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ケープゼレット(Képzelet) ~SF短編小説集~  作者: 劉白雨


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永遠の愛 : 2025年7月


【ずっとずっといつまでも】


 人生120年と言われて久しいが、現在この国では80歳定年が常態化し、定年後の余生をどう過ごすかで様々な特典があったりする。

 一般的には、今の住居で余生を過ごすことだが、この場合、もし自分の子孫と同居していれば、年金が2割上乗せされる。また、老人ホームのような施設に入居すると、入居費の2割を国が負担してくれ、さらに夫婦で入居すると3割ずつを負担して貰えるのだ。

 そして、今の時代更にもう一つの選択肢があるのだが、それが、ここエターナル・コンシャスネス研究所への入所である。なんと、ここに入所すると、入所費用の7割を負担して貰えるのだ。


 ユクユリは80歳の誕生日を迎えて1ヶ月が経った今日、長年連れ添ったルティンとともに、エターナル・コンシャスネス研究所を訪れていた。

 二人は定年後の余生を、このエターナル・コンシャスネス研究所で過ごすことを決めた。子供たちは既に独立し、長年勤め上げた会社で定年退職を迎え、すべての財産を清算した上で、この日を迎えたのだ。


 ユクユリにとってこの80年という年月は幸せだった。

 幼少の頃は、神童などと呼ばれ、なんでもできる子供だったが、学校に上がる頃には平凡な子供になっていた。それでも、勉学は人並み以上には出来、学校の成績もそこそこ優秀だった。器量もそれなりで、アイドルとはいわないまでも、整った目鼻立ちは、男性の気を引くには充分だった。


 幾度かの真剣な交際をして、漸く射止めた今の旦那、ルティンは、然程冴えない風貌の朴念仁《ぼくねんじん》で、無愛想、無口、その上頑固と三拍子が揃った、傍《はた》から見たら嫌なヤツだったが、ユクユリにだけは優しく、朴念仁が多少緩和された。そんなところが気に入って結婚することになった。

 三人の子供を儲けただけでなく、一番上が女児で次に男の子二人という、一姫二太郎に三次郎が追加と子供の生まれにも恵まれた。

 子育てはそれなりに苦労したが、皆素直に育ち、大学まで無事に行かせることが出来、いまやそれぞれの道で楽しく暮らしているようだ。


 孫、曾孫もでき、時折遊びに来ては、小遣いをせびられるが、それもまた幸せである。

 旦那との思い出も沢山作った。子供たちを連れてではあるが、有名どころの観光地で景色を堪能したり、その土地の名物料理を頂いたり、子供たちにせがまれて、遊園地やテーマパークを訪れることもあり、家族全員でアトラクションを楽しんだりした。

 朴念仁だったルティンが、楽しそうに子供たちと遊んでいる姿を見るのは、ユクユリにとって幸福以外の何物でもなかった。


 そんなユクユリとルティンが、このエターナル・コンシャスネス研究所に足を運んだのは、ルティンが80歳の誕生日を迎え、定年退職したときだった。

 余生をどう過ごすか、そして終活をどうするか、そのために色々情報を集めていた。二人は、様々な施設を廻り、様々な余生の過ごし方、そしてどう人生を終えるか、政府や自治体が運営するセミナーなどにも積極的に参加してきた。


 そして決めたのが、このエターナル・コンシャスネス研究所にお世話になることだった。

 ここに決めた理由は、半永久的に自分たちの意識を残すことが出来、二人で永遠の時を過ごせるという、そのコンセプトに魅力を感じたのだ。


 その仕組みはこうだ。

 まずは、人体を特殊な液体に沈めることで、栄養摂取の必要をなくす。その上で、脳を機械と接続し、体内血液を循環させながら、脳と信号のやりとりをする。

 この脳信号は、仮想世界と繋がっており、この仮想世界では自由に生活が出来る。家を建てて住むことも、仕事をしたり、本を読んだり、映画を見たり、文化的な活動をすることも可能だ。

 この仮想空間から、現実の世界と繋がることも出来、家族や親類とテレビ電話という形になるが、連絡を取ることも可能だし、人数制限はあるが、この仮想空間に招待することもできる。

 こうして、デジタルの世界で生きることが出来るのだ。寿命を迎えるその日まで。


 そして、この施設の売りはその後である。

 もちろん、ここからはオプションになり、永代管理料を支払った者に限られるが、肉体を失っても、意識は人工的に製造された人工脳に移され、半永久的に意識を残すことが出来るのだ。

