言わないので、その場の雰囲気は実際の気温よりずっと冷え込んでいた。無論、移動中だからといって私語は慎むべきだが――それでも、組織には潤滑油が必要だ、それが凍りつかない温度も。
「乗り物酔いですか」だが、彼女だけは口を挟んだ。「大変そうですね」
「ミージュ……」イカロスは、不機嫌が治まらないのに尚更苛立った。「そう見えるか」
「ええ。アレだけ望んでいた奪還計画が動き出したのにこうも機嫌が悪いのは、きっとそれぐらいしかないのだろうと思いまして」
相変わらず彼女は平坦な声ではあったが、しかしそれでも揶揄われているというのは分かった。イカロスは嘲笑するような吐息を漏らしてから、鋭い視線を返した。
「これでは駄目だ。奪還というのに拘りすぎだ」
「拘りすぎ?」
「各地の奪還なんか、後でいいんだ。今はとにかくトウキョウに立てこもっている味方を助けに行くのが先決のはずだ。彼らと合流し、その上で革命軍が浮足立っている内に各個撃破――それなのにこんなのろのろと。これでは相手が態勢を整えてしまう」
「例の『電撃戦』構想ですか」
「そうだ。本来数でも質でも国民団結局という組織が負けるはずはないんだ。それがあっさり負けたのは、不意打ちであったからというのと、その不意打ちが洗練された動きによって為されたからだ。即ち、敵の頭を直撃する。然る後に胴体を解体する。現場レベルでは自然にやっていることを、もっと上の階層でもやるわけだ」
そのために必要なのは機動力。民間の車両でも何でもいい。動かせる輸送力は全て動員して、一斉に行動し、敵に反応される前に全てを終わらせる。それを実行されたのに、まだそこから学んでいない。
「それに、俺が我慢ならないのはそれだけじゃない。」イカロスはライフルのマガジンをカチカチ指先で弾いた。「チュウキョウ地方管区の練度の低さだ――包囲した拠点に援護なしで真正面から飛び込むやつがあるか? もろに迎撃を受けて突入隊第一波は文字通り全滅。一個群がこれで機能不全だ。」
「そりゃ、我々と違って実戦経験もありませんし、求められるレベルも違うでしょう」
「そんなことは分かってる。だとしても教本通りにもやれない連中が多すぎる。単独の拠点にこれだけ時間と人数をかけていたら、到着する頃には俺たちだけになっているかもしれないぞ」
そう脅すと、ミージュは不愉快そうに視線を浮かべて、前にそれを戻した。何となくそういうことしかしないだろうと思っていたが、それがやはり気に入らなくて、かといってそれを伝えるのも憚られて、イカロスもまた、視線を前にやるしかなかった。
そのときだった。乗っていた職員支援車両がゆっくりと減速し、停車したのは。
「どうした」
運転手に群主席職員が聞いた。しばらく無線の声。その方を除けば、前の車が止まったので後続もそうしているのだとは分かる。問題はその先頭で何が起こっているかだ。
「先頭の方で住人から止まれって言われたそうで。」しばらくして、運転手が言った。「何か情報があるみたいです。どうします?」
「情報?」イカロスは飛びついた。「すぐに入手するべきです。今我々は敵地にいます。得られるものは全て頂戴すべきです」
一瞬、群主席職員は彼の方を見たが、ふんと息を吐いて視線を逸らす(イカロスはそれに苛立った)。
「どうだろうな。狙撃するための方便かも。イハヤカヴァ三中職はどう思う?」
「私なら、そうします。誰かを地元住人に扮装させて、車列を止めさせて……偉そうな人間が出て来たところで撃つ、というのはいかにもやりそうなことです」
「そうか。やはり避けるべきか」
「なら、」イカロスは、再度一歩前に出た。「自分に行かせてください。自分ならまだ替えが利きます。後のことはイハヤカヴァ三中職にでも任せればいい、そうでしょう?」
ずい、と狭い車内で詰め寄られて、群主席職員は困惑を隠そうともしなかった。あーとかうーとは唸った後、溜息を一つ。それから手をひらひらと動かした。どこへでも行けという意味だった。
「ありがとうございます」
