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ケープゼレット(Képzelet) ~SF短編小説集~  作者: 劉白雨


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偽りの祈り : 2025年8月


【出会わなければよかった】


 リュキアは今日も朝から祈りを捧げていた。

 彼女が祈りを捧げるのはイーヴァ像である。厳道教《げんどうきょう》の敬虔な信者である彼女は、朝夕の日課として祈りを捧げていた。

 厳道教の経典に書かれた第一教義は〔苦行が幸福をもたらす〕であり、日々の生活は厳格に暮らすことを厳としていた。


 朝の祈りを終えたリュキアは、もう一つの日課である精神状態管理システム、通称MMMS(Mental state Monitoring and Management System)、または3MSと呼ばれるシステムへのアクセスをする。

 このシステムは、現在どこの学校や会社でも導入されていて、体内に埋め込まれたチップの生体情報を管理しているのだ。

 生徒や社員の健康管理が導入の主な理由だが、健康管理の裏で精神管理をしているというまことしやかな噂も流れている。リュキアは、そんな噂は噂に過ぎないと一蹴し、日々の行動に制限を加えるつもりはなかった。


 リュキアは朝のルーティンを終え、食卓へと向かい、夫が用意してくれた朝食をいただく。

「今日も一日が良き日でありますように。ゼアーヌ。」

 そう祈りを捧げ、食事を摂った。

「仕事は順調かい。」

 夫が聞く。夫も厳格な厳道教信者である。

 二人にとって会話とは情報の交換であり、思想の共有であるため、冗談やからかい、笑いなど一切必要ない。

「ええ、順調よ。先日の定期考査でも私のクラスが上位三位を独占したわ。惜しむらくは四位と五位が他クラスに取られてしまったことね。そしたら、十位まで独占出来たのだけれど。」

 リュキアは少し悔しそうだが、次の目標の為にしっかりと計画を練り込んだ自信に溢れていた。

「それは、残念だったね。でも、君のことだ、次は十位まで独占するんだろ。」

「ええ、もちろん。良い報告を待っていて。」

 リュキアの表情は自信に満ちていたが、笑顔はなかった。


 彼女は教師として教鞭を執っていた。子供たちに教えるのは、彼女の生き甲斐であったし、人生を捧げる天職だと思っていた。

 彼女の家族は、全員が厳道教の敬虔な信者であり、軍人の父と教員の母の下、子供の頃から厳格な家で育った。必要なことを必要なだけ言う、笑顔のない家庭で、質素倹約を絵に描いたような生活であったが、皆幸せを感じていた。


 そんな家庭で育ったリュキアは、大人になったいまでも、厳道教の教えを守って生きていた。

 夫とも信者会で知り合い、意気投合して結婚した。リュキアは彼の厳格さに惹かれ、一男一女を授かった。

 子供たちは既に高校生となり、今は親元を離れて寮で生活をしている。厳しく育てた自慢の子供たちは、学校でも中心的な存在となり、娘は中学で生徒会長も勤め上げた。


 教師のリュキアは自分にはもちろん厳しかったが、子供たちにも厳しかった。

 もちろん、それは自分の子供たちだけではない。彼女が受け持ったクラスの子供たちにもその教えは厳格に実行された。

 当然クラス内では巫山戯ることなく、笑顔も見せず、真剣に人生を歩むことを覚えた。かつての教え子たちは、立派な大人へと成長し、医師や看護師を始め、軍人、警察官、教師、政治家など、国を背負って立つ職業に就いていた。


 そんな順風満帆な人生を歩んでいたリュキアにとって、人生の汚点ともいうべき出来事が、この教師という仕事を通して発生した。

 それが、イリオスという男との出会いである。

 イリオスは、いつも笑顔を絶やさず、子供たちにも人気のある先生だった。リュキアが受け持つクラスが厳格な雰囲気というならば、イリオスが受け持つクラスは良く言えば自由奔放、悪く言えば無秩序の集団であった。リュキアから言わせれば、問題児の集まりである。


 リュキアはイリオスが生徒を叱責している所を見たことがない。生徒を導くという気概のようなものをイリオスからは一切感じないのだ。いつもニコニコして生徒が間違いを犯しても、咎めるどころか、むしろ嗾《けしか》けているようにも見えるのだ。

