5/9(日)『裏気門の鎖穴。A side』
午前5:00頃、目を覚ます。目を覚ませば、そこにはご主人様の寝顔があった。
安らかに眠っている姿を見ているとなんだかこっちが安心してしまう。
メイドとして役目を果たす為に、肉体を実体化させる。
机の方へと目を向ければ、幼き日のご主人様と一緒に並んでいる少女の姿を写した写真が写真立てに入れられて、そこにはあった。
おそらく、彼女なのだろうと容易に察しが付いた。
写真に写っている彼は笑顔で髪型も今とは少し違っている。
きっと、昔は純粋で無垢な少年だったのだろう。
それともう一枚、無造作に机の上に写真が置かれていた。
中学の卒業の時の写真なのだろう。手には卒業証書の入っているらしい黒い筒が手元にあり、校門の前で一人少女が立てっていた。
それは立木青葉、他ならない彼女だ。
この写真はいつもここに置いてある。ご主人様は未練がましくも、もう一枚だけでも手元に置いておきたいという感情が見てとれる。
それでもこういうのはちゃんとしまっておいた方がいいとは思うけれど、大切な物は他人に触れらたくはないのだろう。それは俺も同じだ。基本的に大切な物は触れられるのは気持ちが良いものではない。
だから、とりあえずは置いておく。
あの時、彼女を部屋に入れる事を拒んだのもこういうのを見られたくなかったからだろう。
ご主人様の部屋は割りと小綺麗に片づいている。
今の所、この部屋には触る物がないので後回ししておこう。
そんな訳で俺はこの部屋を出た。
◇◇◇◇
時刻5:30頃、台所に行くと母親と偲がそこにいた。
「忍、今日は早いのね。走るの?」
「ああ...
ていうか、偲。お前、何してんだ?」
「偲ちゃん、お手伝いをしたいって言うから料理の手伝いをしてもらってるの
それと料理した事がないって言うから、そのお勉強かしら?」
偲の代わりに母親が代弁する。
『一応、俺もメイドの端くれなので』
偲はスケッチブックを出現させて、そう述べる。
「偲ちゃん、悪い子じゃないわ。寧ろ、いい子よ
最初に誤解してた私がバカだったみたい」
と現在、えらく母親のお気に入りになってしまっている。
二人の間に何があったのかこっちが知りたいぐらいだが、とりあえずはジョギングへと出る事にした。
最近まで色々あって出来なかったが、ようやく再開する事が出来る。
基本、この時間帯に走るように心掛けている。中学の頃は部活に入らないといけないと学校側から強制的に決められており、仕方なく入った。
しかしながら、部活に入ると朝練などがあり、朝は度々、朝早く起きて体力トレーニングの為に学校の周りを走らされたものだ。
それが三年間続いた結果、朝、走る習慣が板についてしまった。
走って汗を流す。それが朝のリフレッシュ方法であり、気を引き締めるのにちょうどルーティンみたいな物だ。
そのジョギングコースはここ滝山町から滝山商店街を通り過ぎ、隣町の桜町の桜並木まで走る。
朝は大抵一時間以上は時間を費やす。
「おはようさん」
そのジョギングの最中に見知った相手がいた為に思わず、足を止めてしまった。
「朝から元気そうで何より」
その男は五十嵐静治。それが本名なのかどうかは知らない。
俺と同じデビルホルダーで敵なのか味方なのか分からない相手だ。
「ちゃんと生きて動いとる」
「何をしてんだよ」
「相変わらず口が悪いなぁ
ウチ、朝の散歩してるんや。別に悪い事をしようなんて企んでないで
そんな事より、大丈夫なん?おたく、頭に銃弾ぶちこまれたんやろ?」
何でそれを知っている。お前はその現場にいた訳じゃないだろ。
「......」
相手の顔を睨む。
「おー...怖い怖い
そう睨まんとってくれる?ウチは君の命の恩人やで」
まるで信用ならない眼差しで、この男はこっちを見る。
この男が言っている事が本当なのか嘘なのか分からない。
