第111話 約束
『……まずは、「市民」のために、「共和国」のために――その理想のために命を捧げられた方々に感謝を申し上げます。アナタたちのおかげで守られた命は数えきれないでしょう。私もその一人のはず――どうも、ありがとうございました。』
画面の中でシャルルは深く頭を下げた。そのオブ・プレジデント邸からの映像はテレビで、ネットで、ありとあらゆる媒体で同時中継された。故に、それが届かなかったということはあり得ない。革命軍の支配下はダイモンの、それ以外の地域でもシャルルの名前で放送するとなれば、従わないわけにはいかないのだ。
『しかしながら、』シャルルは頭を上げた後、真っ直ぐカメラを見た。『私が重ねて申し上げたいのは、これ以上の流血は一切望まないということなのです。国民団結局にしろ、革命軍にしろ、そこで戦い、怪我をし、死んでいるのは人間なのです。決してそれ以外の何者でもない。決して、例えば痛みを知らない怪物でもなければ失うもののない戦闘マシーンでもない。必ず誰かの息子であり、娘であるのです。あるいは父であるかもしれないし、母であるかもしれない。少なくとも誰かの家族なのです――今この言葉を聞いているアナタのように』
「家族……」画面に向かって、スズナは呟いた。「……」
『私はダイモンと話し合いました。これ以上の戦争状態は、互いにとってよくないということは間違いなかった。彼はそれに同意しました。そもそも彼にとって現状というのは、シンジュク事変から強いられるように始まった不本意なものであって、これ以上の継続も激化も望んではいないのです』
我々と彼ら。
そのどちらも望まなかった。
望まなかったが、戦いは起こってしまった。
『ならば原因というのは、互いが互いに不信感を抱いたことにあると私は考えます。そしてその始まりは私たち「共和国」の側にある、何故なら彼らが運動を開始したとき、もっと注意深くその言葉を聞いていたならば、そこに非暴力不服従の精神を見て取ったでしょうから。それなのに私たちはその五年前に起きた悲劇が忘れられなかった。それへの警戒心と復讐心が忘れられなかった。「彼らは武器を持って蜂起するに違いない」。それは単なる心理的な印象だったにもかかわらず、それに囚われてしまった――その観念が、シンジュク事変に至るのです』
「ほう?」アリグザンダーは目を丸くした。「責任を認める?」
『アレは、痛ましい事件でした。あの場にいた人々は死ぬ必要はなかった。ただ平和を求めただけの人々なのです。それが、すれ違いからあのような惨劇に発展した。たとえその前段階が存在したのだとしても、あの場にいた圧倒的大多数の人間は銃撃されるだけの罪を犯していなかった。それだけは断言できるはずです』
「……ふざけるな!」イカロスは激高した。「ただ平和を求めただけの人々が、どうして人を殺せるというのか⁉ それともそれさえ『すれ違い』だとでも言うつもりか⁉」
『私たちは彼らに償う必要があり、それはつまり二度とこのような事態に至らないということを確約することであると私は考えます。無論、「共和国」における全ての自由恋愛を直ちに解禁することは、不可能でしょう。またそれは時期尚早でもあります。行政区に限定しても、それは同じこと。超えるべきハードルは多く、また「共和国」に生きる人々にとって納得できるものとはならないはずです』
「ならばどうする?」キーンは眉を顰めた。「なしのつぶてではないにせよ、何かは変わらなければ――」
『そこで私は、』シャルルは前を見据えて言った。『「自由恋愛特区」を制定することをここで宣言します』
「……何?」ミージュは顔色を変えた。「そのようなことを? 決めた?」
『現在、カントウ中心部は初恋革命党の勢力の中にあります。これを解散させることや撤収させることは最早不合理となりつつあります。それを強制すればまた流血が起こることでしょう。そもそも、どこに退去させるのかという大きな問題がある。ならば、それを所与の条件としてしまえばいい――その考えの下私は、現在の彼らの支配領域を特区として認め、域内に居住する「市民」の自由恋愛を認可するものとし、一方で行政区の中心はキョウトに移管し、そこから特別行政官を任命することとします。ただしこれは特区が自治区として存立し得るほど成熟するまでの一時的な措置であり、最終的には自由恋愛特区の住人が自由にその代表を決めることができるよう制度設計を行います……』
シャルルがそこまで言ったところで、彼はテレビの電源を切った。それは録画だった。それからでっぷりとした腹をどうにか体ごと持ち上げて、ブランデーの入ったロックグラスを片手に夜の帳の下りた縁側まで行く。
「……さて、」その彼、ガンイチロウ・ヒライズミは不満を隠そうともせずに言った。「これで、革命は終わりだろうかな」
