5/8(土)『模擬戦闘』
5月8日土曜日
この日は学生にとって休日である。体を休める為の休日。休養すべき為にある有難い曜日だ。
しかしながら、俺はというと現在、学校にいる。
桜町高等学校の体育館に俺はいる。
「斎藤さん、それじゃあ張り切って頑張りましょう」
今、この場にいるのは一龍斎竜聖と彼の悪魔、晶と俺と偲だ。それ以外は誰もいない。リュウさん曰く、今回は俺達の貸し切りとなっている。
部活で使用する生徒は今日に限って、朝練などは休みとなってしまった。
「......それで何をするんだよ...」
「俺の晶と斎藤さんの偲さんとで組み手をします」
「組み手......」
「そうっす。斎藤さんのメイドがどの程度の力を持っているのか把握しておく必要があるんすよ
警察にとっては悪魔は脅威なんすよ
善人がその悪魔を購入しようと、悪人が悪魔を購入しようと、結局は人が死んでしまえば悪でしかない
だから、今、知れる事は知っておく必要がある」
その口から出た言葉は彼自身の正義から来る物があると感じた。
「分かった。確かに人が死ぬ事は良い事じゃないよな」
だから、彼は彼なりに前を向いて生きているのだろう。
「そういう訳でえーっと、ルールは
武器はこの竹刀一本のみ。武装の創造は禁止
互いに特典の能力を使うのも禁止
先に竹刀を先に相手に当てた方が勝利とする......ってのはどうっすか?」
「偲、それでいいか」
偲にそう尋ねると
「あー」
と彼女はコクりと頷いて、承諾する。
「決まりっすね。それじゃあ、」
「さっさと始めましょ」
彼の悪魔である晶がそう言った。
「この前のリベンジって訳じゃないけど、容赦はしないわよ」
その口振りから、彼女自身が強気な性格なのが伺える。
「あー?」
しかしながら、彼女自身、そこの赤毛の彼女が何の事を言っているのか理解してないようだった。
彼女にとってはあれは気軽な出来事ではなく、銃口を向けた敵を殺すといった重い出来事として受け止めている。
だからこそ、リベンジという言葉は彼女にとって今の現状には当てはまらない。
彼女は彼女に負けていなければ、勝ってもいない。あれは最初から勝敗なんて物はなかった。
まぁ、そういう訳で彼女と彼女の勝負は始まった。
俺達はその勝負を傍観する為に上へと上がり、彼女達を見下ろす事となった。
そっちの方が彼女達にとって、広々とこの体育館を使う事が出来るだろうと、リュウさんからの提案だ。
体育館の戦場において、最初、彼女達は動かなかった。互いにどのように動くのか様子見をしているようだが、どちらかが動かない限り、戦闘は始まらない。
「さっさと動きなさいよ」
業を煮やしたのは相手の方だった。
対戦相手である彼女は偲に対して、竹刀を大きく振りかぶった。
それをまるで歩くような動きで、それでもその動きは歩くようなゆっくりな速度ではなく、速い動きで彼女の攻撃を空振りへとさせた。
その空振りの隙を見付け、彼女は突きを繰り出した。
しかしながら、その攻撃は軽々と上の方へと弾かれてしまった。
弾かれてしまったと同時に彼女は背後へと回り込む。
「しまった」
上段から繰り出される素振りを振り返り様にどうにか彼女は受け止める。
その様子を見て、
「おかしい...」
偲の動きがあの命のやり取りの時の動きとは明らかに違いがあった。
「何がおかしいんすか?」
隣で観戦しているリュウさんは俺から漏れた言葉に反応する。
「いや...、俺の気のせいか?」
「もしかして、おたくとこの偲さん、本気出してなかったりします?」
「......」
彼女の動きはあんな物じゃない。あんなには遅くはない。
彼女の動きは普通に目で追える程の速さではない。常人ならざる、尋常ならざる速さで斬りかかる。彼女の最大の武器は速さだ。
それを今、その強みを殺してしまっている。
「成る程、それじゃあ、あれは遊んでいるっすね
俺も戦闘に激しさが足らなくて物足りない感じがしてたんすよ」
確かに激しさが全然ない。組み手というより、偲が一方的にこの組み手を楽しんでいるといった感じだ。
これは命のやり取りという訳でもない。それが偲にとって、本気を出さないでいいと思っている要因となっているのかもしれない。
「それでも、偲さんのあの速さは恐ろしいっすね~
うちの晶が翻弄されちゃってますよ
ランクでいうんだったら、敏捷:A...の最大値はありますね~」
彼は偲のステータスを見定めている。
「いや......。あんなんだったら足を掬われる」
気持ちに余裕があるのが余計だ。その余計が気持ちの隙間が出来てしまう、要因となってしまうんじゃないだろうか。
「今のアイツ、戦ってるって思ってないんだよ」
リュウさんの言う通り、あれはただのお遊びみたいな物だ。
気持ちが入ってない。気持ちが入ってない以上、こういうのはどこかでへまをする。
「そうっすか...。それじゃあ、斎藤さん的にはご不満ですか?」
「不満...。実力を知る為の模擬戦なんだから真面目にやるのは当然だろ?」
真面目にやってる相手に対して、愚弄している事になってしまっているんじゃないだろうか?
