5/12(水)『親睦のカラオケ会』
5月12日水曜日
昨日の夜、結局あの鬼の尻尾どころか、手掛かりは掴めず、無駄足になってしまった。
昼休み。俺は仕方なく屋上で寝転がり、空を仰ぐ。空を扇いだ所で答えは降ってこない。
あの鬼の足取りなんて掴む事が出来ないのは仕方ない。相手はこの世の生き物ではないのだから。
そんな面倒な渦中、雲が漂う空を塞ぐように一つの顔が視界に入った。
「忍」
現れたのは青葉だった。
「なんだよ...」
「ちょっといいかな?」
そう言われて、仕方なく立ち上がる。
それで用事というのは
「カラオケ...?」
「嫌そうな顔をしないの」
この場にいるのは昨日と同じメンバーだ。誰一人欠けていない。この場にいる全員がお人好しだという事か...。
「俺はパス
お前らだけで行けばいいだろ」
「まぁ、そう言うなよ。言い出しっぺは優斗だけど、巻き込んだのはお前だろ?」
それに対して、俺は言い返せない。スイミー計画を決行させたのは俺みたいなモンだからな。これは大した事ではないものの、巻き込まれてしまうのは仕方ない。
「私もいいですよ。私もそういうの苦手ですし」
彼女は彼女で乗る気ではないようだ。
「僕としてはここにいる皆でカラオケ行きたいかな...
折角なんだし、親睦会みたいにさ」
「私は賛成だけど
別にいいじゃない。これはただの馴れ合いなんだし、こういうのに慣れといた方が自分の為にもなる機会として受け取ればいいと思うんだけど?
それに頼りなる男がもう一人ぐらいいてもいいじゃない
ね、青葉」
「うん...、そうだね」
「............面倒だ。分かった、参加する。参加すればいいんだろ
それなら寿も参加しないといけねぇな
俺もカラオケに巻き込まれたんだから、お前も巻き込まれろ」
俺がカラオケに行ってもどうしようもないだろ。持ち歌なんて物はほぼ皆無で壊滅的だ。その空間をただいるだけというのも精神的にしんどいようにも感じてしまう。
「......分かりました」
寿は顔をうつ向いて、しょんぼりそう返事した。余程、いい思い出がないんだろうな。
そう思っていると、ふと、大樹兄さんの顔が浮かんでしまった。
大樹兄さん、カラオケ好きだよな......。
連れては...行けそうにないな。学校の帰りだしな。家まで帰ってからここに向かうのも面倒だ。
「じゃあ、決まりだな」
と神宮寺がそう言った。
この眼鏡、聞いた話によるとこの鬼上市のあの大きな病院のボンボンらしい。
つまりは大金持ちだ。さぞ、財布の中は暖まってるんだろうな。羨ましい...。
まぁ、俺には関係ない話だ。さてと、それはそうとカラオケか...。カラオケだよな。
俺の持ち歌は一曲しかない。他は歌った事がないから、どうしようもない。
だから、他の歌を歌えない俺としては大樹兄さんと違って音程を掴めない俺は壊滅的だと言える。
後悔先に立たずとはこの事だと、噛み締める事はないものの、やはり後悔はしている。
こんな面倒な事になるなんて想像もしてなかった。
俺としては余計も余分も必要ない。
昼休みが終わり、授業が入った時の事だった。俺のノートの上に一枚の紙が出現した。
おそらく、偲だろう。
<偲>
『授業中にすみません』
<別にいい。どうした?>
『少し気付いた事があったので報告します
寿聖子さん。彼女から微量ですが、鬼の気配を感じます』
<アイツから?>
『はい。もしかしたら、何らかの接点があるかもしれません
直接という訳じゃなくても、切っ掛けがあった。これは』
<手掛かりになるな
そんじゃあ、今日の昼は余計でも余分でもないって事か
歌は得意じゃないが、それなりに仕事がはかどりそうだな>
『鬼の尻尾が掴めればいいですけど......、俺には相手を倒す力も技量はない
ご主人様の期待に応えられるかどうかは』
<ばーか。そんなの期待してねぇよ
負けなければいいだけなんだから、そんなのお前が考えなくていい>
とは言ったものの、俺にも策はない。相手は強い。強過ぎる。
人間じゃない相手に一般人と元人間が敵う筈もない。あれは人の形を残した本物だ。
それなら、一応の対抗策を組んでおく必要がある。
それこそ、大人に頼るしかない。頼りがいのある大人に。
それと頼れるかどうか知らないが、最近知り合いになったお仲間もいるしな。
<まぁ、心配すんな。俺の大切なモンだけは絶対に守り通すからな
頼りにしてるぞ。相棒>
◇◇◇◇
今日、親睦会でカラオケに行く事になった。
参加するのは僕の彼女...の立木青葉さん
小学校からの付き合いのハル君こと神宮寺邦治
青葉さんの親友の鈴木涼子さん