 当然引き続き仮想世界での生活は保障され、言うなれば、仮想空間において半永久的に生きることが出来るのだ。意識のみではあるが。


「いよいよこの日を迎えましたね。」

 ユクユリが隣に立つルティンを見て言った。

 ルティンからは言葉がなく、その代わり大きく頷いていた。

「ずっとずっといつまでも二人で過ごせるんですね。」

 ユクユリは、仮想世界に行くという一抹の不安を覚えながらも、愛しているルティンとともに過ごせる、永遠という時間に思いを馳せた。

「そうだね。」

 ルティンは、ポツリと一言呟いたが、ユクユリと同様、目は不安と喜びが入り混じった表情をしていた。


 エターナル・コンシャスネス研究所の門を潜ったユクユリとルティンの二人は、受付を済ませ、指定された薄手の病院着のようなものに着替えた。持ち物はすべて家族に返却されるということで、ここまで着てきた服は回収された。

 着替えた二人は、それぞれ問診と簡単な健康診断を受け、アバター作成のために全身の3Dスキャンを撮り、仮想空間内でのルールを説明して貰った。

 そして、準備が整うまで、控え室で待たされた。


「あなた。お疲れ様。」

 ルティンの姿を認めたユクユリは、声を掛けて隣に座る。控え室の入り口にあった無料のベンダーから貰ったコーヒー入りの紙コップをルテインに手渡した。

「ありがとう。」

 ルテインは、いつものようにぼそりとお礼を言うと、いつものように、猫舌を我慢して熱そうに一口飲んだ。

 ユクユリも自分の分を一口飲んで、コップを目の前のテーブルに置いた。

 自分の舌で味わう、最後のコーヒーだと思うと、こんなコーヒーさえ大事に飲みたくなる。


「これで、現実とはお別れね。この身体を感じるのはもうこれで最後。」

 感慨深げにそう言いながらユクユリは自分の身体をあちこち撫でた。

「80年間私を支えてくれてありがとう。」

 ユクユリは感謝を込めて、自分の顔を撫で、腕を撫で、胸を、腹をそして脚を撫でた。

 もう既に年相応の皺が刻まれた自分の身体が、どこか愛おしく、これまでの人生を支えてくれたこの身体に、感謝をした。


 心行くまで自分の身体を撫で、感触を確かめた後、ルテインの方を向いた。

「ルティン、あなたにも感謝しているわ。」

 そう言ってユクユリはルティンの顔を撫で、肩を撫で、腕を、胸板を、背中を撫で、そしてしっかりと抱きついた。

 ユクユリの目には薄らと涙が浮かんでいた。今までの人生が彼女の脳裏に去来しているのだろう。

 ルティンも持っていた紙コップをテーブルに置き、ユクユリを抱き返し、そっと唇にキスをした。

「初キスはレモンの味でしたが、最後のキスはコーヒー味でしたね。」

 ユクユリは少し恥ずかしげに、冗談を言って、ルティンを見つめた。


「次に会うときは、アバターという姿ですね。」

 ユクユリは漸く心を落ち着かせたのか、ルティンを抱きしめるのを止めると、そう言って、テーブルに置いてあったコーヒーを飲んだ。

 その後もユクユリは、ルティンに色んなことを話した。これまでの思い出を、一つ一つ噛みしめるように。そして、これまでの色んなことに感謝を伝えた。

 そして、ずっとずっといつまでも二人でいようと誓った。


 暫くすると、二人を呼び出す音声が室内に響いた。

 ユクユリとルティンは、紙コップをゴミ箱に捨て、指定された部屋へ向かった。


 ユクユリが指定された部屋に入ると、白衣を着た担当医師が、中央に身体がすっぽり収まる程の窪みがあるベッドに横になるよう指示をしてきた。

 踏み台を上がり、そのベッドの窪みの中に身体を横たえると、これから麻酔をかけるという。

 ユクユリが頷くと、担当医師が呼吸器をユクユリの口と鼻を覆うように被せ、リラックスするように言った。

 ユクユリが全身の力を抜くと、すぅーっと意識が遠のいていった。



【返事が欲しい】


 目が覚めたときには、ユクユリは既に仮想世界にいた。

 2m四方の、丁度試着室のような部屋に立っていた。正面と左右には全身を映す鏡があり、後ろには出入りのためのドアがあった。とても仮想世界とは思えない質感で、壁や鏡を触ってみると物体として認識できるし、自分の身体も実際に触ったように認識できるのだ。


 仮想世界の凄さに驚きながらも、まずは、頭の中で「ステータス表示」と念じた。

 仮想世界の説明を受けた際、まずはこのステータス画面を表示し、様々な確認をするようにと説明を受けたからだ。

 ゲームのように、目の前にステータス画面が現れると、そこには自分の現在の身体情報が分かるようになっていた。


 ステータス画面の一番上にBFという項目がある。このBFとは〔Brain fatigue〕、つまり脳疲労の度合いを百分率で表していて、画面上部にかなり大きく表示されていた。