「でも、ああしてアイツが気を抜けるって事は」
今は平和って事なんだろう。
それにこの模擬戦だって俺には関係ない。確かに彼女とは契約を交わした。だから、一切無関係という訳じゃない。
だけれども、これはリュウさんが持ち掛けた事で、これ自体は俺には関係のない事だ。
だから、俺から口出しする必要もない。
それにこの模擬戦はそこにいる彼女達二人の物だ。それならそれで焼くなり煮るなり、好きにしたらいい。
「まぁ、確かにこれは模擬戦なんでね。怪我をされちゃこっちだって困るっすね」
未だに模擬戦闘は継続している。
一方的に攻めている晶とそれを難なく避け続ける偲。避ける最中に隙を見ては突きを繰り出しては回避されるも、その回避される度に右へ左へ飛んで攻撃に入る。
彼女自身、本気でやっている訳じゃないので竹刀は相手に届かず、弾かれてしまっている。
その連続に、彼女自身が手を抜いている事は相手をしている彼女だって薄々、気が付いていた。
彼女がこんなスピードでこんなにも遅くはないのだからと。
「いい加減に...しなさいよ!!」
竹刀を空振りながら、彼女は苛立っていた。
「そっちがその気なら...ご主人様!!」
彼女は叫び、彼女のご主人様を呼ぶ。
「相当、苛立ってるみたいっすね
でも、まぁ......、相手の本気を見てみたいってのは俺も同じだからな」
そう言うと右手の手のひらから一つの古びたような鍵を出現させた。
「限定解除」
その言葉と同時にその鍵は弾けるようにその場から消失し、失われてしまった。
それと同時に彼の悪魔である晶に変化を及ぼしていた。
彼女の頭部から捻れたような羊のような角が生え、背中からは蝙蝠のような翼が出現した。
おまけに遠くからはあんまり見えないけれど、何やら尻尾も生えているように見える。
その姿はフィクションなどで語られるような悪魔の姿を連想させる。
「......何だよ...、あれ」
「奥の手。あれが本来の姿みたいモンすよ
限定的に力を解放したので、先程の晶とは性能が違いますよ」
そう言った次の瞬間だった。
バシン
竹刀と竹刀がぶつかり合う音がした。
目を向けると竹刀が宙を舞い、落下するのを目にしてしまった。
弾き飛ばされたのは晶ではなく、偲の竹刀。
先程までお遊びをしていた偲は対処しきれずに竹刀を持っていかれた。
「あー...」
偲から声が漏れる。今の現状がまずいという認識はおそらく、出来ている。
相手の性能が向上しているというのなら、彼女自身は手を抜く事が出来ない。
偲は現在、竹刀を手にしていない丸腰の状態である。その状態を晶は襲い掛かる。
その攻撃を回避して、飛ばされてしまった竹刀まで走る。
その背中を追う晶。
形勢逆転していた。手抜きで優勢に立っていた偲は追いやられている。
追い迫る相手を後ろに、竹刀の所まで前へと跳躍するように前進する。
そうして、彼女はようやく竹刀を手にした。
その竹刀を取った直後、偲と晶の竹刀がぶつかり合う。
晶は攻撃の為に、偲は防御の為に。
筋力負けしているのか偲は後ろへと飛ぶように退避する。
その退避から偲は一気に攻めへと転じる。
その動きはあの時のような常人ならざる尋常じゃないスピードで駆ける。
スピードでは彼女の方が未だ勝っている。その証拠に相手はあまり動けておらず、偲の竹刀を防ぐので精一杯のようだった。
しかしながら、偲自身も攻めきれずにいる。
彼女にはパワーがない。普通の悪魔と比べてかなり筋力が劣っているというのは彼女の弁だ。
相手の竹刀を押し切る事は彼女ではまず無理だ。
勝利条件はどちらかが先に竹刀を当てる事。それなら、竹刀を押し切るよりかは相手の隙を見付けて叩き込む以外に他はない。
「ようやく、本気を出したみたいっすね」
「あぁ...」