青葉さんの幼馴染みの斎藤忍君
最近、お昼一緒にするようになった寿聖子
その僕を合わせた六人だ。
正直、不安だ。
「あんまり歌とか自信がないんだよなぁ...」
そうぼやきながら、靴を履いて下校する。
カラオケはゲームセンター『ゴールデン』の店舗の中にある。あそこは割りと色々と揃っている。
若者の集い場所みたいになっている。
青葉さんにいい所を見せたいと思う自分がいるけど
「はぁ...」
自身がない。
そう言えば、彼はどうなんだろう。
斎藤君は青葉さんの幼馴染みで、あの時、僕達を助けてくれた人でもある。
外見はとても怖いようではあるが、意外にもこう見えて優しい所があるみたいだ。
素っ気ない態度あるようだけど、青葉さんは彼の事をあまり話さないけれど、おそらく親しいんだろうなと思う。
「新谷」
声がして、ふと横を見るとそこには斎藤君が立っていた。
「青葉を頼むぞ...」
そう言った次の瞬間、バチンと背中を叩かれた。その威力は抜群で腰が砕けるかと思ってしまった。
彼は僕の背中を叩いた後、ささくさとその場を去ってしまった。
彼の背は僕よりも高く、容姿は強面ではあるものの、クラスではあんまり目立たない。
これはハル君から聞いた話ではあるが、そんなの想像が付かない。あんな外見で目立たないなんて、どういう事なんだと思う。だって、あの外見、どうやっても悪目立ちするようにしか思えない。
多分、喧嘩なんかも強かったりするんだろうなぁ。
彼なら複数の不良に喧嘩を吹っ掛けてたりしてても不思議じゃない。
容易に想像が出来る。
「そう言えば、青葉を頼むって...」
もしかして、青葉さんと付き合ってるのを知ってるのかな...。
だから、頼むって...。その言葉は何気ないようにも感じた。
まるで僕に彼女を託すように
「それでも、もうちょっと背中を優しく叩いて欲しいなぁ...」
未だに僕の背中はヒリヒリしている。やっぱり不良という印象は僕から払拭出来ない。それでも彼はそこら辺の不良に比べたら悪い人間じゃない。
そうでなければ、寿さんなんかに関わるなんて事はしなかっただろう。
寿さんは苛められているらしいと青葉さんから聞いている。それに気が付いたのが斎藤君でもある。
その時の青葉さんは何だか嬉しそうで、何だか僕がその話を聞いている事自体が場違いのように感じてしまった。
まるで胸が締め付けられるような気持ちになるなんて、自分自身が彼に嫉妬しているなんて、その時は気付きもしなかった。
「僕は勝てるのかな」
なんて、呟いてみるも彼なんかに勝てるような気がしない。
◇◇◇◇
下校をしている時の事だった。
彼からメールが送られてきた。
内容は
『今日の親睦会、気を張り積めていけ』
ただ、それだけだった。それがどういう意味を指すのかは予想が付かない訳でもない。
おそらく、鬼関係の事なんだろう。
気を張り積めろとはどういう事なのかと考えてみる。
今回は親睦会として六人でカラオケに行く。それがどうして、鬼に繋がるのだろうか?
<凩、これどう思う?>
<そうですね。えーと...、多分、寿さんの事を言ってるんじゃないでしょうか
あの外道のメイドも寿さんの妙な気配に気付いたんでしょう>
<凩>
<何でしょう?あ、もしかしてご褒美が>
<お前、後でお仕置きな>
<えぇ!?何でですか!ちゃんとご主人様の質問にちゃんと応えたじゃないですか!!>
<それはそれ。これはこれ
まだお前は斎藤の事を悪いように捉えてるみたいだな。それともあれは悪ふざけか?>
<だって、あのげど......、彼の顔、どう見たって極悪人ですよ!あれで何も悪さをしてないなんて信じられないです>
「はぁ...」
<お前なぁ...、人を見た目で判断するな...とは言わないけどアイツが悪さをしているのを見てないだろ
それにあの顔は別に好きであんな顔で生まれてきた訳じゃないしな>
<むー......、ご主人様はお人好し過ぎるんですよ。きっと、甘やかされて育てられたから人を見抜く力がないんです>
<へぇ......、お前の言い分はよぉ~く分かった>
<ご主人様?>
<お前さ、痛いのと恥ずかしいのどっちが良い?>
<.........すみませんでした。ごめんなさい、私が悪かったです>
<何、謝ってるのか俺には検討が付かないんだけど?>
<薄々、感じてたですけど、ご主人様ってサド...ですか?>
<何を言ってるんだ。僕はサドじゃないぞ。ただ正直、お前の性格にほとほと呆れてるだけであって決してSとかじゃない
ただちょっぴりお前が苦しんでいる所を見下ろしたいだけだ>
<やっぱりご主人様は変態だ!?