この掴み所のなさそうな雰囲気が俺としては苦手だ。何て言うか口では絶対に勝てそうじゃない。いつの間にか丸め込まれて、気が付いたら口で負けていたみたいな感じになっそうな、そういう男だ。
「命の恩人?いつ、俺はあんたに救われたんだ?」
「ウチも嫌われたモンやなぁ
まぁ、信じなくてええけど、君の頭の弾丸を摘出したのはウチやで
感謝はせんでもええ。生きてるだけでこっちは報酬をもらっとるモンやしなぁ」
この男は何でもないようにそう言った。まるであの出来事で起きた事は自分の手のひらで簡単に処理をしといたぞと言うように。
もしも、この医者で助けられたとするのならば、ちゃんと礼は言っておかないといけない。
「それともう一つ、これを聞いたら斎藤君、君は無茶をするかもしれへんけど一応、言ってとかんいけん事がある
方向は南西。裏鬼門のある、その方向から良からぬ物が目覚めた...らしい」
「らしい?」
「まぁ、一人の患者さんがそう騒いどるちゅう、話なんやけど
ウチも君も、気ぃ付けんといけんなぁって話や」
そう言って、自称医者の男は背中を向ける。
「ウチは君に会えて十分、満足や。気分転換も出来たし
そんな訳で、さいならや」
男はそう言って、再び歩き出した。
気分が晴れない中、俺はとりあえず帰る事にした。
この男に出会して何もなかったのは良かったものの、あの男の言った良からぬ物というのが気になってしまって仕方がない。しかしながら、俺は帰らなければいけない。
これでも朝のジョギングの最中でもあるのだから。
そんなこんなでとりあえず、無事に帰る事が出来た。
家に帰ると温かいご飯と味噌汁、それと少し焦げてしまった卵焼きがそこにはあった。
『すみません。卵焼き、失敗してしまいました』
と何やら申し訳なそうな彼女が俺の隣に座っている。
「ああ...。食べれて、ちゃんと腹に入れば皆、一緒だから気にすんな」
「フォローになってないわよ」
と母親がツッコミを入れられる。
「まぁ、リベンジあるのみよ。ちゃんと練習して何回も作れば慣れてくるから」
母親はまるで我が子のように偲へと言葉を向ける。
その言葉を受け取って、偲はコクりと頷いた。
そう言えば北上さんが偲にとって俺は奉仕をする対象になってしまっているって言ってたよな?これはそれの一環だったりするだろうか?
でも、こうして偲がこういう環境に馴染もうとしている事は良い事だと思う。
彼女自身は元々は人間なのだ。どういう経緯があってこうなったのかなんて知りはしないが、家庭の中で平穏に過ごす事は決して悪い事なんかじゃない。
そう思いながら、少し焦げた卵焼きを口に運ぶ。
「うん、うまい」
少し焦げていても、ちゃんと卵焼きの味がした。
「あー...」
その言葉を聞いて、少し安堵したのか嬉しそうな声が聞こえてきた。料理なんか自信がなかったのだろう。
もう彼女は俺のメイドじゃなくて、すでに仲間であり友人でもあり、そして、家族なのだ。
そう思うと何だかくすばゆいものの何だか嬉しくもあった。
『ご主人様の未来の奥様の手助けの為にも精進しないといけませんね』
彼女のスケッチブックにとんでもない文字が出現した。
「ぶっ...」
思わず、口の中の物が飛び出しそうになるがどうにか耐えて、ちゃんと咀嚼し飲み込んだ。
「あはははは。やっぱり偲ちゃん、良い子だわ」
しかしながら、母親は笑う。自分の事ではないから、笑えるのだろう。
「それで偲ちゃん的には目星は付いてたりするの?」
『お隣の立木青葉さんがご主人様のお嫁さんにはちょうど良いかと思います』
「おい」
隣に座っている偲の頭に軽くポンとチョップを入れる。
「勝手に俺の未来を決めるな」
「何よ、これは偲ちゃんの思い描く未来予想図よ
別にあんたと青葉ちゃんが結婚するなんて言ってないわよ
偲ちゃんはそうなったらいいよねって言ってるだけよ」
「はぁ、母さんはただ面白がってるだけだろ」
「まぁ、そうね。でもね、自分の子供の将来を心配するのは親の特権よ
