第105話 軽挙妄動(前編)
軽挙妄動。
そういうほかなかった。
「…………」
ホテルに戻ったナルシスは、テレビの電源を入れる。もちろん放送はまだ再開させていないから、他の地方からケーブル経由で流れてくる映像だ。
「……ダイモンを名乗るテロリストがシャルル様を侮辱したため、会談は中止されました。これについて行政区は――」
報じられていたのは、プロパガンダというにはあまりに真実が含まれた情報のカクテルだった。
嘘である部分は少なからずある。例えば次席行政官を名乗る何者かが数名いたことが隠されているのは明確な嘘だったし、それが嘘であるからには、ダイモンの退出までの流れは若干の不自然さを残したカバーストーリーに覆い隠されている。それに言葉の節々にあるダイモンと革命軍への批判的な態度は余計な印象操作だ。
だが侮辱かはともかく、実際ナルシスが――ダイモンがシャルルを痛罵したことは事実だった。
『こんなみすぼらしい人間がシャルルのはずがない』
その正確な内容まで、ニュースキャスターは読み上げた。無論意味については必ずしも本来ナルシスが伝えたかった解釈をしているわけではなかったが。
「…………」
情報が漏れている。
のは、実のところどうでもいい。
予定外の闖入者がいた時点で、それはある程度覚悟の上だった。情報を伝える手段はいくらでもある。自分たちがBritzube等で宣伝に使う以上通信に制限は加えていなかったし、その膨大な量のデータのやり取りを監視する手段を革命軍は持っていない。もちろんオブ・プレジデント邸の内部にいる人間には通信端末を持たせていなかったが、それでも外とやり取りする手段はすぐ思いつく。食料品の定期便があるのだ。外部からオブ・プレジデント邸へシャルル向けに高級食材を届ける車列。その復路にデータチップを忍ばせるぐらいのことは可能だろう。
寧ろ、ダイモンの正体がナルシスであることがバレなかったということがこれで分かったのはよかったといえる――あれだけ不用意な発言をしてなお仮面の意味がなくなることは避けられたのだ。
尤も、不用意という点においては、これ以上ない失態だったが――。
「…………」
ナルシスはテレビの画面を消し、放りだしていた自分の通信端末を取り出した。そのロックを外せば、インターネットの喧々諤々。SNSの巨大な目が彼の方を見る。
大半の反応は、この報道に批判的だった。
当然だ。そもそもこの革命の情報的母体はこのインターネットの中にある。だから初恋革命党の公式発表――『意見の衝突があったのは事実だが報道は正確ではない』――を信じているのが大多数だった。
第一、言葉の解釈を間違えた報道には、どうしても不自然さが残る。それをプロパガンダの嘘として感じた人間が多くいたということだろう。
だが、そうでない人間もいる。
中間層だ。
(固より、この政治に無関心な彼らというのは、どちらがより自分の権利を侵害しないかという消極的な見方で物事を捉える)
言ってしまえば自分の領域に踏み込んでこない限りは全く干渉してこない無関心な人々であるのだ。
が、そもそも初恋革命党は、この「革命」という社会現象によって、その領域を侵犯してしまっている。
仕事を奪われた人がいるだろう。
家を追われた人もいるだろう。
命を失った人だって、いるに決まっている。
自分がそうでなくても周囲でそれが起きれば、自己防衛の本能は目覚める。その点において初恋革命党というのは政治的に不利なのだ。
(正常性バイアスという言葉で括れば簡単に批判できるのだろうが、それは、それこそ他人の幸不幸に無関心というものだ。革命の本懐とは、これらの人々にもそれに参画してもらうことにあるのだから)
問題は、その参画してもらうべき人々は、今や初恋革命党に対して懐疑的になりつつあるということだった。
今までは、彼らも何か面白い見世物が始まったかのように党を捉えていた。同時多発演説に至るまでの熱狂は、そういった「流行りもの」的なものの見方によっても支えられていたのだ。あるいは不景気などに代表される時代の閉塞感を一時的にせよ忘れさせてくれるという理由もあったかもしれない。
が、今やそうではない。
初恋革命党の情報を鵜呑みにするのにそうだったように行政区の出した半分の嘘を丸呑みすることにも無関心な彼らは、まるで和平を蹴ったかのようなダイモンの態度に批判的だったのである。報道の中の彼は悪ガキのように不真面目で、そして何より無責任だった。
それら報道が、無論、根拠に乏しいことは既に述べた通りである。だが元が密室での会談でのこと、その反論も説得力のある証拠を持っているわけではない。本来なら両方信用できない中で片方がより信じられているというのは、要するにどちらをより支持するかのバロメーターとなるわけだ。
巻き返しを図らなければならない――もう時間があるとはいえない。和平はすぐにでも実施されるか、でなければそれが潰えたあとのことを考えるべき段階に来ている。
ナルシスは立ち上がって、一瞬電話の傍まで行った。ヒライズミ家に連絡を取り、行動を起こしてもらうか? 支援を乞うか? ……それを真剣に考えた。主導権を取り戻すには、一つ大きな政治的変化が必要だ。ヒライズミ家が活動を起こす兆候を見せるだけでも、行政区側の和平の必要性を増大させることができる。そして実際に動き出せば――そう簡単には止まるまい。
が、その受話器に手をかけたところで、ナルシスは結局それに触れるだけに留める。これでは相手に和平より衝突を想起させることになりかねない。急いで和平するよりは時間と労力、犠牲を払ってでも完全に撲滅するという道を選ぶ可能性がある。無論、抑止力は必要だし、交渉の背景にはそれがあるべきだ……が、それを手にしたことによってかえって相手を硬直させたのでは、和解の道は遠ざかる。
それに、ヒライズミ家に頼るのは、最後の手段であるべきだ。彼らに頼るということは、彼らに少なからず支配されるという意味でもある。革命が独力で可能であると考えられる間は、そうするべきではない。
(とすれば、たとえ政治的成果は少なくとも、まずは何かで合意を、)そのとき呼び鈴が鳴った。(――?)
ナルシスはドアの傍まで行く。外から物音はしていなかったはずだが、一応暗殺を警戒して一応ドアスコープから外の様子を伺うと、そこにはオウカがいた。なら大丈夫だろう。ナルシスはドアを開けた。
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