第102話 「戦争博物館」
『ダイモン暗殺未遂』
『会談中止 平穏遠のく』
『シャルル様は無事』
「……凄いじゃないですか?」キーンは紙面を見てにやりと笑った。「大きな政治的成果だ」
そして停止している装甲車の上から飛び降りる。国民団結局から鹵獲した職員支援車両というやつだ。三〇ミリ機関砲の砲塔がいかつく街角を監視している。
「そうなのか?」アリグザンダーはズレたヘルメットを直しながら言った。「そうは見えないが……」
「……何をしに来たのです。アナタも指揮官でしょうに、ほっつき歩いている暇はないはずだ」
「でも停戦で暇だったからよ、何か面白いことないかなって……」
「あのねえ……まあいい。アナタ、政治的なことについてはまるで駄目ですから、教えてあげましょう」
「今、人のことを馬鹿って言ったか?」
「馬鹿は馬鹿でも突撃馬鹿です」
「ならお前は馬鹿正直だ」
「じゃあ、事実じゃないですか、アナタが馬鹿なのは? ……少しは考えてから発言してくださいよ、馬鹿が感染る」
読まれて乱れた紙面たちを再び冊子状に直して、キーンはアリグザンダーに渡した。アリグザンダーはそれを敬遠するように見たが、しかし受け取った。
「で、どういうことなんだ?」
「よく考えて見なさい。我々はこれで晴れて被害者となったんですよ。まあ実際には銃を突き付け合ったのですが……それでも暗殺の意図があったと見做されるべきです」
「あ? それがどうして政治的成果になるんだよ?」
「少しは紙面を読む努力をしなさいよ」
「教えるって言ったのはお前だ」
「はあ……要するに、相手が粗相をしたってことです。平和的会談の場で武器を先に持ち出すなんていうのは、こちらにはその用意はありませんという意味だ。もちろん、それはそれで需要はあるでしょうが……大半の人間ははなから平穏を望んでいます。故に『内閣』家の求心力は落ち、一方でこちらは上がる。道理だと思いますが?」
大手メディアには一応未だに「内閣」家の手が回っているのか、「不幸な衝突」だとか「摩擦」だとか、あるいは「そもそも包囲下での会談が正当なのか」という言い回しをして銃に手をかけたという点からは逃れようとしている。だがそれは逆にそれこそが一番の問題であるということの裏返しに過ぎない。
何より――「内閣」家が先に銃に手をかけたという事実。
それはシンジュク事変から続く革命運動そのものへのメタファーでもある。
長らく平和だった世界において、「誰が先に武力を使ったか」は非常に重要な判断材料なのだ。その人物こそが、三原則の破壊者ということになるのだから。
「だがよォ」紙面をじろじろ見てから、アリグザンダーは言った。「そりゃちょっと都合よすぎるんじゃねぇのか?」
「? 何がです?」
「だってよ、まだ戦闘は終わっちゃいないんだぜ?」
「ええ、まあ……そうですね。いくつかの拠点はまだ抵抗中ではあります。でも時間の問題でしょう。じきに食料や弾薬が尽きて、戦えなくなる……」
「そりゃこっちのセリフだ――もとい、こっちにも当てはまる話だ。一応、ヒライズミ家の支援は受けられている。でも向こうはまだ大っぴらに動いちゃいない。あくまでもトウホク地方方面の国民団結局の動きを封じているだけだ」
「それだけでもありがたい話でしょう。それにそれはダイモンがそう約束させたと――何らかの政治的意図があってそうしたのでしょう。切り札として使うとか、」
「だとしても、俺の言いたいことは変わらない。今俺たちが動けているのは戦闘の最初に受け取った物資と道中で略奪したそれのおかげだ。ヒライズミ家はその前者にだけ支援をした。だから今、補給が潤沢にあるわけじゃあない。これらも無駄遣いすればすぐになくなる。向こうとどっちが早いかの勝負だ、が、カントウの南には既に国民団結局が集まりつつある。表向きは撤退支援だけどな」
「だがまだ余裕はある。それまでに交渉にケリがつけば――」
「それに」遮るようにアリグザンダーは言った。「ネリマの『戦争博物館』もある」
ネリマ。
その地名を聞いてキーンは顔を顰める。
「あそこは――」それから言い淀む。「あそこはド・ラルメ家の管轄です。オブ・プレジデント家では制止しきれないと見える」
「だが、俺たち革命軍があそこを下手に刺激して多数の死者が出たのは事実だ。今の俺たちにはアレを止める手段はない。今でこそ情勢を見て息を潜めているのかもしれないが、本気になればアイツらは俺たちを三回全滅させてもまだおつりがある。そのぐらいの怪物があそこにはいる……」
それを、アリグザンダーは見てきたのだ。
それを、キーンも見た。
彼らが担当したのは、まさにそのネリマだった。
そこにいたのは、鋼鉄の怪物。
彼らはそれがために大損害を被り、後方に送られて国民団結局の撤退監視がてら、再編成を受けているところだった。
「要するに俺が言いたいのは」新聞を返しながら、アリグザンダーは言った。「時間は敵だってことだ――そして敵がもしそれを正確に把握していたら、この事件にしても相手が仕組んだことだって考えられる」
「…………」
「会談を引き延ばし、できれば開催不能に追い込み、戦闘の再開によって革命軍を一挙に叩く。それが連中の狙いだっていうことも考えられるだろう?」
キーンは、そのときこの目の前の男の見識より自分のそれが浅かったことを恥じた。こと殴り合いや戦にかけては、この男の知能指数は跳ね上がるのである。その事実を、彼は暫時忘れていた。
「……しかし」新聞を受け取りながら、キーンは言った。「こちらにはシャルル・オブ・プレジデント=キャビネッツがいます」
「ああ、そうさ。人質がいる。まあダイモンはそうであるとは認めないだろうが――事実上はそうさ。それが有効な間は連中もそう簡単には手が出せないだろう。怖いのは、それを取り戻せると考えたときと――無効になったとき。その瞬間、俺たちは破滅するかもしれない」
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