5/8(土)『お買い物』
昼の13:00頃、俺と偲は商店街の服屋に出向いていた。
因みに偲の服装は白いワンピースに麦わら帽子といった純白な格好をしている。
これは偲が創造した物ではなく、うちの母親が昔、購入した物であり、今でも若い娘なら着れるだろうと偲に押し付けたのだが、何やら偲はその格好が慣れないのかあたふたしている。
個人的にはこの場からさっさと去ってしまいたい。
理由は単純。この場が女性服の売場だからだ。こういう場所にはあんまりいたくはない。
寧ろ、逃げ出したい。
「忍?」
見知った声が俺の耳を通り抜けた。
声がする方向を見れば、そこには青葉と同じクラスの女子がいた。
名前は確か......鈴木...、なんだっけ?
「彼が例の幼馴染み君?」
と青葉の友人らしき人物の彼女がそう言った。
「うん...
彼は斎藤忍」
「忍、彼女は同じクラスの鈴木涼子」
「どうも...」
「こんにちは、斎藤君
それでそっちの娘は斎藤君の彼氏さん?」
「いや、こいつは遠い親戚......で偲って言うんだ」
「しのぶ?」
「ああ、人を思うって書いて偲」
「しのぶ......」
どうやら彼女は偲の名前の漢字が思い浮かばないようだ。
「故人を偲ぶの偲だ。まぁ、あんまり使う漢字じゃないからな」
「そうなんだ。よろしくね、偲ちゃん」
左手と右手の義肢と左目の眼帯といった物々しい姿なんか気にせず、青葉の友人は偲に対して笑顔でそう言った。
「忍はどうして、ここに?」
「ああ、母さんがこいつの服を買いに行けってうるさいから仕方なく...」
渋々といった感じで言っておく。それでも彼女にとってこういうのは必要な事だ。
だから、買っておいて損はない筈なのだが......。
「立木、頼んでもいいか?」
「頼んでもって......、分かった
それじゃあ、涼子。忍の事、頼める?」
「え?ああ...、うん」
ただの短い会話ではあったが、青葉とてこっちの事情は少なからず知っている。
そのせいか、俺が青葉に対してお願いしている事はすぐに察してくれた。
それはそれで人が良過ぎる。青葉は昔からそうだ。察しが良くて、人に気を使って、困っていれば手を差し伸ばす。
それにこういうのは男である俺が選ぶよりかは女子同士で行った方がいいだろう。
「それで斎藤君。私達はどうするの?」
「いや...、それは......」
「まぁ、何だっていいんだけど
青葉から頼まれちゃったんだから無下には出来ないよね」
俺達は服屋の隅っこの木のベンチに座り、とりあえずは二人を待つ事にした。
「斎藤君。斎藤君はさ、青葉の事、どう思ってるの?」
その質問に対して、どう答えたらいいか一瞬迷ったものの
「ただの幼馴染みだけど」
とりあえずはそう答えておく。
「『ただの』幼馴染みねぇ
私には関係ない事だから他人が口を挟むのも不粋なんだけど...
青葉にとっては斎藤君は『ただの』幼馴染みじゃないみたいなんだけど?」
「......」
それは俺にとってもだ。
「それは光栄だな」
「それと、さっきのだってそういう事でしょ?
普通なら咄嗟に理解出来るやり取りじゃないでしょ?『ただの』幼馴染みで治まるような間柄のようには私には見えないけどなぁ...