 現在はグリーンで23という数字を表示している。


 この数値が60を越えるとイエローになり、警告画面が表示される。そして、80を越えるとレッドになり、睡眠モードに入ることを勧められる。もし、そのまま放置すると、90を越えた時点で強制的にシャットダウンがかかり、脳と仮想世界の接続が切れ、睡眠を強制的にとることになる。

 脳への負担が大きく、意識障害を引き起こす可能性があるため、できるだけイエローの段階で、安全な場所で睡眠モードに入ることを勧められた。

 意識障害にも関わる重要なこととして、この部分は念入りに説明を受けた。


 他のステータスには、HPとかMPとか色々あるが、これらは然程重要ではない。なぜならユクユリが選択した仮想世界は現実世界と同じタイプの世界だからである。

 しかし、異世界を選択した者にとって、このパラメータは重要で、魔法を使ったり、物理法則を超越する力を使ったりして、魔物などと戦う世界では必要なパラメータになるらしい。


 もちろん、そういう世界に、この後移動することも可能なのだが、ユクユリは心穏やかな余生を送りたいと思っていたので、そういう激しい世界は選択しなかった。当然ルティンも同意してくれたので、仮想世界でも二人で小さな家を持ち、日常を送りたいと考えていた。


 ステータス画面の中にある〔服装〕項目を選択すると、現在身につけている服装が表示された。まるで着せ替え人形のように、選択した服を一瞬で身に纏うことが出来、着替えるのも一瞬だ。

 ユクユリは選択肢の中から、シックで落ち着いた感じの春色のワンピースに、少しヒールのある靴を履き、小振りのイヤリングとネックレスを身につけた。

 化粧も一瞬でできる。好みの色と、どのように塗るかを選ぶだけである。気に入らなければ、一瞬で変更も出来るのだ。化粧に時間を掛けることはもうなくなったのだ。

 ユクユリは、じっくりと服装を選び化粧を施し、髪型を選択した。

 

 満足いくできではなかったが、ユクユリは着飾った自分を見て納得し、背後の扉を開けて、外に出る。

 そこには広間があり、ルティンが椅子に座って待っていた。

「あなた。お待たせ。」

 ユクユリがそばに寄って声を掛ける。

「大丈夫。待ってないよ。」

 ルティンが、返事をした。

 ユクユリは、なにか違和感を覚えたが、新しい世界に来たのだ、ルティンも気持ちが高ぶっているのだろうと、あまり気にも留めなかった。

 それよりも、ルティンがすっかり白くなった髪を整え、スーツを着こなしている様に、ユクユリは見とれてしまった。


 この後、まずは指定された区画に移動しなければならない。街の中を交通機関を使って移動するのもいいのだが、二人はステータス画面を開き、移動項目を選択する。

 そこには、現在移動できる場所の一覧が表示されていた。

 二人は一覧の中から、〔ホーム〕を選択する。

 すると、目の前が一瞬真っ暗になったかと思うと、次に現れた景色は、何もない空き地だった。

 まるで、ゲームの世界のように一瞬で移動が出来た。


 空き地の周囲には様々な住宅が建っていて、一目でここが住宅街だと言うことが分かる。

 ステータス画面の現在地を確認すると、二人の自宅予定地であることを確認できた。ここに自分たちが好きな家を建て、住むことが出来るのだ。この空き地の広さはおよそ300平米はあり、二人は予め注文しておいた家を建てた。

 ルティンが、ステータス画面から設置項目を選択し、自分たちで注文し、設計した家を選択した。

 すると、目の前の空き地に家が現れたのだ。


 二人で住むには充分な大きさの、平屋の家を見て、ユクユリは手を叩いて喜んだ。そして、早速中へ入ろうと、ルティンの手を引いて、アプローチを上がり、玄関の扉を開ける。

 もちろん仮想世界なので、鍵など必要ない。入れるか入れないかは、この家の登録者か登録者でないかだけだ。当然二人は登録者だから、中に入ることが出来る。


 家の中に入った二人は、自分たちが注文したとおりの間取りになっているか、調度品を一つ一つ確認しながら、家の中を一通り見て廻った。


 リビングのソファに座った二人は、これから始まる二人の生活について話そうとしていた。ユクユリがキッチンで淹れたコーヒーをルティンに渡し、自分も一口飲んだ。

「これから、この世界で暮らすのが楽しみですね。明日から何をしましょうかね。」

 ユクユリは、いつも自分の話を頷いて聞いてくれるルティンに語りかけるように呟いた。

「まずは、旅行に行きたいな。」

 いつもは無口な、ルティンが口を開いた。

「そうですね。旅行も良いですね。」

 そう応えてユクユリは、驚いてルティンの方を見る。ルティンは「どうした」といった表情でユクユリを見返した。普段のルティンに有り得ない行動だ。いつものルティンならユクユリの話を聞きながら、頷くだけ。