 彼のクラスだけで済めば良いが、悪影響はリュキアのクラスにも及びかねないため、子供たちに媚びを売るようなイリオスの教育態度を、同僚として看過出来ないと、何度かイリオスを叱責したこともあったが、当のイリオスはどこ吹く風で、にやついた態度で、リュキアの話を真剣に聞いてくれることはなかった。


 リュキアは、これも神であるイーヴァ様が与えた試練であると考え、絶望することも、諦めることもなく、根気よくイリオスの教育方針に苦言を呈していった。

 最初は互いに受け入れがたい議論を交わしていたが、それでも徐々に相手の言い分を聞き、リュキアも自分の考えを頑なに言い募るのではなく、イリオスの言い分を聞き、聞き入れられる部分は聞き、改善すべきところは改善しようと努力した。


 しかし、根本的な考えは互いに譲れず、平行線のままだったのはリュキアにとっても、イリオスにとっても不幸なことだった。


 リュキアが、イリオスに出会わなければ良かったと、本当の意味で後悔するのは後のことになるが、この頃から、彼と出会わなければどんなに良かったか、自分の考えに忠実に教師の職をまっとう出来るのにと、悩み疲れたことも一度や二度ではなかった。



【瓦礫の中の思い出】


 イリオスは今日も朝から祈りを捧げていた。

 彼は歓福教《かんぷくきょう》の敬虔な信者として、ファリーナ像に笑顔で祈りを捧げていた。歓福教の福音書には〔笑顔が幸福をもたらす〕という教義が第一に書かれ、歓福教の教えをこの一言が端的に表していた。

 信者はどんなに苦しいときも、病めるときも、笑顔でいなければならないので、それが時々辛いと感じることもあるが、イリオスはそんな時でもファリーナ像に祈りを捧げ、笑顔で乗り越えてきた。

 

 子供の頃から愛情いっぱいに育てられたイリオスの家庭には、笑顔が絶えたことはなかった。両親は敬虔な歓福教信者であり、父は少し名の知れたエンターテナーで、母はホテル業界で働き、売れなかった父を影で支え、父を有名なエンターテナーにし、イリオスが高等教育を受けるまで育ててくれた。生活がどんなに貧しくても、生きるのがどんなに苦しくても、笑顔を絶やすことなく、周囲の人々の手助けを借りて、乗り越えてきたのだ。

 これは歓福教を信じていること以上に、家族一丸で楽しく生きよう、人生を楽しもうとする気持ちの発露だったのかも知れないし、感謝の心を大切にしてきた結果なのかも知れない。


 お陰でイリオスは、子供の頃からの夢だった、教員の仕事に就くことが出来、子供たちとともに、楽しく、笑顔で、色んなことを一緒に学ぶことが出来ている。同僚たちとも基本的には上手くやれていたし、教育論を語り合うのは有意義だった。若干一名を除いてだが。

 その一名というのが、リュキアである。彼女は考えが凝り固まっているというか、柔軟な考えが出来ない、子供を兵士か奴隷、もしくはペットのような、言うことを聞かせるものと思っている節があり、彼女が担当するクラスの子供たちには、笑顔がまったくなかった。表向きは自信に満ちた、堂々とした態度を取っているが、いつも何かに怯え、ちょっとしたことにビクつく様を見ていると、独裁国家の国民を見ているようで、かわいそうになる。

 あの子たちの笑顔を取り戻してあげたいと、あの手この手で、リュキアと議論を交わしてみたが、結局は平行線で、歩み寄ることはなかった。彼女の厳しさも、ある部分見習うべきところがあるのかも知れない。心を鬼にして、子供たちに鞭打つことが必要なのかも知れない。

 しかし、子供たちが犯した過ちなんて、誰もが一度は犯す過ちであり、鞭で解決するよりも、お互いに理解し合い、どうしてそうした行動をするのか、理解を深めることが大切で、時間が掛かり、遠回りかも知れないが、この先の長い彼らの人生のことを考えたら、むしろ時間を掛けるべきだと、イリオスは考えていた。


