5/11(火)『ちっぽけで内気なスイミー』
5月11日火曜日
朝早くに学校に到着してしまった俺は教室で自分の席の後ろの机を見た。見てしまった。
そこに書いてあったのは『死ね』、『何で学校に来てるの?』、『ウザイ』といった誹謗中傷だった。
おそらく、油性のマジックで書かれている。
あまりに露骨だった為に俺は思わず、溜め息を吐いてしまった。
アイツがイジメを受けている証拠を目の当たりにしてしまったのだから仕方ない。
俺がこの教室に一番乗りなのだから、誰一人、この時間帯にこうして机に落書きするような物好きはいないだろ。
そうだと考えるのなら、犯行は昨日の放課後なんだろう。
そう思いながら、布巾を取りに行く。犯行に及んだ奴は馬鹿なのか。態々、こんな事をして問題が露になったら余計に面倒になるだけなのに。
それとも学校の教師が見て見ぬふりをすると思っているのだろうか?
いや、見て見ぬふりぐらいはするか。そういう大人もいるだろうし、注意だけして根底にある問題なんて解決してくれる大人なんて少数なのかもしれない。
「だけど、俺には関係ない」
スイミー計画を進行させて、その魚の群からさっさとおさらばしよう。
ちゃんと寿がこの学校生活を泳げるように、泳げ切れるようにその仲間達を用意しなければならない。
これは俺のただの都合で、俺の為だ。
「中々、落ちねぇなぁ...」
後ろの席の机を拭いていると
<あー>
偲の声が聞こえた。しかしながら、彼女の姿は見えない。
何か気になる事でもあるのだろうか。そう思い、辺りを見渡すとこの教室に男子生徒が入ってきていた。
その男子生徒は眼鏡をかけており、いかにも真面目そうな雰囲気のありそうな、そんな奴がこっちを見ていた。
「何してんの?」
その彼がこっちに話し掛け、近寄ってきた。
「別に」
彼には全く関係ない事だ。別に説明する必要はない。
「......落書き...
これって...」
「同情するなら、スイミーの取り巻きになってくれ」
「スイミー?」
「ああ、そうだ。スイミーだ」
「斎藤さ。もしかして、お前って良い奴?」
真面目そうな雰囲気の奴からお前呼ばれされるような覚えはないが
「どうなんだろうな」
質問に対して否定も肯定もしない。善人悪人といった物は人それぞれの尺度がある。
俺はせっせと後ろの席の落書きを消す為に机を磨く。
「俺も手伝う。こういうのは良くない事だしな」
そう言って彼は布巾を取りに行き、一緒に机を磨く。
「なぁ、お前って悪い奴じゃないよな」
「知らねぇよ。それは周りが見た時の尺度だろ」
「悪い。そうだよな、良い悪いなんて自分じゃ分からないよな
そう言えば、スイミーって絵本の事だよな」
「まぁな。気になるんだったら、昼休みに屋上に来い」
◇◇◇◇
朝、教室に行くと斎藤がすでいた。
彼は自身の後ろの席の机の上を拭いていた。
<ご主人様、彼、デビルホルダーですよ!