 良く見たらコーヒーの飲み方も、少し違和感がある。猫舌のルティンは、猫舌を克服しようと一口目を火傷に注意して、熱そうにしながらも、すぐに飲むのだが、それ以降はやはり熱さに負けてしっかり冷ましてから飲むのだ。しかし、目の前にいるルティンは、二口、三口と冷ますことなく立て続けに飲み続けているのだ。


「あなた、どうしたの。いつものあなたらしくないわ。」

 ユクユリが恐る恐る聞いた。

「そうかい。そんなことないよ。いつもの通りだよ。」

 ルティンは、ユクユリの方を見て応える。

 この行動を見て、ユクユリは確信を持った。この人はルティンであってルティンではない。ユクユリにとっては上手く言えないが、ルティンの中身が違うのだ。


「あなたにいくつか質問して良い?」

 そう言ってユクユリは、ルティンにいくつか質問をした。

 まず聞いたのは、二人の誕生日、結婚記念日、子供たちの名前と、それぞれの誕生日だ。ルティンはそつなく全部正確に答えた。しかしいつものルティンは、結婚記念日と子供たちの誕生日を忘れがちで、とくに長男と次男の誕生日は近いせいか、よく間違えるのだ。すらすらと正確に答えられるはずがない。


 次に聞いたのは、家族で行った遊園地での出来事だ。子供たちが楽しみにしていたアトラクションに乗れなかったことで、一番下の次男が大泣きしたのだが、そのアトラクションに乗れなかった理由を、目の前のルティンは、アトラクションが故障していたためと答えたのだが、実際は整理券があっという間に配布終了したためである。

 他にも、色々質問したが、ユクユリの記憶と食い違うことが多く、どうしたのか、何が起こっているのか、ユクユリには想像すら出来なかった。


「ねぇ、本当のあなたはどこ。ルティン返事をして。お願いだから、返事をして。」

 ユクユリは、祈るような気持ちで、目の前のルティンに向いて、喉の奥から絞り出すような声を出す。

「何を言ってるんだい。僕は僕だよ。ルティンだよ。君の目の前にいるじゃないか。ユクユリどうしたんだい。」

 ルティンは、何を聞いているのか分からないといった感じで聞き返してくる。

 ユクユリは、泣き出したい思いで、絞り出すように聞いた。

「あなたは、本当のルティンはそんなこと言わない。あなたは本当のルティンじゃない。ルティンお願い……、あなたの言葉が聞きたい……、お願い返事をして……、あなたの返事が欲しいの。」



【バレバレの嘘をつかないで】


 ユクユリは、ステータス画面を開き、緊急連絡の項目を選択した。

「はい、こちらサポートセンターです。どうされましたか。」

「私、今日こちらに入所したユクユリといいますが、うちの主人の様子がおかしいんです。普段とは違う言動をしていて、何か問題があったのかと思い連絡しました。」

 エターナル・コンシャスネスのこの仮想世界において、サポートセンターとは直接脳内で会話できるようになっている。


「あなた様のご主人様とは、ルティン様のことですね。状況を確認いたしますので、少々お待ちください、」

 担当者はそう言ったが、電話のように保留音がなることもなく、脳内が無音になって、そのまま待たされた。


「大変長らくお待たせいたしました。」

 随分経ってから、再び脳内に声が響いてきた。

「ルティン様の件ですが、何の異常も見受けられません。ログ上にもエラーを検知した痕はなく、システムは現在も正常に機能しております。大変申し訳ございませんが、弊社ではこれ以上のことは分かりかねます。」

 脳内に響く声は、淡々と事務的に事実を告げてきた。


 ユクユリは、この声の言うことは事実なのかも知れない。しかし、その言葉の端々に「嘘」という文字が鏤《ちりば》められているように感じたのだ。

「嘘よ。あなたの言っていることは全部嘘。バレバレの嘘をつかないで。」

「なぜ嘘だとおっしゃるのですか。私どもは誠心誠意お調べした結果を率直にお伝えしたまでです。ご理解頂けないかも知れませんが、これが真実でございます。」

 声は、自分たちが嘘をつく訳ないだろうと言わんばかりの口調で反論してくる。


「ではなぜ、知っているはずのことを知らず、知らないはずのことを彼は知っているの。しゃべり方も、行動も、記憶も、思い出も、全部、全部あの人じゃないのよ!この目の前にいるルティンは偽物なのよ!私のルティンを返して!返して頂戴!」

