第116話 ささくれ
「状況は」
ナルシスはホテルへと戻り、革命軍の本部となっている宴会場へと入った。そこは革命軍の腕章をつけた人間でごった返しており、その中の一人――セーラー服ということは愚恋隊――が敬礼と共に近づいてくる。
「フブキ」とかいった男だ。ナルシスは一度見たことがあった。「か」
「チュウキョウへ撤退中だった敵が一斉に蜂起を起こしました。現在第三、第四、第六軍団が応戦中ですが、奇襲を受けて苦戦中です。ダイモン」
「固より彼らはネリマなどで損害を負った部隊だったものな。抑止効果は限定的とみるべきか。他には?」
「チュウキョウに集結した敵に動きがありました。キャンプを畳みはじめ、代わりに車両と装備をかき集めています。出発は時間の問題と思われます」
「予想針路は?」
「ハイウェイを利用してエビナやアツギ経由でトウキョウへ進軍するものかと。トウキョウにいる敗残職員と合流するなら、その一手でしょう。そうなれば一巻の終わりです」
どうにかしてそれは防がないといけないわけだが――とナルシスは仮面に触れながらテーブルの上に敷かれた地図まで行く。そうすると、投降していたはずの敵十四個群程度が散らばってトウキョウ周辺で暴れている一方、チュウキョウからはそれを超える大群がやってきていることが分かる。スパイからの情報によれば、推定二万人といったところだという。単純計算でも百個群だ。チュウキョウ地方以外からもかき集めたに違いない。それほどの戦力である。
無論、革命軍がその気になれば、全くの同数程度、十個軍団は配置することができるが――それはトウキョウにいる十四個群を無視すればの話である。この情勢になるまで戦い抜いてきた彼らがいるからには、最低でも同数の戦力は配置しなくては止められまい。
「――?」しかし、そのときナルシスは気づいた。「ネリマはどうしている? この図の中では動いていないようだが」
「は」フブキは紙面を一瞥してから答えた。「動きはありません。第七軍団からは不気味なほど静まり返っていると」
――どういうことだ?
これほどの好機はないはず。いくら指揮系統が違うとはいえ、ここで動かない理由はないだろう。彼らという一大戦力が動けば、革命軍などはあっという間に崩壊する。彼らはそういう性質を持った軍隊で、それを止めるのには大量の戦力とその犠牲が必要なのだ。例の十四個群がいなくったって、厄介極まる。
が、その厄介な彼らが動かない――まず考えられるのは、物資不足だ。燃料と弾薬――そして食料。それらは包囲戦の中で消耗されているはずだ。小競り合いで略奪されることはあってもそれは彼ら全体を賄いうる量ではあるまい……しかし、だとすれば尚更この状況で動かないことはないはずだ。いくら不足とはいえ全く使い切ることはあるまい。ほんの少しの予備は残しておくものだ。その前提で言えば、だが――これほどこちらが浮足立っているときに仕掛けなければ永遠に包囲から抜け出すことはできない。
次に思いつくのは情報不足から動けないということだ。十四個群が一斉蜂起したというのは、なるほど包囲下では知ることが難しいだろう……が、推測はできるはずだ。交渉中も戦闘は起きていたというのは報じられていたし、その目的が反革命なのもそうだ。そして革命に同調的だったシャルルが反旗を翻した――そうなれば撤退中の部隊が動いていると考えるのが普通だ。完全な情報を得るなら部隊側から連絡を受ける必要があるが――そんな余計な時間をかけるようなら、そもそも脅威にはならない。
しかし、どちらでもないとすると――何故こうなっているのかが分からない。こちらの攻撃を誘っている? 実はもうこっそり逃げ出した? ……余計にあり得ない。
だが、これは隙だ。
無力化するには充分すぎる。
「……ダイモン?」フブキが顔を覗き込む。茶色のサイドテールが揺れる。「どうされました?」
「スズナを呼べ。それとオウカも。対策を考える――」
「俺ならここにいるぜ」
声に振り返ると、スズナはすぐそこにいた。手に持っていた山ほどの書類をそこらへんにいたスタッフに渡し――彼はあまりの重さに一瞬落っことしかける――ナルシスの方へ近づいてくる。
「スズナ。君の第一軍団はすぐ動けるか?」
「え? ああ……そりゃまだ待機してるが」
「よろしい。ではすぐ第七軍団と合流。いかなる手段であっても構わん。共同でネリマにいるフリードリヒ・ド・ラルメ=キャビネッツの軍勢を無力化しろ」
「お、おいおい、そりゃ無茶苦茶だ。二個軍団でどうにかなる相手じゃねーってのは分かってんだろッ?」
「ああ。だが彼らはまだ動いていない。動けない理由があると考えるのが普通だ。今ならその隙を突くことができる」
――そりゃその読みが間違ってたら死ねってことだろーが?
