5/10(月)『修羅』
桜並木通り。この時間帯、誰もいないなんて事はないだろう。だけれども、今回は本当に誰もいない。
誰一人、人がいない。
いや、いない訳じゃないか。
「カッ、この時代には少しは骨がある人間はいないのか?
なぁ、小僧」
そこにいるのは刀を剥き出しにして、服装はボロボロではあるが着物に髪は後ろで束ねた目がギラギラさせて、まるで威圧しているかのような雰囲気を纏った頭の額から一本の角を生やした男がそこに立っていた。
「偲」
「あー...」
この現状はおそらく、まずい。
あれが何なのかなんて、俺が知る訳がない。そこに存在して、この目で目視出来るというのにその実体はどこか揺らいでいるようにも見えた。それはまるで温められて空気が揺るがされているような、陽炎のようだった。
「小僧...、女になぞ頼るなど、情けない
だが......、成程」
何が成程なのかは分からない。
「そこの女は俺達と一緒って訳か
面白い。果たし合いだ」
そう言って男は剣を構える。どうやら、戦いを免れる事は出来ないようだ。
悪魔と修羅の姿が消えた。
目では追えないような速度で刀と刀がぶつかり合う。金属音が辺りに鳴り響く。
一度、鳴った金属音のその直後、偲は後ろへと吹き飛ばされ倒れしまった。
相手は蹴った後のような、足を上げた状態が見てとれた。
「軽い」
何があったのか、俺の目で追えない為、あの短い間どういった経緯があったのかは知らない。だけれども、相手が不意打ちで蹴りを入れたのだろうというぐらいは予想が付く。
それを偲はまともに受けてしまった。
それは偲にとっても、俺にとっても予期せぬ、一撃だった。
相手は剣を持っているのだからといって、これは剣の戦いではない。これは命のやり取り。どちらが先に殺されるかの命の奪い合いなのだ。
だから手段など選ばなくてもいい。
その蹴りに続いて、すぐに間を詰めて刀の突きで偲に止めを刺そうとするも
「速いな」
偲は飛び起きたと同時に跳躍し、相手を飛び越えるようにして回避する。
その回避して、すぐに独楽のように回転するように刀で相手に斬りかかる。
「だが、足りない」
その勢いある攻撃は相手によって受け止められてしまった。
だけれども、彼女は動きを止める事なく、すぐに次の攻撃へ移行する。
突きを繰り出すも、剣筋を見切ったと言わんばかり呆気なく、振り払われてしまう。
次の太刀筋も、その次の太刀筋もまるで子供のお遊びの相手をしているかのように払われる。
偲の動きは速い。だというのに、遅く見えてしまう。そして、相手の動きも先程よりも遅く見えてしまう。
太刀筋に関してそうだ。偲の剣は俺には見えない。だというのに、相手の剣筋は俺から見ても分かる。それだというのに相手は剣を捌いてる。相手の動きなんて予め分かってしまっているような、そんな動きで相手は偲を物足りなそうに捌き続けている。
「まずい」
このままでは勝てない。すでに負けてしまっていると言ってもいいぐらい、相手は強い。まるで百戦錬磨の戦士のように、常人には対処出来ない程の偲の速い動きにすら対応出来るなんて人間ではない。
あれは人間ではないというのは見た感じ分かってしまっているも早い事、手を打たなければ勝ち目がない。
偲は近距離では勝てないと判断したのか後ろへと飛び、手元に拳銃を握り発砲するも
「飛び道具か...。そんな物、俺には効かんぞ」
その弾丸すらも目の前の鬼は刀によって、振り払ってしまった。
その様子を目の当たりにして、拳銃を捨てて前進する。再び、刃を向けて相手を斬り殺す為に動く。
刃は相手に届かず、遊ばれる。
考えろ。俺に出来る事を考えろ。今の俺に何が出来る。傍観してるだけじゃ、何も切り開けない。
だけれども、何も浮かばない。俺にはあんな戦闘に飛び込める程の人間じゃない。どうやっても無駄死にしてしまう。
いや、飛び込まなくても手助けぐらいは出来る筈だ。
ふと、思い出した。あの時、アイツはどうやって自分の悪魔と会話をした。
もしも、思うだけで声をかけれるのなら
<偲、右に避けろ>
頭の中で念じるようにそう言ったと同時に俺はそこら辺に落ちていた石ころを相手に投げ付けた。
偲は俺の指示通りに動き、
「...む」
その石ころは彼の刀によって阻まれる。
だが、俺の狙いは石ころを相手に当てる事じゃない。当たったとしても大したダメージにすらならない。
隙を作る事だ。そうすれば、偲の刃が届く。
偲の刃は相手の懐にようやく、届いた。
「......ぐっ」
そう声を漏らす。
「カッカッカッカッ、これもありだ。面白い
弱者は弱者なりに勝機を見出だす。弱者だからこその道があるか
これは卑怯じゃない。れっきとした兵法だ」
彼は何やら嬉しそうにそう笑う。だが、そう笑った後にニヤリと笑う。
「だが、俺はまだ負けていない。戦場で立てっていた者が勝者。それ以外の事実はいらない
次は本気で殺す」
その姿は戦いのみを生き甲斐にしている修羅だ。
「って、言いたいとこだが...、邪魔が入るな...
