5/9(日)『裏鬼門の鎖穴。B side』
5月9日日曜日
「はぁ」
うちの兄貴が溜め息を吐いた。
「どうした?」
何やら深い溜め息だったので俺は何となく質問してみた。
「別に大した事じゃないんだけど...、患者さんが変な事を言うんだよ」
今日は日曜日で俺としては朝は余裕がある。
「変な事?」
「歳が歳だから、仕方ないかもしれないんだけどな」
「その患者さんって、歳いくつだよ」
「そうだな...。105歳ぐらいだっけか?」
「そんで、その患者さんは何て?」
「閉じられた穴が開いたのどうのこうって」
「閉じられた穴?」
「ああ、閉じられた穴。他には殺されるとか、鬼がやって来るとか、そんな事を騒いでるんだよ
まぁ、元々寝たきりのボケたばあさんだから仕方ないんだけどな
あ、ヤベッ。もう行かないと遅刻する
じゃあ、行ってくる」
そう言って、兄貴は急いで家から飛び出していってしまった。
うちの兄貴が働くのは神宮寺病院であり、後に跡継ぎとなる予定になっている。
それにしてもこういう話は何気に魅力的だと思ってしまう。こういうオカルトのような話は人を惹き付ける。
先程の話によれば、神宮寺病院の患者の超高齢の女性は「殺される」とか「鬼が来る」とか、そう騒いでいる。
それなら、その女性には何かが見えているのかもしれない。それとも感じ取って、それで恐怖を感じているのかもしれない。
つまり、その女性は霊感を持っていて、普通の人には見えない存在が見えているという話だ。
「そんな事があるのか?
どう思う?」
俺は誰もいないダイニングキッチンでそう質問した。
<さぁ?どうなんでしょうね。いるんじゃないですか?>
といい加減な返答が俺の頭の中へと流れてくる。
「それは真面目な返答なのか?」
<はい、真面目ですよー。大真面目な返答をご主人様にしたつもりでしたが不満ですか~>
こいつは大体、こういう奴だ。
「真面目な返答ならそれでいい」
<不真面目な返答だったら、どうなさっていましたか?>
「知りたいか?」
<いえ、結構です。わたしく、いつも、普段から真面目にご主人様にお仕えする真面目なメイドでございます
ですので、そういうのは──>
「ていうか、お前、何でそんなに必死なんだよ。もしかして、さっきの返答は不真面目だったのか?
嘘を吐いてたり、するのか?」
<滅相もございません!!嘘なんか吐いていませんよ~。だから、お仕置きとか許して~!!>
とまぁ、こんな感じで自ら墓穴を掘ってくれるのでイジリやすい。
「まぁ、それよりだ。お前のケツに何かをブッ刺す前に」
<ブッ刺す!?>
「何か感じれるか?」
<お尻に何か......、それで感じる?
私はそんな変態じゃないですよ!>
「おーい、聞いてるか?」
<私はお尻に何か入れられて、感じるような女じゃないですからね!!>
「話を聞け。その話題はもういいから」
<よくないですよ!!私はそういう変態じゃありません
でも、ご主人様がご所望というのなら...>
「いい加減にしないと、本当にお仕置きするぞ
人の話をちゃんと聞け!!」
<はい......>
ようやく、落ち着いたようなのでもう一度聞いておく。
「気配とか、そういうのを感じ取れたりする事とかあるか?」
<感じ取れる...。いえ、私には何も
ですが、そういうのがいるようでしたら私でも感じ取れると思います
正規の悪魔も日本の古くから伝わる妖怪も種別が違えど、基本的に存在は一緒ですから>
「じゃあ、ここらにはそういうのはまだ出現していないという事か?」
<そうなりますね。あ、そうだ。ご主人様のご学友の新谷さん...の彼女さん
その彼女さんから私と同じような悪魔の気配を少し感じました>
「!?
じゃあ、彼女も俺と同じ...!」
<いえ...、彼女はおそらく、違います。私達、悪魔は男しか契約する事が出来ません
ですので、彼女は悪魔と契約したデビルホルダーじゃありませんよ>
「じゃあ、何で気配を感じたんだ?」
<そうですね。知らぬ間に悪魔と接触したんじゃないですか?