 ユクユリは怒りにまかせて脳内で叫び声を上げ、声も上げていた。隣にいたルティン擬《もど》きも驚いたようにユクユリを見た。


「そうおっしゃいましても、そちらにいらっしゃるのが正真正銘のルティン様でございますから、私どもとしては何ともしがたく。」

 声の主は、あくまでも嘘ではないと言い張り、問題は発生していないと主張する。このままでは、いつまで経っても平行線を辿るだけである。


 ユクユリは、怒りに震えながらも、口調を変える。

「あなた方が、ここにいるのはルティンその人だというのなら、それを証明してください。私はあなた方の瑕疵を問い詰めたいのでも、賠償を請求したいわけでもないの。ここにいるルティンが偽物であるから、ちゃんと本人を連れてきてと言っているだけなの。それが出来ないなら、なぜ出来ないのか、その理由を教えて欲しいだけなの。何かトラブルがあったとか、問題が発生したとか、理由が分かればそれで良いの。」

 ユクユリは、感情のままに捲し立てつつも、冷静に問い詰める。

 それでも声の主からの返事は変わらなかった。


「そうですか。あくまでもシラを切り通すというのですね。分かりました。あなた方にはもう頼みません。こちらで勝手に調べさせて貰います。」

 ユクユリはそう言って、相手の言葉を待たずに、サポートセンターとの接続を切った。


 ユクユリは、そう啖呵を切ったが、別段調べる宛てがあるわけではない。しかし、まずは子供たちに連絡を取って、知恵を借りようと考えた。外部に連絡するには、役所にある外部接続できる場所に移動しなければならない。

 ステータス画面の、移動項目を開き、役所を選択しようとしたとき、画面にイエローの警告画面が現れ、BF値が60を越えたことを警告してきた。このままでいると、脳の意識障害を引き起こすと言われた警告画面だ。

 ユクユリは、このまま、引き続き調査をしようと思っていたが、仕方なく今日の所は諦めることにした。


「ルティン。今日は疲れたから、私は休むことにするわ。あなたは、どう、疲れていない?」

 ユクユリは、目の前のルティンに声を掛けた。偽物であろうとも、ルティンの顔をしたルティンらしき人物であることには変わりない。例え擬きであっても、一緒にいる以上は邪険にするわけにはいかないと、声を掛けたのだ。

「そうかい。ゆっくり休むと良いよ。おやすみなさい。」

 目の前のルティンはそう言って、優しい声を掛けてくれたが、本物のルティンなら、ポツリと「おやすみ」としか言わないのが常である。

 やはりこの人は違う人なのだと確信を持ちつつも、ユクユリは、「おやすみなさい。ルティン。」と言って、寝室へと向かったのだ。



【後書き:2025年7月】


 ご一読いただきありがとうございます。

 2025年7月に提示されたテーマは【ずっとずっといつまでも】【返事が欲しい】【バレバレの嘘をつかないで】です。


 何か言葉の並びから、浮気した相手を問い詰めるようなストーリーが頭を擡げましたが、それではSFとは程遠いと速攻却下しました。しかし、今思えば素直に浮気を問い詰める話にすれば良かったと後悔しています。というのも、そこから離れると、ストーリーの構築が非常に困難で、頭に浮かんでくるのは、浮気の修羅場ばかりでした。

 こういうときは、逆転の発想です。浮気をするようなパートナーではなく、仲睦まじく長年連れ添い、互いを思いやることができる夫婦を描こうと、思い至りました。

 しかし、仲睦まじい夫婦に、返事が欲しいとか、バレバレの嘘をつかないでとか、そんな台詞が出てくる場面が、思い至りません。結局浮気に走らせるかと思っていた矢先、仮想世界に行けば、中身と外見が異なる人物が出来上がり、それを問い詰めることが出来ると思い至りました。

 ここまで辿り着けば、後はプロットが自然と出来上がり、このような形で纏まりました。


 この文章では、結局何が起こったのか、最後まで語ることをしませんでした。元々プロットには、ルティンのことを最後まで書くつもりでしたが、蛇足になると思い止めました。

 この先の展開は、あなたのご想像にお任せします。


 この作品をあなたはどう感じましたでしょうか。

 この作品が思索のきっかけになれば幸いです。

 次回は8月になります。よろしくお願いします。




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