この戦いは小僧、お前に預ける」
そう言うと鬼は走るようにして、どこかに消えてしまった。
鬼が去ってしまった後の事だ。
《⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛》
その声は鈴の音のように聞き惚れてしまうような、まるで天女のような声だった。
しかしながら、何を言っているのか理解は出来なかった。理解が出来ないものの、それは何かの歌のような、呪いのような、お経のような、そんな韻を踏んでいた。
声の主は白い布の着物を身に纏い、清らかな長い黒髪の美女達が姿を現した。
それは俺の目で見て、この世の物ではないという印象を感じさせた。
動きは舞うように手には鈴のような物を持ちシャランシャランと音を鳴らしている。彼女達は先程の鬼が逃げた方向を追い、この桜並木通りを去っていってしまった。
「......何だったんだ」
逃げた相手もそれを追う彼女達も、おそらく、この世の者ではないというのは雰囲気で何となく理解出来た。
彼らが何者でどういった関係なのかは分からない。分かるとしたら、追われる側と追う側の関係程度だ。
ただあの修羅は危険だ。彼が何者なのかなんて関係ない。彼が妖怪の類いだろうと、鬼だろうと俺には関係ない。
ただ関係あるのだとしたら、俺の幸福を奪いかねない存在ならば駆除しなければならない。
だが、それはまだ明確にはなっていない。
戦う事を楽しみにしているアレは弱者に対して手を出すような存在には見えない。
殺す事を生き甲斐にしている殺人鬼よりかはまともだと思いたい。
現在、俺達は帰宅の最中でここ桜並木通りにいるのも帰り道だからだ。
「とにかく、帰るか」
気が付けば、先程までいなかった人気が取り戻されており、偲は姿を消していた。
それは俺にとって不可解で目を逸らす事の出来ない出来事だった。
まるでどこぞの妖怪が出てくるような漫画の怪異に出会したような感覚だった。おそらく、そうなのだろう。
実際、偲だって不確定な存在なのだ。だから、偲自身も妖怪の類いと言えば、そういうのと同じ物だと見る事が出来る。
あの鬼は偲と自分が一緒だとも言っていた。確かに鬼と悪魔は同じような存在かもしれない。
帰宅の最中、頭の片隅に追いやってしまった寿の事を引き出しから引き出した。
「さて、どうやって巻き込めばいい」
アイツはちゃんと巻き込んでおいた。
スイミーの取り巻きが増えればいいが、別に人数がそこまで増える必要はない。
寿がちゃんと仲間意識、友達意識を持てば独りの意識から抜け出せる筈だ。
それで取り巻きになってくれそうな奴というと......、いるじゃないか。
同じクラスの青葉の友人、鈴木涼子。彼女なら青葉に言えば、巻き込めるだろう。
寿だって、仲間を作るというのなら女子の方がいいに決まっている。
そうと決まれば、明日、青葉に言ってみるか。
取り巻き二号候補が決まった所で思考を切り替える。
南西の裏鬼門。そっちに何かがあるのは明確なのたろう。あの男、五十嵐静治の言う通り、あちらで何か良からぬ動きがあったに違いないと勝手に予想しておく。
「斎藤さん」
神出鬼没に一人の男が現れた。それは俺と同様にデビルホルダーの一龍斎竜聖だった。
「お帰りですか?」
「あぁ...」
「そんな事より、鬼相手に無事で良かったっす」
「......見てたのかよ」
「見てないですよ。俺、さっき駆け付けた所なんすから、そんな胡散臭そうな熱い視線を向けないでくれますか」
熱い視線なんか、送ってない。胡散臭いのもチャラいのも、あんたの専売特許なんじゃないのか?