そうすれば、その気配だって彼女に一時的に取り憑きますから>
「そういう物なのか?」
<そういう物ですよ
私以外にも他にここに悪魔がいると考えた方が良さそうですね>
「お前がそう言うなら、そうなんだろうけど......、それはそれで厄介だな
お前らみたいなのって、どれくらいいるんだよ」
<それは分かりません>
当然の答えだ。数えられる訳のない数であり、俺も彼女自身も知らない数だ。
「だろうな」
<悪魔と言えど様々なタイプがいます。ですので、十分にご注意下さい>
「そうだな。最近は何かと物騒だからな」
俺はそう言って友人の彼女の幼馴染みの顔を思い出す。
アイツの顔を当分、見ていない。
まぁ、喋った事のない相手を気にした所で何にもならないけどな。
ただ何となく気になるだけだ。それがどうしてなのかは俺にも分からない。
「閉じられた穴が開いた...か」
「お兄さんの......患者さんの話ですか?」
「ああ、ちょっと気になってな
閉じられた穴。どっかで聞いた事があるような気がするだよ
あ、閉口町だ。いや、......でもあれは閉じた口で閉口町だから関係なさそうだよな」
いつの間にか、消してた姿を現した。シンプルなメイド服を着た悪魔が俺の目の前に立っていた。
身長は俺より低く、髪は金髪でウェーブのかかった長髪に青い瞳がこちらを見ていた。
「ご主人様、ここ、鬼上市には鬼神伝承があるんですよね?」
「ああ、あるな
確か昔、ここら一帯を荒らして回っていた鬼がいて、それを退治した侍がいたとかなんとか
小さい頃に聞かしてもらった話だから、覚えてないな
そんでそれを祀ってるのが北東の鬼門と南西の裏鬼門にある神社だって話だな」
鬼門の方向が閉口町で......、裏鬼門の方向が確か鎖穴町だったよな。
鎖穴...町?鎖に穴って書いて...。鎖す穴だ。
閉じられた穴、鎖された穴。どちらも意味は一緒だ。そう考えると兄貴の話に何か関係する物があるんじゃないだろうか?
「凩、出掛けるぞ」
「どうかしたんですか?」
「俺はこういう専門家じゃないけど、もしかしたら妖怪大戦争が起こるかも...しれない?」
「はい?」
そういう訳で俺達は鎖穴町へと向かった。
俺が住んでいるのは鬼上市の南に位置する桜町。その桜町と北側の滝山町の境目のギリギリ桜町に位置する所に俺の家がある。
そして、鎖穴町は桜町の隣町だったりもする。なので、割りと近くに存在する。
鎖穴町。ここら辺は閉口町程ではないが田畑が存在し、未だに田舎といった感じの名残はあるものの、最近では田畑だった土地を売ってしまう人が多く、住宅が増えてきている。
「田舎ですね~」
凩が辺りを見渡しながら、そう言う。
今、俺らが歩いているのはミカン畑に囲まれた道路を歩いている。
流石に閉口町のように道路は舗装されてない事はないがここら辺一帯は坂が多く、俺達は現在、その坂を上っている最中だ。
「まぁな」
俺達が向かっているのは鎖穴町で曰く付きの場所、鎖穴神社だ。別名、裏鬼門神社とも呼ばれている。
その鎖穴神社には大きな岩が置かれており、その岩は太い縄で周りを縛られている。
伝承によれば、その岩の下に鬼は封じられているらしい。
鎖穴神社に向かう最中、
「ちょっといいっすか?そこの眼鏡が似合うお兄さん」
急に俺達に声を掛けてきた男がいた。
声がする方向を向けば、そこにいたのは金髪に耳にピアスをした警官がそこにいた。
「あなたの名前は神宮寺邦治さんであっていますか?」
「...そうですけど......」
見た感じでは格好は警察ではあるものの胡散臭い雰囲気と素行の悪そうな格好しているせいか、どう見たって警察には思えない。
<ご主人様、そこの警官、デビルホルダーみたいです。気を付けて下さい>
凩の焦った声が頭に響く。目の前の相手は敵かもしれない。
デビルホルダーが世界にどのくらいいるのかなんて知らないが全員が悪い人間ではない。しかしながら、その逆も然りだ。
何にせよ、目の前の警官は本物か偽物か抜きにして信用出来ない。
「俺に何か用ですか?」
「用が無くて、話し掛ける警官なんていないっすよ」
警察のようには見えないチャラついた警官はそう言う。
「率直に聞いて、神宮寺さん。あなた、デビルホルダーですよね?」
「......」
「別にいいんすよ。別に戦いたくて、話し掛けてる訳じゃないんすから
そのまんま警戒して聞いて下さい。もしも、裏鬼門神社に行くのなら止めといていただきたいんすよ
まぁ、止める気はないんすけど、それでも行くというのなら死ぬ覚悟して下さい」
目の前の似非警官は軽い口調を重い声質に変えて、そう言った。
それだけだというのに、外見のチャラついた雰囲気ほそこにはなかった。
真実をその口で騙らず、ちゃんと語っているようだった。だからこそ、彼が言っている事は嘘だとは思えなかった。