青葉と斎藤君の間柄には首を突っ込む気はないけど
もしも、本気で青葉を幸せにするつもりなら強引にでも引っ張ってほしいわね。そうしないとあの子は振り向かないわよ」
◇◇◇◇
今、俺はご主人様を恨めしく思っている。
俺の目の前に黒髪の長髪の後ろ姿がそこにある。そして、その後ろ姿の左手に右手を掴まれて、引っ張られている。
その俺を引っ張っている本人の名前は立木青葉。
「偲ちゃんはどういうのが好み?」
と俺の事をちゃん付けで呼ぶ。
正直、違和感しかない。外見や肉体自体は女の物であっても、精神は女のつもりではない。
だから、名前でちゃん付けされるのは抵抗がある。
「......」
今の俺には出せる声はない。語る口もない。
こんな場所でスケッチブックを取り出す訳にもいかない。
そういう訳で彼女の質問にも返す返事は口から出せず、文字を表記する事も出来ない。
「偲ちゃん?」
と立ち止まって、彼女は俺の顔を覗き込む。
彼女の身長は俺より低い。低いものの、平均的にそんなに低いという訳じゃない。
俺とそう大差はない。精々、3cm離れている程度だ。
「......」
「えっと......、偲ちゃん。機嫌が悪かったり...する?」
それに対して、首を振る。その呼び方に不満がない訳じゃないが、俺が口を開かないのは訳があるのを察してほしい。
俺はただ人目を気にしてる。今の服装が嫌なのは事実ではあるが、意思伝達の為のスケッチブックを取り上げられているような現状ではコミュニケーションを取るのは難しい。
別に彼女が悪い訳じゃない。場が悪い。
だから、仕方ないとしか言いようがない。
「じゃあ、どうして......」
あの時みたいにとでも言おうとして、彼女は止めた。
「ごめんなさい...」
彼女は一言、謝罪した。こんな場所でいつも通りに「あーあー」と声を出す訳にもいかない。
その謝罪に対しても俺は首を振った。別に彼女が悪いという訳じゃない。だから、謝られる筋合いもない。
「偲ちゃんは服を何着買う予定なの?」
そう言えば、考えてなかった。ご主人様は母親から俺の服を買ってこいと言われて、ここに来た。それを彼女へと投げてしまった。
彼はこういう場所には慣れていないのだろうし、耐性がないのだろう。
それは俺だって同じ事だ。
とりあえず、彼女に返答する為に右手の親指以外の四本の指を立てておく。
「四着?」
その言葉に頷いておく。これぐらいなら差し支えないだろう。外に出る時ぐらいにしか使わない上に基本、俺は普段、霊体化している。
だから、あんまり必要はない。故に四着程度あれば問題ないだろう。
そんな訳で俺は適当に派手じゃない地味な色の黒を基調にした上の服を二枚に紺のジーンズのズボンを二枚選んだ。
負担するのはどうせご主人様なのだ。比較的に安く抑えたいものの、女の子女の子した物なんて買う気なんてない。
「それじゃあ、試着しに行こ」
俺達は試着室へと向かった。
試着を終えた後、これを購入する事を決意する。
「それでいいの?」
俺に対して、そう問う。その問いに対して頷きで返答する。
『別に服の購入は必要なかった』
試着室でようやく、俺はスケッチブックを出現させた。
「でも、忍は必要だと思ってるんでしょ?」
「あー...」
確かに彼はそう思っている。母親に言われてというのもあるが、必要だと思ってるのは彼女の指摘した通りだ。
「それに私は忍から偲ちゃんのコーディネートを頼まれてる
偲ちゃん。折角、スタイルが良いんだし、着飾った方がいいよ」
『嫌だ』
俺はスケッチブックで即答する。ここなら範囲が狭いし、彼女が壁になってるおかげで外には見えない。
『俺にはそういうのはいらない。ある程度で十分です
姿形が女の姿をしていたとしても、心がそういう形をしていない
だから、着飾るのは俺の趣味趣向には似合わない』
彼女に対して、俺は主張する。
「それって、どういう事...?」
『分からないのなら、それで構いません
こういうのは別に理解されなくてもいいですし、理解される必要はありません
こればかりは触れてほしくない領域ですよ』
彼女本人は理解が出来ないといった感じだった。それでいい。
俺の領域に触れていい奴なんて物は誰もいないのだから。
◇◇◇◇
「強引に?」
「ええ、強引によ。正確には斎藤君、君に青葉に奪い取ってほしいのよ」
奪う。そういう言葉はあんまり穏やかじゃないな。
「奪うって......、何でだよ」
「青葉に彼氏がいるって知ってる?」
「へぇー...、そうなのか?」
「そうなのよ。斎藤君がぐずぐずしてる内に見知らぬ虫が付いちゃったわよ」
隣に座っている彼女が俺の顔を見て、溜め息を吐いた。
「あお......、立木はどうなんだよ
アイツがその彼氏と仲良くしてるんだったら、それでいいんじゃないのか?」
「何?斎藤君、好きな子とかいるの?