「リュウさん
あれが何なのか知ってんのか?」
「あれは鬼っす
知りませんか?ここらで有名な鬼退治伝説
あ、決して桃太郎とかのお伽噺じゃないので悪しからず」
と馬鹿にしたように最後を付け加える。
「で、その鬼がどうしてこんな現世にいるんだよ」
「つれないっすねぇ~
封印が解けたんすよ。鎖穴神社の七岩の内の一つが」
「鎖穴神社?七岩?」
何だそりゃ、聞いた事がない。
「知りませんか?」
「知らない」
「そうっすか。そう言えば、斎藤さんの住んでるのは滝山町でしたね
それなら、知らないのも仕方ないかもしれないっすね
約200年前ぐらいの話っす。ここら辺で鬼が暴れていたそうです。それを一人のお侍さんが退治し、今の七岩の下に封印をした
そういう話だったみたいなんすけど、どうやらその内の一つの封印の岩が昨日の夜に破壊されたみたいなんすよ
いや~、あのお侍さんも驚いたんでしょうねぇ~」
「破壊されたか...。それは外部からか、それとも内部からか」
「さぁ?内部からじゃないすか?」
「何で把握してないんだよ。アンタ、警察だろ」
「いや~、中に入れさせてくれないんすよ」
「中にって...」
まぁいい。一つの岩が壊されたという事はまた破壊されるかもしれないって事だ。
あの岩の下敷きになっている鬼がどんなのか分からないが、だがそういうのが七人いる。その内の一人が解き放たれてしまった。
もしも目覚めた鬼が残忍で冷酷、鬼畜な奴等なら、それこそ目覚めさせていけない。
被害が出るのは目に見えている。
別に俺は正義の味方とか、ヒーローとかじゃない。そんな物なんかに気取りたくない。誰が死のうと俺には関係ない事だ。
「斎藤さん、気を付けて下さい。相手は悪魔達より厄介な化け物なんすから
もしもの事があれば、俺を呼んで下さいっす」
リュウさんはそう言って、この場を去っていった。
リュウさんは俺に何かがあった事を知っているようだった。だけれども、その本人が見ていないとも言っていた。
じゃあ、どうやってここまで駆け付けた。
見ていないとリュウさんが主張するのなら、どうして鬼との接触があった事を知っている。
考えても、俺には答えが見付けれなかった。
リュウさんに疑惑がある訳じゃない。元から信頼なんてしていなかったものの、信用が出来ない。
「まぁ、何でもいい」
だけれども、俺の大切な物を奪うようならばその時は......。
俺は気持ちを切り替えて、帰路に着こうとしたがリュウさんが言っていた鎖穴神社の事が気になった。
また明日でいいなんて事はない。今の内にこういうのは知っておく必要がある。
場所は分からないが鎖穴という名前から鎖穴町という事ぐらいは察しが付く。
危険の大元がそこにあるのなら、それを解決すればいい。それが無理なら考えればいい。
これを解決する事が俺の為になるのならばしなくちゃいけない事だ。
俺は鎖穴神社を求めて、ここ桜町の桜並木通りから鎖穴町へと向かった。
日が沈みかけ、空は青空から夕暮れに変わりつつあった。
鎖穴町の鎖穴神社はミカン畑に囲まれた坂道の上に建てられており、鳥居の入り口には一人の男が仁王立ちでこっちを睨むような険しい顔でそこにいた。
「また同じような奴が来たな...」
そうぼやくように、目の前の侍はそう言った。
「言っておくがここは通さん
通りたければ、貴様の首を通行料として差し出せ
そうしたら、通してやるよ」
それは完全に死んでる。殺してる前提というか、殺す前提で物事を決めるなよ。
どうして、出会す相手は物騒な奴しかいないんだよ。
「アンタは何者だ。どうして、そう殺気立っている
俺の用事はアンタの後ろにある。どうしても通せない訳を言え。そうじゃなければ、俺は納得しない
通行料として首を差し出すのは御免だからな。俺は俺の為に生きてんだ」
「貴様に語る口などない。貴様には関係ない事だ
もし、俺の邪魔をするというのなら通行料はいらん。邪魔をする前に貴様を殺す」
どうやら、交渉する気は更々ないようだ。
鎖穴神社に用事があるものの、得たいの知れない男によって道を塞がれている。
「あー」
先程までに姿を消していた偲が俺の目の前に姿を現した。どうやら、相手は人間じゃないようだ。雰囲気からしてそう感じていたが、修羅の鬼の次は非人間だとはやるせない気持ちになる。
「......鬼の匂い
そうか、貴様ら、逃走者と交えたのか」
逃走者という言葉を聞いて、どうやらリュウさんの言っていた封印されていた鬼が一体ここから逃げたという事実を確認する事が出来た。
「アンタはここで何をしてるんだ。ただの門番なのか?」
「この世に生きてる貴様に関係ない
死にたくなければここを去れ。非関係者がここに関わるな
いくら鬼紛いな存在を従わせようと、手も足も敵わん」
こんな所で交渉したとしても、無意味のようだ。
「分かった...なんて言えねぇ。俺は俺の為に、俺の幸福を守る為に生きてる
だけど、今は身を引く。痛い目なんか見たくないし、俺も命が惜しいからな
あの鬼がヤバい存在で俺らにとって害悪ならそれを振り払わねぇといけない
それとアンタなら知ってるだろ。あの白い装束の女は何なんだ」
「そうか。動き出したか...
帰れ。貴様に語る必要はない。命が惜しいのなら、さっさと帰れ
夜こそ、もののけの活動時間だ。騒ぎ出す前に帰ってしまえ。そうしなければ、厄介な事になる」
まるでここから離れろと言わんばかりに、しかしながら落ち着いた物言いだった。
だから、俺は仕方なくこの場から離れる事にした。
「偲」
そう声をかけると偲は姿を消し、俺は鳥居に背中を向けた。
我が家に門限はない。だけれども、こんな場所にいたって仕方がない。
前進出来ないのなら後退するしかない。