あんたはまだ高校生だけど、それでも今のあんたは危なっかしくて心配よ
今はちゃんと生きてるけど、でもあれは致命的な出来事だったんだから
面白がるのも、心配するのも、こうして口を挟むのも親としてちゃんとした役目だと思ってるわよ?」
「......」
クソ、言い返せない。こういう時だけは大人は...、親は卑怯だと思う。
「さてと、ご飯が冷める前に食べちゃってちょうだい」
こうして俺達の朝食を終えた。
今日の偲は活動的だった。掃除に洗濯、物の整理と大忙しだった。
俺と契約してから、メイドらしい事はしていなかった。それを気にしてかは知らないが彼女は忙しく動いていた。
俺はというと、偲が忙しくしている間、未だに終わっていない課題を提出した。
中学から高校に入ると宿題という名前は課題へと変わり変貌を遂げる。
中学に比べるといくらかレベルアップしているようにも感じる。
元々、俺は勉強嫌いなのだが、それでもやらない訳にもいかない。単位を落として、留年なんかするなんて事は御免だ。
その課題の最中にあの男の言葉を思い出した。
「南西って言ったら、鬼門の逆の裏鬼門側だよな...」
一応、簡単な風水の知識はある。確か良くない方角だとかなんとかだったような気がする。
そっちの方角に何かがあるのだろう。あの男は良からぬ物と言っていた。だから、そういう物があると考えた方がいいのは当然ではあるが......、思い立ったらすぐに行動するという訳にも、学生にはそう簡単には行動出来ない。
何せ、休んでいる間にやらないといけなき物が簡単に積み上げられてしまったのだから。
それに今回は青葉の命に関わる事ではない。青葉の命に関わる事じゃないのなら、今すぐに動く必要なんてない。
そう思いながら、シャープペンシルを動かしながらせっせと課題を終わらせていく。
今、頑張らないと休みを終えて、平日に持ち越してしまう。
特に普段から用事はないけれど、学生の本業は勉強だけではないものの、やる事はさっさとやってしまっておこう。
◇◇◇◇
俺は闇夜の下、鳥居の前に立つ。俺は人間ではない。いや、正確にはだった...だ。
だが、俺はまだヒトで在り続ける。
「全員の首をはねるまでは消える訳にはいかぬ...
悪しき鬼は殺さねばならぬ」
未だ、俺はもののけの類いには堕ちてはいない。
まだ楽になる訳にもいかない。
俺の役目はここの門番。目覚めてはならない物を見張る役目だ。
「して、貴様は俺に何の用だ。切り捨てて欲しいのなら、今、ここで殺してやろう」
「いや~、そんなおっかない事を言わないでほしいっすね~
蚤の心臓が破裂しちゃいますよ」
そんな軽口を叩きながら、この男は隙を見せない。
「俺がこんな時間帯にここに来たのは死ぬ為じゃないっすよ
提案っす」
「提案...だと?」
「そうっすよ。俺らと手を組んでいただけないですか?
そうすれば、鬼退治も楽に出来るんじゃないすか?」
この男は知った風な口を叩く。
「貴様、何を知っている」
「何も知りませんよ。ただ、あなたが守ってるそれはまずい物ってぐらいは知っているっす」
「信用出来ん
貴様も貴様の後ろにいる女も、もし邪魔をするようならば今、ここで殺す」
「やっぱり交渉は決裂か......。仕方ないっすね
あなたが組みたくないのなら、無理強い出来ないっす」
男はそう言うと俺に背中を向けて、この場から去ってしまった。
あの男には人ではない何かが取り憑いている。しかしながら、そこにいる存在は害意は感じなかった。
雰囲気からして悪霊でもないのは分かる。他にも昼間に同じような存在に取り憑かれた眼鏡の少年がここに来たのだが、彼の場合はあっさりと身を引いた。
おそらく、あれは悪霊でもなければ、幽霊でもないのだろう。
しかし ながら、人に近く、それでいて人から外れた何かという事だけは幽霊の端くれである俺からもそういう存在だと感じる事は出来た。
もしかしたら、他にも俺の知らぬ存在がここにいるやもしれない。