一応礼を言ってから、イカロスは車を飛び出した。指揮車であるこの車から先頭まではかなり距離がある。が、走ればそう長くはかからない。到着したイカロスは、先頭車両の職員たちに軽く挨拶をしながら、その民間人に近づいていった。
「自分はイカロス・ポンペイア二中職であります。群主席職員殿の代わりに参りました。それで、情報というのは?」
「ああ、」その中年の女は携帯端末を差し出した。「これなんだが」
そこには山が映し出されている。緑が生い茂る中に、人影が見え隠れ。それらは木に張り付くようにしており、手にはチェンソーや斧などが握られている。問題は、その手元の上。赤と黄を基調とした帯のようなものが付けられている――革命軍の腕章だ。
「これはどこの写真です?」
「ハコネさ。ウチは旅館やってんだけど、山の方がどうも騒がしいんで見に行ったら、この有様ってわけさ。木ィ切ったり穴掘ったりどったんばったんやってたよ。写真には映ってないけど、どっからか重機も持ってきてたかなあ。大工事だった」
「……なるほど。大体何人ぐらいいたとかは分かりますか?」
「さあね、とにかく沢山いたよ、そんでそこら中掘り返してた。何がしたいんだろうね」
――そこまで知ろうというのは欲張りすぎか。
イカロスは考え直す。
「それなら……正確な場所は?」
「分かるよ。地図か何かあるかい?」
イカロスはすぐさま近くにいた職員にそれを持ってくるよう合図を出した。その職員は自分の車両からそれを持ってくる。道路情報がメインの地図だが、ある程度は地形も載っている。その上の一点を女は指さした。
「この山だよ。ウチがこの辺だからね」
「ありがとうございます」
「アンタらさ、連中追っ払ったらウチに来とくれよ。安くしとくよ」
考えておきます、と言いつつ、地図を返しがてらイカロスは指揮車両まで戻った。結局狙撃はされなかった――情報も写真付きで正確だと思われる。これが嘘なら相手はかなりこの辺に詳しいはずだ。それに手が込んでいる割には意味があるようには思えない。精々道に迷わせて時間を稼ぐぐらいのことだろうが、そのためにこうまであれこれ手を回すだろうか?
「どうだった?」
その群主席職員の言葉に、イカロスは真っ直ぐ答えた。
「相手の手の内が見えました。連中はハコネにいます」
「ハコネ?」彼はフンと笑う。「観光でもしているのか?」
「山に陣地を敷いているようです……完成する前に叩くべきです。すぐ前進しましょう」
イカロスはそのまま自分の席に戻った。が、群主席職員は何も言わなかった。車も、当然のように動き出さない。イカロスはそのことに気づいて、訝しんだ。
「何です? 早く出発しないと」
「いや……」群主席職員は顎に手をやっていた。「本隊の到着を待つべきじゃないか?」
「……? 何故です? 連中が態勢を整え切っていない今がチャンスでしょう」
「だが、その情報はいつの情報だ?」
「……」そういえば、確認しなかった。「しかし、そう簡単に陣地が作れるはずはありません。今叩けば相手の先手を取れます。本隊の到着までにある程度地歩を築いておく方が賢明です」
「そうは言うがな、スパイからの情報によればトウキョウを発った敵は一万近くいるそうだ。こっちは先遣隊を全部合わせても五千ぐらいだったか? 二倍の敵に突っ込む形になる。それなりに準備はいる」
イカロスはそれでも何かを言おうとしたが、そのとき深く息を吸ったことで多少頭が冷えた。無謀な攻撃で戦力を擦り減らせば、本隊の攻撃も覚束なくなるだろう。今は戦力を温存すべきかもしれない。
「……分かりました。でもハコネには向かうべきです。ある程度近づいておいて、そこで集合した方がいい」
「分かっている。そろそろ前進しよう」
群主席職員は無線手にそれぞれ合図した。その命令が先頭に伝達されて、車列はようやく動き出す。イカロスはそれでもいくらか不安と不満を持っていたが、結果的にそれは正解だった。
高評価、レビュー、お待ちしております。