あ......、ごめんなさい。謝るので許して下さい
私はどっちもい>
<そうか...、どっちもご所望か。凩、お前は欲張りだな
仕方ない。後でやってやるよ。ちゃんと縄と蝋燭を準備してやる。それとも夜のお散歩コースがいいか?>
<ご...、ご主人様のバカァアアア>
夜の楽しみが増えたのはさておき、今日は少し気を張り積めといた方が良さそうだ。鬼の気配が少し残っているという事は何か起こるかもしれないし、そうでもないかもしれない。
ただ気を張り積め過ぎるのも良い事ではない。
それにこれは親睦会なのだ。それなら、それで楽しく終わるのが一番だ。
彼女は部活が終わってから来る予定のようなのでまず家に帰って準備をしよう。
◇◇◇◇
集合時間の30分前、ゲームセンター『ゴールデン』の前でぼんやり立てっていた。
現在時刻5:45頃。集合時間は6:15頃だ。流石に早く来すぎた...。
寿は部活があるのですぐには来れない。その為、寿以外は全員帰宅して、もう一度出てくる事になっている。
「忍、早いね...」
青葉がやって来た。俺に続いて、お前も早過ぎだ。
「まぁな......
ていうより、お前もだろ」
「そうだね。ちょっと張り切り過ぎちゃった
こういうのって、忍、初めてでしょ」
「まぁ...そうだな」
「それじゃあ、楽しまないとだよ」
「楽しむ...ねぇ。まぁ、そうだな...」
「偲ちゃんは参加したりとかしないの?」
「アイツは......そうだな。参加するか?」
<あーあ>
否定かのような偲の声が聞こえた。どうやら、本人は参加する気は全くないようだ。
「参加しないってよ
これなら、大樹兄さんも声掛ときゃ良かったな」
「うん......、そうだね」
しかしながら、青葉はそれに対して乗り気じゃないようだ。
「そう言えば、この前兄さんを家まで送ってくれたんだよね?」
「まぁな...」
「ありがとね。いなくなったの私、気が付かなくて」
「大樹兄さん......、家でどうしてんだ?
施設とかに行ってんのか?」
「うん...、ちゃんと行ってるよ。たまに行けなかったりするけど」
「そっか。なら、いいんだけどな...
でもな、こういうの好きだろ。たまには息抜きしてやらないとな
立木、お前が良ければ大樹兄さんを誘って............、悪い。やっぱ無しだ」
お前には新谷がいる。これは悪い事だ。
「ううん、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね」
下心、魔が差した。情けない事にやはり俺は彼女の事が諦められない。
そんな会話の後、お互いに無言が続き、気まずい空気が漂う中、俺は時間が経過をするのを待った。
気まずいというよりは彼女の顔をあまり合わせたくなかった。別に彼女の事を嫌いになった訳じゃない。
男というのは一匹のケモノであり、ケダモノだと思う。好きな相手がいれば手を出してしまいたいと思うのも仕方ない思う。
そして、この場には未だに知り合いが通っていない。
家の時は人はいたし、監視はされていた。入院していた時はやり果たしていた為にこういう衝動はなかった。
つまり、二人っきりの状態というのはとても危険なシチュエーションだと言える。
頭を丸めて僧侶にでもなれとでも言うのか?どうにか顔を見ないように我慢している...が、早く来い。俺が過ちを犯す前に
そして、俺の枷になってくれ。
そうこうしている内にようやく、時間が経過し、どうにか全員揃い、間違いを起こさずに済んだ。
その全員が揃った所で俺達はゲームセンター内にあるカラオケエリアへと向かった。
青葉も鈴木も割りとカラオケに行くのか持ち歌は多いようだ。そして、神宮寺もそれなりに歌を歌う。新谷も三曲程度は歌を歌っている。
歌ってないのは俺と寿ぐらいだ。
「今度は斎藤君の番よ」
鈴木からマイクを差し出される。
「俺はいい。パスだ、パス」
「男なら、いいトコぐらい見せていいんじゃない?それとも、持ち歌とかないの?」
「ああ、ないんだよ...。悪いか?」
「それは...その、何て言うかごめんなさい...」
自信を持って歌えるようなやつがない。歌を歌う事も苦手だし、上手だろうと下手だろうと目立つのは好きじゃない。
「忍。あれは?」
しかしながら、青葉は逃げる事を許してくれる訳じゃないようだ。
別に本人は悪気はないんだろうけど...。
「あれ?」
「うん。忍、歌えるのが一つあるでしょ。久々にそれ、聞きたいな」
「ほら、リクエストが入ったわよ。斎藤君」
「斎藤、ガンバ」
お前とは親しくなった覚えはねぇぞ、神宮寺。
「はぁ......