 毎日の日課である3MSへのアクセス終えたイリオスは、手を洗って食卓へと着いた。

「あなた、朝から難しい顔をして、どうなさったの。」

 席に着くなり、妻が声を掛けてくる。朝食を用意してくれた食卓には、品数は少ないが工夫を凝らした色とりどりの料理が並んでいた。

「ああ、ちょっと同僚のことでね。議論が平行線なのは仕方ないんだが、子供たちのことを思うと何ともやりきれなくてね。」

 イリオスはそう良いながらも、笑顔は絶やさない。

「あのリュキア先生ね。私も現役の頃は考えが合わなくて良く議論したもんだわ。厳道教の教えなのかも知れないけど、確かに子供たちには少し酷よね。」

 以前同僚として同じ学校に勤めていた妻は結婚後、子供を授かったことを契機に学校を辞め、今は教育論者として執筆活動をおこなっている。

「そうなんだよ。少しでも、あのクラスの子供たちが笑顔を取り戻せたらなってね。」

「では、まず、あなたから笑顔でいなくちゃ。さ、いただきましょ。」

「ああ。今日も一日が笑顔でいられますように。サルナ・カープス。」

 祈りを捧げたイリオスと妻は、会話に花を咲かせながら、朝食を楽しんだ。


 妻にも言われたが、リュキアとの関係も笑顔が解決するとイリオスは考えていたので、どんなに彼女が理不尽な理論で詰めてこようと、これまでも、笑顔で一つ一つの論点を論破していった。

 リュキアと出会わなければ良かったなんて考えが、チラリと頭に浮かぶこともあったが、人を呪わば穴二つと言うように、彼女が悪いのではない、考え方が違うのだから、互いに認め合い、尊重し合うことが重要なんだとイリオスは考え、リュキアが議論を仕掛けてきたときは、逃げずにしっかりと応じるようにしていた。


 そんな、平和な日々が一瞬で暗黒の日々に変わったのが、歓福教と厳道教の全面戦争である。

 後に三大宗教戦争に数えられる、世界中を巻き込んだこの戦争のきっかけは、些細なことだった。歓福教の教皇タティアナ・ディ・ロッシが何者かに暗殺されたのだ。教団を挙げて大々的な葬儀が執り行われ、皆悲しみに暮れながらも、笑顔で見送った。

 警察当局の捜査により逮捕されたのは一人の青年だった。しかし、その男が厳道教の信者だったことが事を大きく発展させたのだ。厳道教は青年の単独犯を主張したが、そんなことを歓福教側が受け入れるはずもなく、幹部の死を以て贖《あがな》えと詰め寄ったが、もちろん厳道教側が受け入れるはずもなく、結果全面戦争に突入したのだ。


 戦争と言っても、当初は厳道教の一方的な暴力が歓福教の信者を蹂躙し、虐殺をおこなっていた。もちろん歓福教の信者たちも只やられるに任せていたわけではない。非殺傷を掲げ、致命傷を与えず戦力を削ぐという、難易度の高いゲリラ的な攻撃を厳道教側に加えてはいた。

 更に、歓福教の信者は厳道教の10倍の人数を数えるため、非暴力を謳った歓福教が、世界中の世論を味方に、厳道教を追い詰めることが出来たのも、戦局を大きく変えるきっかけとなったのだ。

 それも当然である。自分たちの国土で、殺人事件が日々おこなわれ、軍人や兵器が投入されるに至っては、国家が黙っているはずもなかった。多くの国が歓福教側につき、厳道教との戦争は、泥沼の様相を呈し、多くの死傷者を出し、関係ない市民たちも巻き込み、市街地は破壊されていった。


 リュキアやイリオスが暮らすこの街にも当然戦火が及び、昨日までそこにあった日常が、瓦礫となって消えていった。

 朝になると賑わう市場、休日になると人々が繰り出す商業地区、朝夕のラッシュで慢性的な渋滞が発生する大通り、それらがすべて空から落ちてくる爆弾によって破壊され、軍靴により踏みにじられていった。

 敵も味方も関係なく、人々は破壊されていくこの世界の中で、ただ逃げ惑うことしか出来なかった。


 リュキアやイリオスたちが勤めていた学校も、瓦礫に変わっていた。

 生徒たちは疎開し、リュキアやイリオスの教師たちも生徒に付いていく形で安全な場所に逃れたので、命の危険を感じることはなかったが、それでもいつ戦火が及ぶか分からない状況は、不安でしかなかった。