それとも、もうすでに彼女とかいたりする?」
「いねぇよ...」
正直に嘘を吐く。付き合っている彼女はいないが、好きな相手はいる。だけれども、それはもう手遅れだと思って諦めてる。
きっと、アイツは俺に振り向く事なんてないのだから。
だけれども、この気持ちは捨てられない。それは俺が捨てたくなくて、この気持ちを諦める事なんて出来やしないからだ。
諦めの悪い男は愚かにもここに生き続けている。
「そう、それなら良かった。思う存分、青葉の事、寝取る事が出来そうね」
「......おいおい、寝取るってなぁ。お前...」
「本気にしないで。私の言ってる事は寝取らないけど、寝取るって事」
「鈴木、言ってる事が矛盾してるぞ」
「まぁ、そうだね。矛盾してる
これじゃあ、説明になってないか。性的に肉体的に寝取る訳じゃなくて、精神的に気持ち的に心を寝取るって私は言ってるの」
「心を寝取る?」
何だそりゃ、余計に意味が分からん。
「青葉と斎藤君、幼馴染みなんでしょ
それなら、青葉にとって斎藤君がどれくらい大切な人なのかを思い知らせる
青葉の心を決壊させるの。そうすれば、否応なしに斎藤君を意識せざる得なくなる」
つまり彼女、鈴木涼子は今のアイツに不満があるようだ。
だから、俺にこうやって声を掛けてるようだ。
だけれども、それに対して俺はyesと返答する事は出来ない。
それこそ、俺には自分勝手な事だし、それに他人に言われて、そうですねと素直にやろうとは思えない。
俺は負け犬なのかもしれないが、みっともなく遠吠えするつもりもなければ、誰かの思惑通りに行動する人間じゃない。俺にだって、プライドぐらいはある。
「悪いけど、そういうのは乗らないぞ
鈴木が言ってる事は出来そうにないし、何より面倒だ」
「そう、残念
まぁいいや。斎藤君が乗り気じゃないのに強制したって良い結果は出ないだろうし
でも、気が変わったら声をかけて
その時は手伝ってあげるから」
そういう話の区切りにそのちょうど良いタイミングで買い物に行っていた二人が戻ってきた。
「ただいま」
青葉はそう言って戻ってきた。彼女は普段と変わらずといった感じで特に変化はない。
そして、その対照的に偲は何やら疲れたような表情で目はどこか虚ろだった。
「どうした...?」
と尋ねてみるも彼女は首を横に振るだけで、何があったのか分からない。
「忍、偲ちゃんって意外と頑固だね」
「まぁ...な」
青葉から出た言葉から大体は予想が付いた。
どうせ、青葉の勧めてきた服を拒否でもしたのだろう。
こいつの一人称は『俺』なのだから、そういう事なのだろう。趣味趣向の食い違いがあっても不思議じゃない。
とりあえず、偲と一緒にレジへと会計を済ませる。
彼女が選んだ服は黒を基調とした上の服に、紺のジーンズといった感じで地味な服装をチョイスした。どうやら、偲は目立つのを好まないようだ。
「お前、こんだけでいいのか?」
そう聞くと偲は頷いた。今日の偲は大人しい。いや、いつも大人しいのだが今日はやけに元気がないように思えた。
それは気のせいかもしれない。それとも何らかの体調でも崩してしまっているのだろうか?
いや、悪魔のような存在が体調を崩すなんて事は考えられない。
「立木、サンキュな」
とりあえず、礼だけは言っておく。
「ううん、私も楽しかったから別にいいよ」
と青葉は笑顔でそう答える。
「そうかよ。でも、まぁ助かった
じゃあな」
と言って俺は背中を向けた。これ以上、ここにいる必要なんてない。
こんなんでいいのかな......。もう、何ていうかとりあえずの内容を書いているような気がする。
皆さんは三連休をいかにお過ごしでしたか?
自分はやれ祝日だ。やれ盆休みだ。やれ正月だ。
そういう休みがない、変則勤務なので関係ないのですけど......休みが欲しい。
そんな愚痴はさておき、次の展開を考えなくては...。
頑張って作った愚作ではありますが、またの投稿お付き合いお願いします。




