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5/10(月)『花瓶』

5月10日月曜日

 久々の通学。憂鬱ではあるが、これもこれで悪い事じゃない。そう思いながら、家を出た。

 いつもと変わらない通学路。何の変哲もなく、変わらない日常。

 あの休日返上の騒動はすでに終わってしまったのだと実感させてくれる。

 アイツはちゃんと生きている。今の俺はそれで満足だった。

 学校到着後、教室へと向かった。

 教室の机、自身の机の上に花を入れられた小さな花瓶が置かれていた。

 「......」

 何だ、これは?ふと、思った事はただの疑問だった。何故、こんな物が置かれているのかが意味が分からなかった。

 それでも、俺の席にこんな物があったら困る。

 それこそ、授業の邪魔だ。他の周りの席にはこういうのは置かれていない。

 しかしながら、俺はこれをどこに返せばいいのか分からない訳ではない。

 先生に聞けばすぐにこういうのは分かる。だけれども、周りの様子を見ておく事にした。

 別に机の上にこんな物を置かれたって、俺には関係ない。関係のある奴はこれを置いた何者かなのだから。

 「はぁ、どこの馬鹿だよ...」

 悪態は吐くものの、自分がやりました、なんて自ら言い出すような人間はいない。

 今までこういう事はなかった。別にそれはそれで周りからは俺に関係する事なのだろうと思うのだろう。

 だけれども、俺の側からはまだ何一つ関わっていない。

 ふと、何となく後ろの席を見た。まだ、誰も来ていないようだ。

 「ん?」

 うっすら何か書かれている。マジックか何かで書かれていた物が消しゴムで消したような跡が残っていた。

 自分の後ろの席の人物が誰なのか、俺には分からない。クラスメイトなんかは青葉以外ほとんど記憶していない。

 だから、この後ろの席の人物なんて覚えてない。

 そう思いながら、前を向く。

 「忍、おはよう」

 久々に青葉の挨拶を聞いて、こっちも返す。

 「おっす...」

 「忍。その花瓶、どうしたの?」

 「あぁ、何か置いてあった」

 俺はとりあえずの返答をしておく。

 「後で先生に聞いて返しとく。別に気にする事じゃない」

 「うん、分かった」

 青葉はそう言うと俺の席とは離れた場所にある席に座る。

 正直、考えるのも面倒ではあるが何となく予想は付いた。

 一人なのが一番ではあるが厄介事を背負いこまなくちゃのはもっと面倒だ。

 別に俺は正義の味方ではない。ではないが、俺は俺の為に生きているんだ。こういう気分を害する事はさっさと終わらすのが一番なのだが......。

 「やっぱり、めんどくせぇな...」

◇◇◇◇

 昼休憩、私は一人でお昼ご飯を食べる予定でした。ですが...、クラス内でミスお人好しと呼ばれている女子とミスターぼっちと呼ばれている顔面強面な男子に挟まれてしまっています。

 何故、こんな事になってしまっているかと言うと...

 四時限目の授業が終わり、昼休みに入った時の事です。

 「おい。お前、ちょっと顔を貸せ」

 私の前の席の人、強面の不良のような男子生徒がいきなり、私に向かってそう言ってきました。

 「え?あ...、あの...?」

 外見のせいもありますが、おそらく、彼の標的は私なのでしょう。

 別に私は彼の機嫌を損ねた事はしていません。

 「とりあえず、ちょっと来い」

 そう言って、握って引っ張られます。私は仕方なく、彼についていく事にしました。逆らえば、何をされるのか分かりません。

 もしかしたら、暴力を振られるかもしれない。そう思うと相手に反抗しよう気にはなれません。

 「立木、ちょっといいか?」

 そして、辿り着いたのは一人の女子生徒の所で彼は彼女に声を掛けたのです。

 「忍、どうしたの?