 そんな不安な日々を過ごしているためか、互いに協力しなければいけないはずなのに、教師の中には厳道教と歓福教の信者がそれぞれいて、お互い相手に対する不信感を抱き、反発していたのだ。

 いままでは、考えが違うというだけで、お互いを容認していたが、命を狙う暴挙に出るのではないかという不信感が、特に歓福教の信者である教師たちの間に広まったのだ。


 お互い教師でもあるし、子供たちの目もある。別段厳道教の教師が何かをしたわけでも、歓福教の教師が何かをしたわけでもないのだが、あの、丁々発止で議論をし合い、互いの考えをぶつけ合った日々は、もう戻ってこない。不信感だけが互いの心を支配し、一触即発の緊張状態が続くことになったのだ。


 疎開先の仮教室で授業を続けるイリオスとリュキアも、戦争前は互いに認め合うところもあったが、もう以前のようには戻れなかった。あの日々は、戦争で積み上げられた瓦礫の中に打ち捨てられた思い出のように破壊されてしまったのだ。



【笑う門には福きたる】


 未曾有の宗教戦争は世界中の都市を破壊して、漸く終結した。

 勝敗は決せず、完全な痛み分けとなった。結局戦争では何も産み出さなかった。そんなことは、古《いにしえ》の昔から分かりきっている話だが、人間はいまだに学習しない。いや、人間が学習しないのではなく、学習出来ない人間が権力を握っていることが問題なのだ。


 すべてを破壊されたこの街では、絶望しか残っていなかった。流石の歓福教信者たちからも笑顔が消えていた。彼らから笑顔が消えていたのは、もちろん絶望に打ち拉《ひし》がれていたということもあるが、もう一つの大きな要因は、3MSの破壊である。

 奇しくも信者たちの感情をコントロールしていた本部の管理センターが破壊されたのだ。歓福教の信者だけでなく、厳道教の信者においても、感情の抑制が効かなくなっていたのである。感情が自由になったのではない、暴走を始めたのだ。


 一般的な3MSは所属員の生体情報を管理し、健康を監視する役割なのだが、歓福教にしろ、厳道教にしろ、監視対象は感情の方に重点を置いていた。

 監視だけなら、本部の管理センターが破壊されたところで、蓄積されたデータが飛ぶだけの話だが、感情そのものを制御していたとしたらどうなるか、火を見るより明らかである。

 箍《たが》が外れた樽が崩壊するように、制御がなくなった感情は、歯止めが利かなくなってしまい、感情の四大要素である喜怒哀楽意外にも、驚愕、不安、恐怖、戦慄、親愛、嫌悪、感謝、羞恥、嫉妬、後悔、希望、渇望、軽蔑、孤独、興奮、熱狂、安堵など、ありとあらゆる感情が信者たちの心の中に沸き上がってきたのだ。自分の感情が、どんな感情になっているのか理解が及ばず、感情に振り回されて、精神崩壊を起こす者も出てきてしまった。


 リュキアは、子供の頃から精神修行に力を入れていたためか、どうにか感情の制御は出来ていたが、それでも笑みがこぼれたり、涙を流したり、嫉妬や羨望といった今まで味わったことのない感情に翻弄されていた。いつものように感情を表に出さずにいることが出来ないのだ。

 一方イリオスも、感情に翻弄されていた。笑顔を見せていれば良かったはずなのに、泣いたり、怒ったり、嫉妬したり、嫌悪したり、自分の感情が今どうなってるのかも分からなくなっていた。彼も完全に感情に翻弄されていた。それでも、無理矢理笑顔を作り、沸き上がる負の感情を必死で抑えていた。

 二人とも渦巻く感情に翻弄されてはいたが、強靱な精神力で正気を保っていたのだ。


 正気を保っていた人なら、この仕組みに理解が及ぶのはすぐだった。

 3MSにアクセス出来なくなった途端、精神崩壊する人が続出したのだから、当然と言えば当然である。しかし、解せないのがその目的である。

 単に信者を縛り、教義の浸透を目的とするならば、洗脳という形で充分である。精神制御をおこなう必要はない。コストを掛ける意味がないからだ。

 では、なぜか。それは3MSを製造販売している会社、ジタレザン社が鍵を握っているということまでは、誰もが考えつくところだろう。問題は、ジタレザン社にとって、そんなことをするメリットが分からないということだ。