ていうより、鬼上市デビルホルダー多すぎです!?>
凩が騒ぐように喚く。
<うわっ、今、何か睨まれた...>
見た感じ悪い奴には見えなかった。外見は確かに素行不良な生徒に見えなくもない。
どうして、彼があんな風に集中して机を拭いているのかなんて俺には分からない。
だから、俺は
「何してんの?」
そう言う訳で俺は彼に話し掛けた。
昼休み、朝の出来事が終えて、彼が言っていた通り、俺は屋上へとやって来た。
そこには数名の生徒がいた訳だが、斎藤忍、彼の姿がそこにはなかった。
「ハル君?どうして、ここに?」
ふと、声がしてそこを見ると優斗がいた。そして、その隣には立木青葉の姿があった。
「いや......、斎藤が気になるんだったらここに来いって...」
「忍なら、あっちにいるよ...」
そう言って、立木さんは指差した。その指差した方向には彼女のグループから離れて一人、ポツンと空を見上げるようにして寝そべっていた。
まるで自分は関係ないって感じに、壁を隔てるようにして彼はそこにいた。
「あぁ...。んじゃ、行ってくるか」
「ハル君」
「ん?どうした?」
「気を付けてね...」
優斗は心配そうにそう声を掛けてきた。
優斗は内気な所がある。彼にとってはもしかしたら凶悪な不良のように彼が映って見えるのかもしれない。
「大丈夫だろ。別に喧嘩をしに来た訳じゃないんだから」
俺にとって今の彼の印象は悪くはない。というより、彼は基本的には善人なんじゃないだろうか。
周りからは外見が悪そうだからと、印象が悪いように見えているかもしれないが、後ろの席の落書きされた机を綺麗にしてあげようとするぐらいの優しさは持っている。
だから、俺からすれば今の彼の印象は好印象だ。
「斎藤、来たぞ」
「ん......?ああ...
えっと、名前なんだっけ?」
「............あぁ、神宮寺だ。神宮寺邦治だよ」
名前、覚えられていなかった。まぁ、それは仕方ない。いくらクラスメイトとは言え、入学してからそんなに時間は経ってもいないだろうし、親しくないのだから。
「俺は...斎藤忍。まさか、本当に来るとは思わなかった」
彼も一応の自己紹介で自分の名前を口にした。相手も名乗れば、自分も名乗るぐらいの気概はあるようだ。
「そんで?神宮寺は俺の話を聞きに来たのか?
それとも、そこのお付きのメイドにでも唆されたのか?」
「......」
俺は思わず、一瞬動きを止めてしまった。
今朝、凩は彼がデビルホルダーだと言っていた。ただ、あの時そういう雰囲気を感じさせなかった。
それはどうしてなのかは俺なんかに分かる筈もなく、
<いつでもスタンバイ、オッケーですよ。ご主人様>
凩はいつもの雰囲気ではなく、気を引き締めた声でそう言った。
「なんてのは...、冗談だ」
彼はそう言って起き上がる。先程の不敵な雰囲気は何処かにやら、彼は面倒臭そうに溜め息を吐く。
「スイミー...じゃなかった...。えーっと、あそこに眼鏡を掛けた三つ編みがいるだろ
寿、イジメを受けてるみたいなんだよ
お前も見ただろ」
そう言われて机の事を思い出す。確かにあれはイジメの証拠だと見て間違いない。
「そう...みたいだな」
「それでお前にはスイミーの取り巻きになってほしい」
スイミーの取り巻き...。それはどういう意味なのか。
「嫌か?それならそれで断ってくれればいい
別に俺にもお前にも関係ない話だしな」
スイミーって確か魚の話だったよな...。昔、絵本で読み聞かされた覚えがある。
それと寿さんが何の関係してるんだろうか?
「取り巻きって、どういう意味だよ。もうちょっと分かるように説明してくれないか?」
「......アイツ、孤立してるんだよ」
「孤立?」
いや、でも今のこの場所じゃ立木さんや鈴木さんもいる。そのついでに優斗もいる。
一緒にご飯食べてるから孤立してるって訳じゃないだろ。
「俺がイジメに気が付いたのは昨日の朝だった。本人はイジメなんかされてないって言ってるけどな
俺としては迷惑なんだよ。ああいう事実が身近にあって気持ち良く学校生活なんて送れる訳がない
それであそこにいる立木を巻き込んだ。そして、今日は鈴木を巻き込んだ
それでも寿は孤立したままだ。それにあれじゃあ、まだ群なんて呼べない
アイツがもう少し、心を開いて仲間意識が出来たのなら、あそこにいるちっぽけなスイミーはもう弱くない筈だからな」
彼は迷惑だとは言ったが、それでもこれは彼女の為だと思って行動しているようにしか思えなかった。
「やっぱりお前って良い奴だ」
「良い奴ね...。それはお前の思い過ごしだろ
はぁー...、オマケが付いてくるんだったら誘うんじゃなかった」
とぼやくように彼はそう言う。
オマケっていうのはどういう......、まさか優斗の事でも言ってるのか?
