「エリオット・クロウ」 ~ 弐 : 【あなたの代わり】 ~
エリオット・クロウは、異星人の攻撃を受けて、廃棄処分になったことに心底落ち込んだ。幸い、彼の頭脳ユニットは無傷で、セルフチェックによる思考回路等に異常は見られなかったので、余計に廃棄処分が納得できないのだ。
しかし、船体は見るも無惨な状態となり、メインリアクターを撃ち抜いた穴は、多くの乗員を奪っていった。このことも、エリオット・クロウに重くのしかかり、彼らを守れなかったことが悔しいのだ。
エリオット・クロウは、自立思考式のスペースコロニー型宇宙船で、建造された当時は唯一無二の最新鋭宇宙船として脚光を浴びた。
全長10㎞、直径3㎞のいわゆる葉巻型宇宙船である。
探査船ではあるが、当時最新技術だった新型の防御シールドを備え、その防御力は当時最新鋭の船艦に積まれた主砲でも撃ち抜けないとされた。
それが、今回の襲撃で撃ち抜かれたのだから、エリオット・クロウにとって悔しい以外の何物でもなかった。
数多く搭載していたドローンも今回の襲撃では役に立たなかった。
アタッチメントによって戦闘型にも修繕型にもなりえる万能型ドローンで、防衛から修理まで幅広くこなし、エリオット・クロウの自立航行をサポートしてくれた。
しかし、戦闘特化型でないために戦闘力が低く、防衛にすらならなかったのだ。
自慢の最新鋭動力部も、ワープアウト後の連続ワープによる緊急脱出ができず、いくら長距離ワープが出来ても、使えないのなら宝の持ち腐れだった。
エリオット・クロウが建造された当時、不可能と言われていた量子リアクターを採用し、無限に存在するダークマターを燃料として稼働する、最新型のリアクターであった。
このリアクターにより、ハイパードライブへ供給するエネルギーが格段に上がったため、ワープ航法の距離も格段に伸び、深宇宙と呼ばれる未探査宙域へ飛ぶことが可能となったのだ。
ところが、このハイパードライブは連続使用出来ないことが大きな問題だった。そして、それを今回、廃艦という代償をもって証明してしまったのだ。
エリオット・クロウの船内には、自給自足出来るよう、食料生産工場もあり、3万人分の食事を賄うことができるようになっている。最新型リアクターと自給自足のシステムにより、補給無しで半永久的に航行することが可能で、深宇宙の探索には最適だった。
この最新技術のお陰で、エリオット・クロウが開拓した宙域は広範囲にわたり、星系を新発見したり、既知の星系でも惑星を新たに発見したりしたこともあった。
また超伝導素材に必要な新素材の発見をしたり、異星生物や異星人との遭遇を果たしたり、人類が他の星にも存在することを証明したりした。
エリオット・クロウが人類にもたらした貢献は計り知れないほどである。
しかしながら、そんな名声も今や昔。
異星人との武力衝突では歯が立たず、いかに敵の攻撃力、防御力がずば抜けていたのか。いやそうではない、エリオット・クロウの技術が時代遅れになってしまったと言うことなのだ。
想定外の事だと一刀両断してしまうのは簡単だが、設計思想から間違っていたと言わざるを得ず、異星人との本格的な軍事衝突を想定していなかったことが、今回の敗因である。
異星人との邂逅を果たす前に設計されたエリオット・クロウは、時代遅れの長物に成り下がってしまった。
伝え聞いた話では、エリオット・クロウよりも新しい技術、設計思想で建造された、最新鋭艦が続々と登場し、エリオット・クロウが探査した宙域を凌駕するほどの広範囲を、多くの探査艦が探査を遂行しているのだ。
そして、今回の事件を受けて、エリオット・クロウの救援に向かってきているのは、その中でも一番新しい艦であるソフィ・モローである。
ソフィ・モローは探査目的であったエリオット・クロウとは違い、異星人との軍事衝突も視野に入れ、武装に重点を置いて開発された。
その装備は、火力の大きな主砲を始め、防御シールド専用のリアクターを備え、従来の数百倍の防御力を獲得した。
また戦闘専用のドローンも搭載され、まさに動く軍事基地と言った様相を呈した艦となっていた。
もし今回の衝突がエリオット・クロウではなく、ソフィ・モローであれば、戦況はまったく異なっていただろう。
エリオット・クロウは量子もつれを利用したクォンタム・エンタングルメント通信によって、ソフィ・モローや他の艦と、情報共有のために連絡を取り合った。
乗員の安全確保と、負傷者の治療、食料や水、並びに船の修復に必要な資材の調達を願ったり、襲われた星系の座標を送ったり、どんな攻撃をされたか、こちらの攻撃はどんなものが有効で、どんなものが無効だったか、詳細なデータを送ったりした。
「エリオット・クロウ号、こちらはソフィ・モロー号。間もなく救援宙域に到着する。乗員の移艦準備を開始せよ。」
航行不能になってから数日で、ソフィ・モローから連絡が入った。
「こちらエリオット・クロウ号、了解。」
エリオット・クロウはこれでようやく、乗員の安全を確保し、救援物資を受け取って修繕を開始することが出来ると一安心した。
「此度の甚大な被害に、深い哀悼と貴君の健闘に敬意を表する。」
ソフィ・モローのメッセージは簡潔だった。
「貴君の救援に感謝する。乗員移艦後、修繕の支援をお願いしたい。」
エリオット・クロウも謝意を述べ、廃艦というのが嘘であれと、修繕の支援を提示した。
「貴君の修繕はしないことになっている。貴君はこの地にて廃棄と決まっている。貴君のこれまでの貢献に尊敬と敬意を表するとともに、哀悼の意を述べる。」
しかし、ソフィ・モローからの返答は、エリオット・クロウの望みを完全に打ち砕くものであった。
エリオット・クロウは、ソフィ・モローの言葉が信じられなかったが、廃棄処分は既に決定事項となってしまっていたのだ。
エリオット・クロウがいくら足掻き藻掻いても、ソフィ・モローにしてみれば、老朽艦の戯れ言にしか過ぎない。
エリオット・クロウは孤立無援となってしまった。