 

 そんな疑問を抱えた教師が二人、学校長のところに訪問してきた。

 そう、リュキアとイリオスである。偶然校長の前でかち合ったようだが、二人の目的は同じだった。二人はある日授業を終えて、その足で校長のところに来たのだ。


「校長、3MSが我々の感情を制御しているというのは本当なのですか。」

 リュキアが先陣を切って、校長に詰め寄る。いつもは冷静沈着なリュキアも、精神制御が上手くできないのか、苛ついた口調だった。だが、その心の内は同僚や子供たちへの影響を心配してのことだった。

「校長、事実を教えてください。3MSはこの学校にも導入されています。あなたがこのシステムについてご存じないわけないですよね。」

 イリオスも、校長に詰め寄るが、その顔には笑みを浮かべながらも、口調は苛ついてた。

「君たちが、何を言っているのか私には良く分からないのだが。感情を制御するなんてそんなお伽噺のようなことが出来るわけがないじゃないか。3MSは単なる健康管理のシステムだよ。」

 そう言って恍《とぼ》ける校長の額には、薄らと汗が滲み出てきていた。


 しかし、論理的に詰めるのが得意な、リュキアとイリオスである、校長はあえなく白旗を揚げ、3MSとの契約内容と、システムの仕組みについて知り得たことを白状した。

 校長の話によると、表向きは知られていないが、ジタレザン社は国際連邦のお抱え企業で、全人類の精神支配をおこなうことで、国際連邦の意のままに事を進めることが使命だという。そのために、全人類にこの3MSを普及させ、精神支配を効率良くおこなうのが目的だという。

 学校とジタレザン社との契約内容は、所属員の精神、感情、健康などの生体情報の収集とその制御に対する権限を与えるというものである。すなわち、表向きは健康管理契約、その裏ではジタレザン社との精神的奴隷契約を結んだということである。


 学校がジタレザン社と契約を結ぶ際、契約条項にある権限事項を怪しく感じた校長は、ジタレザン社の担当者に詰め寄った。そこで明かされたのが、以上のような話だったというのだ。当然守秘義務が課せられ、これまで誰にも明かすことがなかったという。

 この裏事情を知ってもなお契約を結ばざるを得なかった校長は、当然そんな巨大な組織に刃向かうことなんて出来なかったからなのだ。


 更に校長の口から語られたのは、今回の宗教戦争は、3MSの意向を無視し始めた歓福教と厳道教を共倒れさせるために、国際連邦が仕組んだ戦争であったらしいのだ。

 精神制御一つで、戦争まで起こせるジタレザン社の脅威に戦《おのの》きながらも、多くの都市が瓦礫となり、多くの人々が亡くなったこの戦争が、仕組まれたことだと知ったリュキアとイリオスは、怒りに打ち震えた。笑顔を絶やしたことのなかったイリオスでさえ、その顔から笑みは消えてなくなっていた。


 しかし、こんなところで校長を詰《なじ》り、叱責したところで、過去は戻ってこない。自分たちの都合の良い世界を作るためだけに、国際連邦とジタレザン社の人間は世界を破滅に導いたのだ。その罪は海より深いが、それを咎めることが出来る人物も、組織も、国家もない現状では、3MSの裏事情を知る校長一人を糾弾したところで、何の解決にもならないと言うことだ。


 この現状に、リュキアはこれ以上ない屈辱と、挫折を味わい、いくら苦痛に耐えてきた人生とは言え、そんな巨大な組織を相手に、刃向かうことは無理だと、早々に諦めた。

 しかし、隣に立つこの男は違った。

「リュキア先生。私たちで一歩を踏み出しましょう。先生のように厳格に生活することも、私のように笑顔で過ごすことも、自由に出来ないなんて、おかしいと思いませんか。

 小さな力でも、集めれば、巨大な力になるんです。ジタレザン社だろうが、国際連邦だろうが、ひっくり返して、一泡吹かせてやりましょう。」

 イリオスが、無理矢理笑顔を作っているような表情で、リュキアに向かって熱く語った。

 彼の笑顔はいつもの自然な笑顔ではなかった。作られた笑顔ではなく、自発的な笑顔のはずなのに、イリオスの中で感情が渦巻いているからなのか、笑顔が上手く作れていないのだ。