シャルル・オブ・プレジデント=キャビネッツの言う通りなら、このまま革命はその目的を果たすだろう。部分的にとはいえこの「共和国」に自由恋愛主義が許される場ができるのである。大半の参加者はそれで満足するだろうし、それにより治安は改善されるだろう。戦前から落ち込んでいた経済はここで持ち直すかもしれないし、そうなれば経済の起爆剤として類似の制度が「共和国」内の別の行政区に輸出される可能性もある。
革命が改革として受け入れられる。
それだって、一つのゴールではある。
何も世界を変える手段は、暴力だけではないのだ。
「しかし――」ガンイチロウはそう確信していた。「これでは結局何も変わらないだろう」
なるほどシャルル・オブ・プレジデント=キャビネッツの言うことは極東列島行政区の最終決定になるだろう。かつてはともかく、最新の情報によれば今の彼はかなりやる気があるようだった。反対する行政官には更迭をちらつかせ、または丁寧に説得し、とにかく自分の決定に従わせている。齢一六にして老獪な政治家に生まれ変わったようだった。
だが、その治世は長くは続かないだろう。結局のところ行政官というのは皆一様に反自由恋愛主義者なのだ。そう教育してきたからだ。それが急に柔軟になるはずはないし、仮に従ったとしてもそこには反発が起こるだろう。
反動と言ってもいい。
その激しいことが予想される揺り戻しに、シャルルは耐えられるだろうか? ……これは極めて疑問だ。次席以下の全ての行政官がその気になれば彼は孤立する。孤立しては効率的な政権運営はできないだろう。結果としてどこかに破綻は起きるのだ。
そのとき、特区は包囲されている。
その上、革命軍は解体されているだろう。
その、予想される破滅と呼ぶべき未来を避ける方法が一つだけある。
和平を破棄し、革命を続けることだ。
「つまり特区や自治区などという中途半端で地続きの領域ではなく、行政区全体を支配してしまえばいい」
この極東列島行政区のある領域をかつて支配していた国家がそうであったように、一つにまとまった島という立地は、非常に防御に適している。陸続きなら歩けば誰でもいつかは辿り着くことができるが、海はそうはいかない。大人数で渡るには船がいる。そしてその船はこの世界に数えるほどしかない。エネルギーは核融合炉により、食料は生産プラントにより、それぞれほとんど自給自足できているし、資源はリサイクルが大半で、どうしても賄いきれないレアアースなどの代替不能品だけが海運で運ばれてくる――つまり運ぶものが少ないから乗り物も少なくなるわけだ。
だとすれば、一度海に反自由恋愛主義勢力を蹴落としてさえしまえば、そこから彼らが攻め込んでくるのには長い時間がかかる。
つまり、海が防壁となるのだ――革命を守るなら、それしかない。
(無論、それ以外の理由もあるのだが――な)
いずれにしても、これで満足されてしまっては困るのだ。
かといって、自ら行動を起こせばそれは角が立つ。折角ダイモンと同盟を組んだ意味がなくなる。現状、ヒライズミ家は民衆の支持を得られているわけではない。それは表立って革命に参画しているわけではないというのも理由だが、ここで下手に動けばかえってそれを失う結果になるだろう。
それはジレンマだった。さしものガンイチロウといえども、全く支持を得られないのでは長く活動を続けられない。いくら大量の物資があり大量の私兵がいるといっても、だ。
「さて、どうするか……」そのとき、ガンイチロウは振り返る。「オウカ・アキツシマ」
そこに、オウカは座っていた。真っ直ぐと背筋を伸ばし、セイザをしている。それでいてにこりと曖昧な笑みを浮かべている。
「わざわざここまで秘密裏に来るぐらいだ。きっと面白い情報を持ってきたのだろう?」
「ええ。その通りですわ。ですから是非ともガンイチロウ様のお耳に入れたくて」
「ほう?」ガンイチロウは一歩前に出る。「それはどのような?」
オウカの笑みが一層濃くなる。妖艶と奇怪を足して二で割ったような、それ。それは証明を最低限にした室内では旧時代に存在が謳われたゴースト、ヨーカイを思わせた。
「どうもシャルルの誘拐計画がある、とウチの情報部が言ってきまして。手口と日程まで掴めました……それで、いかがいたしましょうか?」
いかがいたしましょう。
その意味するところは、まだダイモンにそれを相談していないということだ。
そして、その上でガンイチロウに意志を委ねる――これ以上に面白いことは、彼の中には存在しなかった。
つまるところ、彼らも右派なのだ。
そして、戦いしか知らないのである。
「いかがいたしましょうも何も」ガンイチロウの口角は嫌でも上がった。「それは偽情報だろう。『シャルルがそれを望むとは思えない』……そうは思わないかね?」
そう言うと、オウカはますます唇を吊り上げてから、深々と一礼をした。闇の中。それは静かに結ばれたのだ。
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