「本当は取り調べとかしたいんすけど
俺、この通りお仕事中なんでぇ、見逃しますよ。今度、会ったらちゃんと取り調べさせて下さい」
そう言って俺の横を通りすぎて、どこかに去っていった。
<ご主人様、どうしますか?>
「うーん...」
あの警官は死ぬ覚悟をしろと言っていた。それ程まずい物がこの先にあるという事なのだろう。
それ程にまずい物ならば、行かない訳にもいかなさそうだ。
「行かずに後悔するんだったら、行って後悔した方が良いよな?」
<別に私はそうとは思いませんけど?>
「てな訳で、行くぞ」
<私の意見は無視ですか?>
凩の意見は無視をして、あの警官の忠告も無視をして、目的地の鎖穴神社へと向かう。
鎖穴神社はミカン畑の坂道を上りきった先の辺りに木々が生い茂っている場所にあり、参道に入る前の鳥居に立ち入り禁止の立て札が立てっていたものの、そんな物は無視をして中に入った。
鎖穴神社の鳥居の前に誰かが立てっていた。その出入り口の真ん前に仁王立ちをし、服装からして現代人だとは思えない格好をしていた。
服装は昔の人のような着物を着ており、頭の髪型はちょんまげで見た雰囲気はどこぞの時代劇にでも出てきそうな武士のような様相だった。
腰には刀が差されており、その人物だけが存在する時代を間違えているかのように見えた。
「貴様はここを通る事を望む者か
通る事を望む者であるのならば、容赦はしない。貴様の一切を切り捨てる」
「ご主人様、まずいですよ...。あれは人間じゃない
それでいて、悪魔や妖怪の類いでもない
ここは退きましょう、ご主人様
彼は尋常じゃありません」
「ちょっ!」
彼女は姿を現して、俺の腕を引っ張られる。
「確実に私達は彼に殺される」
いつもふざけたような口調の彼女が真剣に言っているのが分かった。
だから、俺は仕方なく。彼女に従う事にした。
ミカン畑に挟まれた坂道を下りながら、彼女に問う。
「人間じゃないってどういう事だよ」
「そのまんまの意味ですよ。彼はもう人間じゃありません
もうこの世には彼の肉体が存在しませんから」
「この世にって...、じゃあ、彼は死人...って事か?
にしても、はっきりと見えてたけどな...」
はっきり見えていたので普通の人間のように見えていた。あり得ない程に現実味があるようにそこに立っていたのだから、未だにあの男の存在がこの世には存在していないとは思えなかった。
<そうですね。彼の存在は確かにあり得ない程にそこにありました。まるでそこに未だに生き続けているようでもありましたが
でも、彼は既に死んでいます。幽霊となってしまった今でもそこにいるのは理由があっての事なんでしょう
私達のような正規の悪魔じゃなくても、そういうのは見る事が出来ます
といっても、存在が薄いとあんまり気が付かなかったりするんですけど...>
「お前じゃ、あの侍に勝てそうじゃないのか?」
いつの間にか姿を消していた凩にそう質問する。
正規ではないとしても、彼女は特典という力を手にした悪魔なのだから、勝てるような気がするが。
<勝てませんよ、あんな人のままでいようとする幽霊なんかに>
と彼女は弱音を吐く。
<彼は化け物ですよ。自分の意志だけであそこを守らんとしていますから
私なんか一瞬にして、首を落とされちゃいますよ>
俺にはあの男の強さが分からない。ただ腰に刀を携えているだけの侍ならば、凩の方が強いと思っている。
<それとご主人様が言うように妖怪大戦争とまで言いませんが、何かが起きても不思議じゃないみたいですね>
「そう...なのか?」
俺のはただの思い付きだ。兄貴の言っている事が気になって、ただ自身の目で確認をしようと思ってここまで来た。
そうしたら、あの侍が鳥居の前に立っていた。
そう考えてみたら
「そうかもな...」
何かが起きる前触れか。それともすでに起こってしまった後なのかもしれない。
<私では比べ物にならない存在が目覚めようとしている。もしかしたら、あのお侍さんはそれを守る為にああして立っているのかもしれません
とにかく、今の私達では太刀打ちは出来そうないですね
一度、帰ってから作戦を立てるなり、案を出すなりした方が良さそうです>
「そうするしかないか......」
そんな訳で俺達は仕方なく、自宅へと戻る事にした。
あの奥に何があるのかなんて知らないが、もしもあの侍がそれを守っているのだとするのならば重要な物がそこにあるのだろう。
もしも、眠っていた鬼が目覚めたというのであれば、それはおそらく非常にまずい事だ。
そういうのを視野に入れていても問題はないだろう。
<それより、ご主人様。ご主人様のピンチを救ったんだし、何かご褒美とかいただけたりとかしませんか?>
それと、もう少しこいつに緊張感を持ってほしいと思うのは俺だけだろうか?