 ていうより...、その子、怖がってるよ?」

 「あ?」

 振り向き様にこちらを様子を見るも、何気に振り向いたその顔が怖いです。

 「......悪い」

 彼はそう言うと、すぐに手を離してくれました。

 彼はそこの彼女と私に用事があるみたいでした。

 「で、どうしたの?」

 「俺の勘違いなら、それでいいんだけどな...」

 「もしかして...、厄介事?」

 「話せる相手がお前ぐらいしかいないからな」

 「そういう悲しい事は言わないの。ちゃんと友達を作れば問題ないでしょ

 勘違いかもしれない、それって何?」

 「......俺の席の、えっと...」

 「寿さんよ。自分の席の後ろぐらいはちゃんと覚えときなよ」

 「んで、その寿さんがもしかしたら、『イジメ』にでも遭ってるかもしれない」

 私は自分の心臓を掴まれたような、そんな感じに陥りました。

 どうして、それが分かったのか。私にはそれが検討が付きませんでした。

 それでも私は

 「違います...。私はイジメなんか遭っていませんよ」

 嘘を吐くしか出来なかった。

 「そうか。俺の勘違いか。それは悪い事をした

 青葉、今日、空いてるか?」

 「え?空いてな...。ううん、空いてる

 寿さん、私達と一緒にお昼しない?」

 そういう経緯があって、私はこの二人と一緒に屋上で食事をしています。

 「何か悪かったな。無理に誘って」

 と斎藤君は顔とは似合わない言葉を口にする。

 「いえ、私は大丈夫ですけど」

 「じゃあ、大丈夫だな

 それより、朝、俺の机の上に花瓶が置かれてたんだけど...

 ああいうのは基本、授業を受ける生徒の机の上に置くような物じゃない

 寿、お前さ、そういう事をされる覚えとかないのか?」

 彼は私がイジメを受けている前提として、そういう風に質問する。

 「ありません」

 私は即答する。私は怖い。お前はイジメられているんだと肯定されてしまうのが。

 それによって余計な事が起こるのが私には怖かった。

 「そうか。なら、どこかのせっかちな誰かが勘違いして置いたのかもな

 俺はまだ、死んでないのにとんでもない迷惑な早とちりだな」

 何やら、含みを感じるような物言いでしたが、彼自身、面倒臭そうな表情のまま購買で買ったのであろう昼食のパンにかぶり付きました。

 どうやら、彼としてはこれ以上詮索するのが面倒になってきたのでしょう。

 彼の机の上に置いてあった花瓶の事は私も知っています。学校に来た時にはその花瓶を斎藤君は睨み付けていました。

 多分、これは私の席と彼の席を間違えて置いてしまったんだと思います。そのとばっちりが私に飛んできてしまった。

 「はぁ......、やっぱ面倒だな」

 口から漏れる言葉を隠す事なく、やる気の無さそうな態度を取ります。それなら、私なんか捕まえる事なんかしなければいいのに。

 「忍、これは自分の為にやった事じゃなかったの?」

 ミスお人好しこと、立木青葉さんは妙な事に言いました。

 「まぁな......」

 「大方、自分の生活領域が侵されるのが嫌だからとか何とかでまた首を突っ込むつもりだったんでしょ?」

 「お前、懐かしい事、覚えてるよな?それ、小学校以来の話だろ?」

 「ううん、中学校以来の話だよ」

 「そうだっけか?覚えてねぇなぁ...」

 「お二人はどういう関係なんですか?」

 「別に特別な関係じゃねぇよ」

 「昔っからの腐れ縁。ただの幼馴染みだよ」

 「そうなんですか...」

 「寿さん、言いたくない事は言わなくてもいい。忍も私も、今してる事は寿さんにとっては傍迷惑なお節介なんだろうけど

 また、私達とご飯を食べてほしいんだ

 これは私からのお願い。一人で食べるより、こうして一緒に食べた方が良い思うから

 どうかな...?」

 彼女は、立木青葉さんは落ち着いた声で私に向けてそう言ってくれます。

 彼女は良い人です。本当にとても良い人。

 「......」

 私が困ってしまう良い人なんていません。だけど、私にはそれを返答する事は出来ません。

 こんなに優しくて、とても嬉しい提案なんて断りたくない。

 でも...