一応、言っておくけど下手くそだからな」
俺はマイクを受け取る。この空気を変えるなんて事は俺には出来ない。
だから、仕方なく歌う事にした。
「わったあ島や沖縄ぬ
コザ街ぬやいびいしが
中の町んかいやぁぐゎあかとる
いっぺぇぼうちらぁ わらばあやさ
ぐすうよぅくうてんぐわあ ちちみそうりょう
ぼうちらあわらばあぬ どうちゅいむにぃ
ちんだみぬちがいや がまんそうきょう
うたぐわあぬ意味や わかてぃきれぇー
たとえば泣き虫にはナチブサー
バカやアホにはトットロー
日本語より新鮮な
沖縄のぐちを使おうよ
唐ぬ世から 大和ぬ世
大和ぬ世から アメリカ世
アメリカ世から また大和ぬ世
ひるまさ変わゆる くぬ沖縄
人に飼われた鳩よりも
すずめの方が 俺は好き
金魚バチのデメ金よりも
海に生きる タコが好き
明日の自分を生きるよりも
今の一時を生きていく
そんな姿が何よりも
生きてる証にならねえかよ
泥んこ道のひめゆりも
春が来るのを待っている
一度この世に生まれたら
アララガマだよ 生きてやるよ
そうさ俺たちゃ生きているよ
人さまだよ俺達だって
空にカラスが笑ったとて
お天道さまがついているよ
詞を忘れたカナリアは
うしろの山にすてられた
よそみしててはあぶないよね
そんな物騒な世の中さ
モシモシ亀よ 亀さんよ
もうじきウサギさんが追いつくぞ
ノロノロ歩きはやめなさい
背中を立てて歩きなさい
福沢諭吉さんが云ってたよね
天は人の上に人を創らないと
それじゃあ一体何者が
人の上に人を創ったんだよ
もしもあんたが 時間の果ての
ガケップチに 立たされて
死ななきゃならねぇ 定めなら
何を思って 死ぬのだろう」
俺はどうにか、歌い切った。久々に歌ったせいか疲れてしまった。
「この曲、何?」
「ハル君、知ってる?」
「いや、聞いた事はないな...」
「...」
歌い切って、この場にいる皆は口を揃えて戸惑っているのに気が付いた。
俺が歌っている歌の名前はドゥチュイムニィ。沖縄の言葉で独り言という意味だ。
沖縄出身の歌手、佐渡山豊の曲でもある。
「ドゥチュイムニィ
沖縄の言葉で独り言って意味だよ」
「ていうか、何でそんな歌を知ってるんだよ」
神宮寺からツッコミを入れられる。
「......昔、家族ぐるみでカラオケに行った時によく父親が歌ってたから何となく覚えた
まぁ...、この曲は個人的に耳に残る曲だったしな」
父親曰く、昔、北海道に自転車旅行しに行った時に沖縄の人と知り合いになったらしく、その人にこの歌を教えてもらったらしい。
今でも正月になれば、年賀状を互いに送り合うような仲のようだ。
それにこれは知らなくて当然な曲だと思う。この曲は結構古い曲でもあるのだから。
これは父親の世代の曲だとも話に聞いた。その時の事は話してもらった気がするがそれは小さい頃の事だったのでほとんど覚えていない。
だけど、不思議とこの歌詞は幼いながら魅せられていたのはちゃんと覚えている。
何せ、昔の曲で沖縄独特の雰囲気も兼ね備えてたせいなのか、分からないが。
それに子供の方が感受性か豊かな訳だから何かを感じていたのだろう。
「じゃあ、今度は寿、お前の番だ」
俺は寿を指名する。
「私はその.........、歌えない...です」
「......ああ、悪い」
小さい声で彼女が言うものだから、思わず謝ってしまった。
「なら、俺とデュエットしないか」
「デュエット?」
「まぁ、デュエットいうよりは一緒に歌おうって、誘ってるんだけど
歌が苦手なら俺がリードする。歌が苦手なら、徐々に慣れていけばいい」
そう言って手を神宮寺は寿の手を引っ張る。それに対して、急な出来事に戸惑った表情で顔が赤い。
まるで男子から積極的に触れられる事が今までなかったかのように。
俺としては何だって、寿が群れの一員になってスイミーへと変身してくれれば俺も一安心という物だ。
その日は賑やかに皆、楽しそうに歌を歌った。勿論、俺はこれ以上は歌を歌わなかったが、それでもこれは寿にとっては良い影響になったんじゃないかと思う。そう思いたい。




