第106話 軽挙妄動(後編)
「――どうした? 何か用か?」
「ええ。少々革命軍軍事顧問としての要請をしようかと」
「軍事……まあ、入ってくれ」
では失礼します、と言いながら、ナルシスに続く格好でオウカは部屋の中に入る。それから客室の真ん中に来た辺りで深呼吸した。
「ああ、ここが仮初とはいえアナタ様の部屋。アナタ様の香りが感じられます……!」
「……真面目な話じゃないなら帰ってもらうぞ」
「いいえ! それはそれ、これはこれです! 少々お待ちください。この新鮮な香りを袋に入れて保存しますので、」
「帰れ」
何をしに来たんだこの男は――今更だが、そもそも男という括りでいいのか? 便宜上生物学的性別で呼んではいるが、今も来ているセーラー服の拘りからすれば、もっと別の考えが必要なのか……?
「さて、真面目に話をしましょう」オウカは椅子に座るとこほんと咳ばらいを一つした。「革命軍は、編制を変えるべきときが来たと思います」
「編制?」ナルシスは首を傾げた。「……というのは、群とか、団とか、そういう枠組みのことか? それを変える?」
「左様。今の革命軍は、国民団結局のそれを模倣したものに過ぎません。その理由はこちらに降った職員が戦いやすいようになどいくつかありますが、今まではそれを変えるだけのメリットと意味がなかったからです」
少数でしたからね、とオウカはつけ加える。なるほど百冊の本には分類が必要だが、十冊の本にはそうではないということだ。多少の整理さえつけば問題ない。ナルシスはそう理解した。
「とはいえ、今や革命軍は大量の群を抱えた大軍勢に姿を変えています。各方面にどの群がどれだけ散らばっているのか把握するだけでかなりの管理リソースを食いますし、管理のみならず現場レベルでも問題が起きているのが現状です」
「管理面というのは分かるが、現場レベルでも?」
「複数個の群が一堂に会したとき、そのときの指揮権で揉めるのです。国民団結局の場合最先任の主席職員が統一指揮を執るという明確な基準がありますが、革命軍には階級制度はあってもそれが充分に成熟していない。それにこの方法にはそもそも指揮下にある群があまりに多くなったとき、その指揮官がいる群の動きが悪くなるという欠点があります」
「なるほど――自分の群とそこにいる集団全体の動きをいっぺんに見る必要があるからか。今まで考えたこともなかった」
「でしょう? ……これを解決するには、指揮可能な人材を増やし、それらを各群の中間に挟み込む必要があります。団レベルで国民団結局がやっている指導部制度を群レベルでもやるということです。更にはその指導部レベルでもやるべきでしょう。それぞれ『集団』と……そうですね、『軍団』とでも名付けましょうか。そして全体が統括されるまでその再分類は行われるべきだと考えます。そして今ならそれが可能ですわ」
「……可能だと?」
「ええ。かつての革命軍では、この指揮可能な人材に乏しいのが現実でした。精々、あのにっくきスズナとかいう女とその取り巻きに多少才能があった程度でしょう」
「…………」
「にっくき」って。
今日日、あんまり聞かない単語だ……。
「しかし今なら」オウカは続けた。「国民団結局から心変わりした幹部職員がかなりの数います。下級職員でもその受けてきた教育は有用です。元々は敵ではありますが、積極的に登用するべきです」
もちろん、敵であった人物を採用するということにはリスクがある。が、その理屈の極北にいるであろう愚恋隊の長がそう言うのだから、それを上回る必要性があるということなのだろう。それに、以前から情報を流してくれていたような職員ならば信頼も置ける。
「とはいえ――」ナルシスは、しかし、腕を組んだ。「今でなくてはならないか?」
「? というと?」
「これは政治的な要求だが、今軍事的な改革をするのは危険と考える。中間層に対して誤ったメッセージになりかねない」
ただでさえ、和平提案を自分から突っぱねたという見方をされているのだ。そこに更に軍事的な行動を取れば、それは中間層にとってこれ以上ない脅威となる。再び戦闘になれば、彼らの心は更に遠ざかる可能性があった。
「……そういうわけだから、時期についてはもう少し考慮したい。合意が完全に破綻するか、そうでなくてもある程度議論が行き詰ったところで行うのがベストと考えるが」
「なるほど、アナタ様にはアナタ様の心配がおありなのですね」オウカはにこやかに頷いた、が。「……しかし本当にそれは正しいでしょうか?」
「――!」
その笑みは、どこまでも冷たかった。そこには怒りすら感じられる。冷徹な刃としての彼の側面が不意に頬を撫ぜて、そこには切り傷さえできたかもしれない。その仮想上の血液を現実の手で拭いて、ナルシスは言った。
「……何が言いたい?」
「簡単な話です。議論が破綻してからでは遅いのですよ――全ての改革と呼ばれる現象には時間がかかる。それは言うまでもない話でしょう?」
「それは理解している。だからその兆候が見られたところで――」
「だから、それでは遅いと言っている。今から初めて、どうにか次の戦いに間に合うか。新しい試みには、必ずどこか綻びがあります。その修正にも時間が欲しいところ。故に」
「…………理解している、」
「しているのなら、何故迷われる? ……政治的理由からと仰るのでしょうが、私に言わせれば、それは逆です」
「逆?」
「アナタ様は恐らく、相手が不快にならないよう交渉していらっしゃる――なるほど、それは確かに一面の真理を突いている。不快になる相手とは、誰だって話し合いたくはないものでしょうからね」
「…………」
「しかし、我々には時間がない。いつチュウキョウの国民団結局が動き出すか分からない。相手からすれば時間は味方であり、それに頼ることができる。なら、話し合う必要は、彼らにとってはない。時間を稼ぎ、盤面がひっくり返るのを待てばいい」
「そんなことは分かっている。だが……」
「いや、アナタ様は分かっておられない。たとえ相手を不快にさせてでも首輪をつけない限り、この交渉は絶対に成り立たない。これは断言できますわ」
「……僕に戦争をしろというのか」
「いいえ、そこまでは。私としましてもここで戦いが終わるならば――より正確に言えば、その結果が望ましいものであるならば――ここで手仕舞いになったとしても、それは結構。あくまでそこに至るまでの道筋とその考え方が違うというだけ。それとも、私がヒライズミ家とコンタクトを取りましょうか?」
「! ……いや、それは困る。絶対にするな」
「と、仰るということは、それが再びこの行政区を戦場にする選択だということを分かっておられるということですわね。それに比べれば、この度の決定は、それほどラジカルなものではないのではないでしょうか? ……それでいて万が一に対する備えにもなる。是非ご検討いただきたいのだけれど」
オウカはやはりにこやかなままだった、が座ったままでもあった。ここで返事をするまで動かないということらしい。ナルシスはそこから視線を逸らし、深く溜息を吐いた。不本意な二者択一をすることになれば、誰だってこうなろう。が、決めた。
「分かった……進めてくれて構わない。だが、正式発表はしないぞ。それでいいな?」
「もちろん。どうせ彼らはすぐに感づくでしょう。そして感づいた分だけで結構。私はそれに甘んじることとします」
それからすぐオウカは立ち上がった。現金な奴だ、とナルシスは思ったが、彼を出口まで送る。それからほとんど押し出すようにして彼を外に出し、鍵をかけた。
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