 「返答はすぐにはいらない」

 そう躊躇している内に斎藤くんが口を挟んできました。

 「それはまた明日でもいいだろ」

 彼は面倒臭そうにそう口を開いて、立ち上がり

 「サンキュな、立木

 また明日、誘うから覚悟しろよ」

 そう言って斎藤君はどこかへ行ってしまいました。

 「人は見かけに寄らない...でしょ?」

 本当に人は見かけに寄らない。彼はただ昼を誘っただけでした。 

 少しながら、私の内側へと踏み込もうとしたけれど、彼はそれを途中で諦めてしまいました。

 それは彼がただの面倒臭がりだからか、それとも...。

◇◇◇◇

 アイツがあの時の事を見てたなんて、知らなかった。

 まぁ、今はもう過ぎ去った事だ。過ぎ去ってしまった事はもう俺には関係ない事。

 改めて、後ろの席の彼女の名前を確認した。彼女の名前は寿(ことぶき)聖子(せいこ)

 きっと、親は昭和の歌姫のファンだっただろうなぁ、なんて事を勝手に想像するも彼女自体『聖子ちゃーん』なんて呼べるような印象じゃない。

 三つ編みのおさげに眼鏡をかけている地味な女子だ。

 全ての授業が終わり、ホームルームも終わった後、俺は後ろに振り向いた。

 「寿」

 「は、はい」

 突然、話し掛けられる思ってなかったのか驚いたように返事をする。

 「何でしょう!!」

 返事した後、寿は身構える。どうやら、俺が怖いのだろう。

 「いや、大した用事はないんだけど

 お前さ、部活に入ってるか?」

 「私ですか?」

 「話し掛けてんのにお前以外に他がいるのかよ」

 「......そうですね

 卓球部に入っています」

 「じゃあ、これから部活か?」

 「はい...」

 彼女からの返事の声はそう明るくないものだった。明るくない、まるで憂鬱だといった感じの雰囲気だ。

 しかしながら、彼女はハッと我に返り、

 「私はこれで...」

 逃げるようにこの場から去っていった。

 「そんなんじゃ、イジメられてないなんて通せねぇぞ」

 俺の勘違いなら、それならそれで別に構わない。だけれども、イジメられてそれを自身の中で背負いこんで我慢して、パンクするなんて事があったら目も当てられない。

 それこそ、俺の気分を害してしまう。俺には関係ないで片付いたとしても、これはこれで気持ち良くはない。

 アイツにとって、俺は別に無関係な人間なのかもしれない。

 俺も別にアイツの事は何とも思ってない。

 それでも、折角の高校生活なのだから気持ち良く、過ごしたい。後腐れがある高校生活は過ごしたくない物だ。

 胸糞も不愉快も、味わうかもしれないが

 面倒な事に厄介事に首を突っ込むという事は関わりを持ちたくなくても、そうなってしまうだろうが

 それでもこれは俺の為だと胸を張る為に

 「まぁ、仕方ないか...」

 ある程度は目を瞑っておこう。イジメがその内なくなるなんて、楽観視出来るような事でもない。

 俺は寿を助けるつもりはない。イジメ対策なんて物なんて俺にはない。

 彼女だって、あの様子を見る感じでは助かろうとはしていない。ただ助けてほしい気持ちだけはあるのだろう。気持ちだけがあったとしても、それはそれでどうにもならない。

 誰かが手を差し出したとしても、彼女はそれを掴もうとしていないのだから助かりようがない。

 俺は彼女を助けるつもりはない。それなら、それで別の方法を取るだけだ。

 まぁ、解決方法は単純で明快。寿が孤立しているのが悪い。

 寿の事はあんまり気にした事はない。だから、名前なんて覚えてはいなかった。だけど、昼休みの教室でいつも一人で食べているのをよく見る。それがどうしたと言い切れば、何の変哲もない食事風景だ。

 周りの事なんてどうでもいいから、あまり覚えていない。だけど、騒いでいて喧しい奴の顔ぐらいは覚えている。

 その中に寿の顔はない。俺の勝手な決め付けかもしれないが、一人で、独りでいるからいけないのだ。

 だからこそ、頼る相手も気にしてくれる相手もいない。

 幸い、この高校という場は中学に比べたらクラスが多い。それが一番の利点だ。

 どこの誰がこういう事をしているのかは知らないけれど、誰も彼もが彼女に対してイジメをしている訳じゃない。そのイジメをしている一人なのか、少数なのかは知らないけれど相手に負けないようにするのなら、『スイミー』になる必要がある。

 抗える力がなくて、自身がちっぽけで食われてしまいそうなら、周りを巻き込んでこっちを大きく見せればいい。

 それこそ、別に悪い事じゃない。個で負けるのなら、群になればいい。勝ち目のない相手に無理に勝てなくもいい。

 ちっぽけな魚(スイミー)はただちっぽけな魚じゃない。

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