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第112話 ハイウェイ・トウキョウ

 彼はこの寒いのに、ハイウェイ上でチュウキョウ地方から来る車列をじっと外で待たなければならなかった。


 その行先は、オブ・プレジデント邸である。中身は食料品。毒殺を警戒したのと、高級食材なしには料理が作れないと料理長がごねたとかで、その通行だけは許可されていた。


 ただし、当然制限はつく。指定されたルートを時間内に通ることが、その一つだ。


 つまるところかれはその指定ルートのチェックポイントに立つ歩哨だった。欠伸を一つするだけでもそこから凍っていきそうなほど空気は冷たい。どうして革命軍なんぞに入ったのか分からなくなりそうだった。


(大体、ダイモンがシャルルと仲良くしているってのが気に入らねえんだよな)


 彼は政治のことはよく分からない。


 だが筋の通らないことには人一倍敏感だった。


 元々、シャルルのしたことがマズかったからこうして革命になったはずなのだ。平和的手段がシンジュクで封じられ、意味を成さなくなったから強硬手段に打って出るしかなくなった。それがどうして、こう、和解なんかしているのだろう?


(シャルルは、『内閣』家の人間は敵だっていうのが、革命の理屈だったはずだ。その敵と和解して、どうにかそのお零れをもらおうっていうのは、裏切りじゃあないのか?)


 白く息を吐く。どうにも「小隊長」――ただの「隊長」から名称が変わった――はその辺りどうにも別の解釈をしているようだったけれど、それは政治の小難しい話だったので、よく分からなかった。


 どう考えても自治区なんて小さなものを保障してもらうのでは、割に合わない。


 何人も死んだし、自分だって死ぬ思いをした。


 支払った代償に対して、その程度では割に合わない。


「来たぞ」他の兵のその声に、彼は面を上げる。「定期便だ」


 見ると、道の向こうに車のライトが見えた。それが真っ直ぐこちらへ向かってくる。彼は手元にある正式名称も知らない赤く光る棒を振って、それに停止するよう促した。それに従って、車両は停止する。それから運転席に近づいて、彼は言った。


「荷物を確認させてもらうが」


「はいはい、いつも通りに」


「あいよ」


 いい加減、このドライバーとも顔なじみになってきたところだ。各車両のトランクを開けて、懐中電灯で照らす。見渡す限りの段ボール箱と木箱。いつもより少し量が多い気もしたが、そんなことで引き留めて後で上から嫌味を言われるのは嫌だった。


「通っていいぞ」


 それぞれトランクを閉めて、ドライバーたちにそう告げる。髭の生えた彼らはそれに礼を言って、走り出す。何となしに寒気がしたが、コートの前がいつの間にか開いていたのを見つけて、彼はそれを留め直した。


「……」ミージュは静かに呟いた。「上手くいきましたね」


 箱などで塞がれ覗き窓すらない真っ暗な車内には、決して食料品などは積まれていなかった。そこにいたのは国民団結局や「共和国前衛隊」から選抜された即席チームの内一個班である。既に彼らはオブ・プレジデント邸の護衛隊に紛れるよう黒を基調としたフォーマルスーツに身を包んでおり、そのくせ彼らの持っていない自動式防衛機材や半自動小型防衛機材――それぞれ自動小銃と拳銃、共にサプレッサーつき――を携えていた。


「ああ」それを手の先で撫でながら、イカロスは返事をした。「――あと三つ同じことをすればいいだけだ。が、油断は禁物。いつバレてもいいように機材の準備はしておけ」


 そうやって班長らしいことを彼は言った。彼がそれに任ぜられたのは単に最上位の階級を持っていたからだったが、しかしその能力から考えれば当然とも言えた。夏のホテルジャックの一件で突入隊を指揮した経験もある。そしてやる気にも満ち溢れていた、余程あのだらしない体形の上司が気に入っているらしい。


「…………」しかし、それが気に食わないのが、ミージュという女だった。「…………」


「どうしたんだ、イハヤカヴァ三中職?」その視線に、彼は気づく。「何か、言いたいことでもあるのか?」


「いえ……大したことではありません」


 なるほど、それは確かに大したことではない。臨時で上司の頭を越えてやってきた特別任務とはいえ、任務は任務である。それをこなすのが彼女の仕事、「共和国前衛隊」の隊員というものであった。