スズナはその言葉をどうにか飲み込んだ。ダイモンの手を見たからだ。包帯が巻かれたそれは、酷く震えていた。
「おい、ダイモン――」
「何だ、まだ文句か?」
「いや、その――大丈夫、なのか?」
「何がだ? ……それより、早く行動に移してくれ。時間がないんだ」
そのときスズナは仮面の向こうの目と視線が合った。やはり、手と同じく小刻みに震えている。傷ついて痛みを隠しているのは見て取れた。その理由も、すぐに予想がつく。ナルシスとダイモンの間に引かれた等号に気づいてさえいれば。
「フン――そうかよ」
だが、それ以上構っている時間はないし、その義理もない。彼もそう考えたらしい。スズナは踵を返して、宴会場を出ようとする、と、入れ替わりにオウカが入ってくるのを彼女は見た。彼は人並みの中を走ってナルシスの元へ。
「アナタ様のオウカ・アキツシマ。ただいま参上いたしましたわ♡ 何なりとお命じくださいまし、あんなことやこんなことでも……♡」
「そうか。では仕事の時間だ」
その冷たい言い方に、オウカは面食らった。ナルシスが彼にそんな態度を取るのは初めて――でもないが、今度のは若干性質が違った。いつものような愛がある態度ではなく、単に都合のいい道具と見做しているような――
「……オウカ?」
「――いえ」しかし彼は、その想いを胸中に押し込む。「それで、お仕事というのは?」
「ああ。君たちの力を借りたい。今すぐ動かせるのはどれぐらいだ?」
「人数にすれば三千人といったところかと。一個軍団にいくらか集団を増強した形になりますわね」
「そうか。では第五、第八、第九軍団と共にカナガワ方面へ向かう。この部隊の指揮を君に任せたい。一個軍団はそのまま、残りは各軍団の予備として機能させる」
「第十軍団は?」フブキが口を挟んだ。「いかがなさいますか?」
「総予備だ。万が一のために取っておきたい――トウキョウ内に残留する敵が早期に排除できなかった場合などに備えたい。オウカ、それでいいか?」
「かしこまりました、が――」その言い方はオウカには引っかかった。「『向かう』? 『向かえ』ではなく?」
「そうだ。私も同行する」
ざわ、とその場に動揺が広がった。その場にいたスタッフたちは皆顔を見合わせて、それから口々にその思うところを呟いた。そしてそれは大凡、反対意見だった。聞かなくても表情を見れば分かる。
「……失礼ながら、ダイモン?」それらを視線で窘めて仕事に戻らせながら、オウカは言った。「しかし申し上げますけれど、政治と軍事の違いはお分かりで?」
「無論だ。私は軍事についてははっきり言って素人だ。だから君に指揮を任せると言っている」
「しかし、戦場に出るということが危険なのは言うまでもないことでしょう。アナタ様に何かあれば、代わりの人間は一人もいない。それに、仮に命があったとしても――敗北すれば、アナタの責任は必ず問われるでしょう。不用意にああいった場にいるということは、リスクとなる。それを分かっているようには思われない」
「分かっている。だが、その上でそのリターンを見ているのだ。私があの場にいて敵を押し返した。そのことは何より大きな政治的威光となる。革命への求心力ともなる」
「それは――そうでしょうが」
「それに、例えば私が後ろにいて、君はそこまで敵を誘き寄せるのか? ……無論そんなことはすまい。他の者にしてもそうだ。これは現場レベルでもメリットとなると思うが?」
「…………」
しかし、私情もそこにはある。
オウカはそう確信した。シャルルに対する加害感情が今のナルシスを動かしているのだろう。裏切られたという感じ方が、彼をささくれ立った行動に走らせるのだ。
が、その裏切りは、他人に作られたものだ。
オウカとガンイチロウによって操作された感情。もちろん、ああ演説を行ってまでダイモンとの合意を否定するとは思わなかったが――それでも始まりは、その責任は、彼らにある。
「かしこまりました――」だから、彼はスカートの端と端を摘まんで軽く持ち上げて、恭しく礼をするほかなかった。「このオウカ・アキツシマ。この命に代えてアナタ様をお守りすると誓いましょう。」
何より、その方が都合がいい。
計算通り彼が動いているのなら――その方がいいのだ。
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