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38 喰らったぜ

 ──勝てない。

 それは、誰の目にも明らかだった。

 オーガの拳が唸るたび、洞窟の空気は震え、岩肌は砕け散る。そのたびに俺は吹き飛ばされた。

 轟音とともに岩壁へ叩きつけられ、俺は砕けた岩の中へ埋もれた。それでも──。

 瓦礫を押しのけるように、ゆっくりと俺は立ち上がった。

 左腕はだらりと垂れている。全身には幾筋もの裂傷が走っていた。アンデッドであるから立ってはいられるが、蓄積したダメージは確実に身体へ残っ

ている。

「まだ、立つのか」

 ヴンガが思わずといった様子で呟いた。歴戦の戦士である彼だからこそ理解できるのかもしれない。

 普通なら、とっくに戦意を失っている。いや、命が尽きている。

 ヴンガはそう思っているだろう。それでも俺は一歩も退くわけにはいかないんだ。

 おそらくオーガも同じだろう。奴もまた理解できずにいるに違いなかった。

 なぜ倒れない。

 なぜ逃げない。

 オーガの戸惑いが俺にはよくわかった。

「グォォォ」

 低い唸り声が、洞窟の奥から響いてくる。オーガが、ゆっくりと構えを取った。

 俺は、その動きをじっと見つめた。

 無駄がない。

 足の運び。膝の沈み。腰の落とし方。

 肩から肘へ。肘から拳へ。まるで一本の線を描くように、力が流れていく。

 まただ。

 俺は目を逸らさない。

 膝から始まる。

 腰が回る。

 背中が連動する。

 そして、拳が最後に走る。

 頭で考えているわけじゃない。身体が、勝手に覚えていく。

 殴られるたび。受けるたび。吹き飛ばされるたび。

 俺は、何度も何度も、その動きを身体に刻み込んできた。

 そうか。

 ガガの声が聞こえた。

 お前は戦っていたんじゃない。喰らっていたんだな。

 俺は答えなかった。答えている余裕なんてない。

 オーガが、また踏み込んできた。地面を蹴るだけで、岩盤が砕ける。洞窟の床が悲鳴を上げた。

 オーガの一撃は速い。そして重い。それなのに、無駄がなかった。

 オーガの拳が迫ってくる。俺は身体をひねった。紙一重で受け流す。

 ──そう思った。

 だが、肩が触れた。それだけだ。それだけなのに、身体が持っていかれた。

「ぐっ!」

 続く体当たりに押し負け、俺は地面を転がった。岩が背中にぶつかる。

 砕けた石が身体を削った。土煙が視界を覆う。

「シェーン!」

 クィチュセアの声が聞こえた。が、返事をする余裕はなかった。

 しばらくして、俺はゆっくりと身体を起こした。

「まだ、か」

 喉からもれた声は、自分でも驚くほど掠れていた。なのに──。

 俺の口元は少しだけ笑っていた。

「もう少しだ」

 オーガが俺を見た。何かおかしい、といいたげな目つきだ。

 追い詰められているのは俺。

 何度も吹き飛ばされているのも俺。

 どう見ても、勝っているのはあいつだ。

 それでも俺の中には、確かな感覚があった。

 シェーン。

 ガガの声が静かに響いた。

 器は限界まで広がっている。あと一歩だ。

 俺は拳を握った。指先に力を込める。

「違う」

 今までとは何かが違った。これまでなら受け止めきれなかったはずの重さを、身体が自然と想像できる。

 いや──。

 想像じゃない。俺は、知っている。

 どう受け止めるのか。

 どう力を逃がすのか。

 どの角度で踏み込めばいいのか。

 腰をどう動かせばいいのか。

 全部。こいつが教えてくれた。

 何度も殴られた。何度も地面に叩きつけられた。そのたびに、俺はこいつの動きを喰らっていた。

「ありがとう」

 自然と、言葉がもれた。オーガには、その意味なんて分からないだろうけれど。

 俺には分かる。こいつがいなければ、ここまで来られなかった。

「グオオオオォォッ!」

 オーガが咆哮した。そして、地面を蹴る。

 ──速い。今までで、一番速い。

 空気が爆ぜた。巨体とは思えない速度で、一気に俺との距離をつめてくる。

 右拳。迷いのない軌道。真正面から、俺を砕きにくる。

「!」

 避ける?

 いや、違う。もう、逃げる必要はない。

 俺は一歩だけ前へ出た。

 逃げるためじゃない。迎え撃つために。

 俺は左足で踏み込んだ。腰を落とす。同時に肩の力を抜いた。呼吸を止める。

 気づけば、俺の構えはオーガとよく似ていた。

 轟ッ!

 次の瞬間、俺とオーガの身体が交錯した。洞窟全体を揺らすような衝撃音が轟く。土煙が一気に巻き上がった。

 何も見えない。音も遠のいた。

 ただ一つ。俺の中にある感覚だけは、はっきりしていた。

「──食らったぜ」

 その言葉を口にした瞬間だ。俺自身が一つの境界を越えたことを理解した。

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