「まぁいいか。アイツも楽しそうだしな
そういう訳でお前もあの取り巻きに巻き込まれてこい」
そう言ってシッシッと手を振って、あっちに行けなんてジェスチャーをする。
「そうだ。お前ってデビルホルダー......なんだよな...」
「まぁな...。別にお前は人殺しするような人間じゃないだろ
それなら俺には関係ない。戦いは余計だし余分だ。それに無駄な労力を浪費する必要もないだろ?」
そう言って、彼は再び寝転がってしまった。まるでやる気なさそうに、動く気のないナマケモノように空を見上げる。
「寿をよろしく頼む」
彼はそう言うと空を見るのを止めて、目を閉じてしまった。
どうやら、彼自身はあのグループには混ざりたくないようだ。
どうして、彼は周りに馴染んでなかったのか理解した。馴染もうとしなかったのだ。
斎藤忍はそういう人間なのだろう。そういう人間だからこそ、彼はこういう事をしようとは思わなかった。
だけれども、彼にとってああいう事は不快でしかない。だから、彼は仕方なく、今、こうして空の下で寝そべっている。
「寿さん」
そういう訳で俺はとりあえず、スイミーこと、寿さんに声をかけた。
「えっと、......神宮寺...邦治君ですよね」
彼女はどうやら、俺の名前を覚えてたようだ。
「覚えてくれてたんだ」
「覚えるも何も......、ここら辺じゃ有名ですよ?」
「そうね、有名ね。神宮寺って聞けば、大抵思い浮かべるのは病院よ」
そう口を挟んできたのは鈴木さんだった。
「詳しい話なら新谷君から聞いてるわ。ハル君」
「......まぁ、何でもいいけどな...」
「神宮寺君は新谷君とはお友達だったんですね」
「優斗とは小学校からの付き合いなんだよ。ここまでくれば腐れ縁みたいなモンだな」
「ハル君には昔から色々、助けてもらってばかりで頼りがいのある僕の親友だよ」
そう言われると何だか気恥ずかしいな...。
「そう言えば、立木さんと斎藤ってどういう関係なんだ?」
何だか、誉められると気恥ずかしかったので何かを言われる前に話題を変える。
「幼馴染みだよ」
回答はその一言のみだった。
「『ただの』幼馴染みだとは私としては思えないけど」
またも鈴木さんはそう口を挟む。
「それ以上でもそれ以下でもないよ」
しかしながら、彼女は冷静に平静を装う。まるで何でもないように
「どうした?優斗」
「何でもないよ?」
と優斗はそう言うが、少し顔を伏せている。
こいつの悪い癖だ。人の言う事を何でも気にしてしまう。それが悪い事なら尚更だ。
「...お前は気にしすぎなんだよ。まぁ、何でもないならいいけどな」
一応、釘は刺しておく。気にしすぎて、また逃げ出してはこっちが面倒だ。いくら、腐れ縁の友人だといっても一方的に面倒を見てやる気はない。
「ああそうだ、寿さん」
「何でしょう...」
彼女は怯えたように反応する。まだ心を開いていないというのが分かるような気がした。
彼女は俺達を信用していない...とまではいかないが、初対面の人間を完全に信用信頼しろというのは土台無理な話だ。
「これから、よろしくな」
だから、俺はそう声をかけておいた。何かあったら頼れとか、困った事があれば話せとか、多分、今の彼女には無理だ。
頼られる関係になる前に仲を深めるのが今は重要だろう。
「......よろしく...です」
彼女は小さくそう言った。成程な、これじゃあ、仲良くなるにも時間がかかるかもな。