 が、これはナンセンスだ。


 そう思われた。


「……気に食わないか?」それを、イカロスは見て取ったらしい。「それとも気が進まない?」


「……分かりますか」


「何となく、な。君ともそれなりに長い付き合いになるから」


「…………」ミージュは訝し気に視線を鋭くする。「分かるなら、どうしてそうなったかも分かるでしょう? こんな強引な方法を使うなんて、そうしてまで連れ帰る必要があるのですか、彼らを――シャルル様とエーコ様を」


 彼らの任務。


 それはトウキョウに取り残されているシャルルとエーコの両名を「救出」することにあった。


 とはいえ、正面切っての侵攻では、どうやっても彼らが殺害される危険性があった。それに、チュウキョウ地方管区の国民団結局はまだその用意ができていないという。彼らは多数の難民を抱え、その対処に追われていた。これでは殺される前に素早くトウキョウに侵入するというのは不可能である。


 かといって少数での越境計画――これも難しい。これがタマ奥地の山荘に幽閉されているというのなら、山を越え谷を渡り川を泳いで警備の隙を突くこともできただろうが、トウキョウのど真ん中ではそれも難しい。オブ・プレジデント邸に繋がる全ての道に警備がつけられており、それを突破するには戦力が足らず、すり抜けるには情報が足らない。そして山ほど目撃者がいる。奪取できたところで脱出行の最中を捕捉され、奪還されるだろう。


 そこで考えられたのが、この定期便を使った作戦である。検品という問題さえクリアされてしまえば、侵入も脱出も容易だった。


「分からないな」が、イカロスは首を横に振った。「当然、この計画は必要だろう。今カントウを取り戻すのに邪魔になっているのは、人質がいるという事実だ。それさえなければすぐにでも……」


「ですが、これは騙し討ちでしょう」


「卑怯卑劣というなら、それは革命軍とやらの方だと思わないか。シャルル様たちをこうして監禁しておいて」


「いえ、私が言いたいのはそういうことではなく――今、シャルル様はダイモンと政治的な合意をしているのでしょう? 一時は険悪でしたが、折角融和的な動きが見られるようになったのに、わざわざこんな方法で破談にしなくてもいいのではないですか?」


 そうミージュが言うと、イカロスの表情は固くなった。眉を顰め、それから溜息を吐く。


「……それでは強盗の論理だよ。武器を取って殴りかかって、それで言うことを聞かせようというのは」


「ポンペイア二中職。しかし……」


「確かに今のところシャルル様はダイモンとの交渉に前向きだ。カントウを事実上明け渡すとまで言っている。しかし……それは本心だろうか? ……当然、そんなことはあり得ない。『内閣』家、ひいては『共和国』からしてみれば、身を切るような話だ。それも半独立状態にするなど、三次大戦前への回帰も同然。そんな自殺めいた行為をするはずはない。何か理由がなくては」


「では、二中職はどうお考えなのですか?」


「当然、脅されているが故に起きたことだろう? 口でなら何とでも言えるし、書類になっていたとしても――それを実行する母体がなければ、どうすることもできない。だからこの融和ムードも全ては解放されるまでの我慢ということなのさ……」


「しかし、それをシャルル様が考えているという証拠はない」


「そうかもしれないな。でもそっちは証拠があるっていうのか? ……それに、カントウがなくなるなんていう決定、君は受け入れられるのか?」


「…………」


「俺には無理だ。カントウ、というかトウキョウはこの行政区の中核だ。経済が破綻するとか人がいなくなるとか、そういう理屈以前に心理的に受け入れられない。あそこには家がある。家族がいる、弟が――」


 と、そこまで言ったとき、イカロスの目の色が奇妙に変化したように思われた。その家族への心配や懐古の上に、どういうわけかそこに憎しみや悲しみが乗ったような気がした。一瞬苦しそうに顔を顰めて、それから首を横に振った。


「……? ポンペイア二中職?」


「あ、いや――とにかく、もう計画は始まっている。今更中途半端に終わらせてしまったとしても、どうせ互いの関係は悪くなるんだ。だがその場合俺たちの立場はない……それならちゃんと完遂してみせた方がいいに決まっている。そうだろう?」


 そう誤魔化したイカロスに、ミージュは返事をしなかった。トラックはハイウェイを通過していく。あと三〇分もしないで次のチェックポイントに着くだろう。彼女はただ座ったまま、前を見た。真っ暗な車内には、薄明りすらない。

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