「分かりました。あなたの熱意は本物なんですね。私も苦行を信念とする厳道教の信者。茨の道を行く覚悟を決めました。あなたのことを信用したわけでも、信頼したわけでもありません。あくまでもこの現状を打開するために手を組むのだと言うことをお忘れなく。」

 リュキアは、そう言いながらも、イリオスと出会わなければ、こんな過酷な苦行に身をやつすこともなかったのではないか、内心そう思っていた。しかし、いつにないイリオスの引きつったような笑顔から、内心の緊張感と、恐怖に震えていることを如実に表しているように感じ、手を組むに値する人物だと判断したのだ。

 彼と出会わなければ、こんなことにならなかったかも知れない。しかし、彼と出会ったからこそ、大きな試練が与えられたとも言える。

 リュキアはそう考えを改め、このイリアスと共に苦難の道を歩むことを心に決めたのである。


「笑う門には福来たるって言うでしょ。笑顔を見せていれば、必ず私たちの希望は叶えられるんですよ。絶対に。リュキア先生、前途多難かも知れませんが、頑張りましょうね。」

 そう自分を鼓舞するように言ったイリオスも、リュキアのことを完全に信じたわけではなかった。しかし、今まで見せたことのなかった表情を見せる彼女に、これからの難関を共に突き進むパートナーとして、不足はないと考えていた。

 イリオスは、今後の方針を決めようと、校長をも巻き込んで、リュキアと話し合いを始めたのだった。


<完>



【後書き:2025年8月】


 ご一読いただきありがとうございます。

 2025年8月に提示されたテーマは【出会わなければよかった】【瓦礫の中の思い出】【笑う門には福きたる】です。


 今回もまたSFとは程遠いテーマで、またかという感情が沸き起こりましたが、そうも言ってられません。

 まずは、この三つの言葉から連想することを、色々列挙しました。出会わなければ良かったという言葉からは、人や物、事件、事故、様々な事象を列挙し、瓦礫の中の思い出からは、地震や戦争で失った思い出、そしてそれにまつわる品々を、それぞれ連想しました。しかし、結局ネックなのは笑う門には福来たるです。笑顔でいれば幸福になるというこの言葉から連想するものが笑顔でいるということでは話になりません。

 とは言っても、出てきたもので取り敢えず色々組み立ててみます。なかなか大変な作業です。この時間が楽しいのは言うまでもありませんが、結果が伴わなければ只の徒労です。

 結局出てきた案は、未知の宇宙電波を受信して調査に出かけると言う話とか、天災によって崩壊した惑星を復興する話とか、とにかく色々とプロットを考えてみますが、どれもしっくりきません。ここでもネックは笑う門には福来たるでした。


 この笑う門には福来たるという言葉の単純な意味を越えて、深く掘り下げる必要があると感じました。

 この言葉は、元々苦しい生活から脱したいと願う人々の心から発露した言葉であることが分かり、それが仏教や神道などの考えと結びついて、このような言葉になったというのです。


 そこで常套手段の発動です。この言葉が宗教的側面を持ち、人々の生きる希望を奮起するものであるとするなら、これに対する反対の考え方もあるはずです。

 そして思いついたのは、笑顔では解決出来ない現実、苦しみが福をもたらすという苦行主義、偽りの笑顔は福を遠ざけるという真実主義、笑顔は問題を軽視するという重要視主義、泣こうが笑おうがなるようにしかならないという運命主義、そういう主義主張もあったのではとなり、そこから今回採用した宗教対立の話を思いつきました。

 少し変な宗教観ですが、ここまで詰めれば、後は書くだけです。3MSと言うものを登場させ、なんとかテーマに沿った、SFチックな話が出来上がったのですが、いかがだったでしょうか。


 この作品をあなたはどう感じましたでしょうか。

 この作品が思索のきっかけになれば幸いです。

 次回は9月になります。よろしくお願いします。


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