俺とリュウさんは傍観者を継続する。
偲は再び、後ろへと飛び、突きの構えを取る。
繰り出されるのは目にも止まらぬ速さの突き。
それを晶は上へと跳躍し、見事に回避する。
その跳躍力は二階建ての家の屋根の上に跳び移れる程の高さだった。それはまるで偲に見せ付けるかのようだった。
その跳躍後、彼女は落下せず、宙を飛んでいるというより浮いている状態で戦闘相手の偲を見下ろす。
「あー...、あー...、あー」
それを見上げながら、偲は三つ程、声を漏らした。
その漏らした後、口元の口角を上げてニヤリと笑う。その笑みはどういう意味があるのか分からなかった。
「あー」
またも声が漏れたと思うとその声は殺気近いようなそれでいて暗くなく、まるで好奇心をくすぐられた犬のような、そんな雰囲気の眼差しを偲は晶へと向けていた。
何やら、晶は偲の変なスイッチでも踏みつけてしまったようだ。
今の偲は飛んでいる相手に手も足も出せない状況で何がなんでも竹刀をぶつけるつもりでいる。
それじゃあ、どうやって竹刀をぶつけるのか?
偲自身の跳躍力がどの程度あるのか分からないが跳んだとしても届きそうにない。それに避けられてしまったら終わりだ。
竹刀を相手に投げ付けたとして当たる可能性は低い。
「万事休す...か。負けたな」
彼女が勝てる可能性はない。飛べる相手を撃墜する方法は今の彼女にはない。
しかしながら、それでも彼女は動く。
勝てる可能性なんかないと知っているのかどうかは定かではない。
そして、彼女が見せた行動は
「はぁ!?」
「...壁を......走ってる?」
そう彼女は落下するよりも先に前進し、壁を昇る。
飛行している彼女も予想外な出来事に思わず声を上げてしまっている。
「あはははは。マジっすか!?恐ろしい!!」
リュウさんの軽い口が動く。その口調は軽い物だとしても驚いているのは間違いない。
その人ではありえない絶技を見せた、その次に
「あー!!」
偲は跳躍した。
彼女の跳躍力も常人並みではなく、常人ではあり得ない物だった。
その跳躍で彼女は飛行している相手に立ち向かった。
しかしながら、相手はやはり飛んでいる相手だ。跳び掛かった瞬間に上へと回避されてしまい、そのおまけに頭をバシリと一撃受けてしまった。
そうして勝敗は決した。相手の勝利で偲の敗北だった。
それと同時に晶のあの姿は消え、元の姿へと戻ってしまった。
後は互いに落下するのみで、二人の悪魔は霊体化し、姿を消した。
消したと思えば、体育館の床の上へと立っていた。
俺達は下へと降りた後、リュウさんの評価を聞く事となった。
「斎藤さんの悪魔さんは見ての通り、スピードタイプ
筋力がないのが致命的でおそらく、耐久値もかなり低いみたいですね
持久力はまだ疲労を見られないという事はD以上ぐらいありそうっす
それであの見事な壁走りと跳躍を見る限りでは平衡感覚と跳躍力はCランクはあると見ても良さそうですね
それらの評価をまとめて、偲さんはテクニックよりのスピードタイプだと考察出来ると......
斎藤、何か質問でもありますか?」
「特に......」
「それは本当っすか~?偲さん以外に質問したい事はあるんじゃないんすか~」
「それじゃあ、一つ
その...リミテッドリリース...?ってのは何なんだ?」
「奥の手ですよ。あれは俺が夢の中であの男に貰った物です
あの鍵を解放させる事で一分間のみ、創造と予知以外のステータスを1ランク向上させる事が出来るんすよ
それで偲さんをあそこまで追い詰めた。まぁ、彼女自身を本気にさせるにはちょうど良かったでしょ?」
「まぁ、そりゃ...」
あんなの出されたら、本気を出さない訳にもいかないだろ。
結局、偲は負けてしまった。最初から本気を出しとけば勝てた物を偲はそれを逃してしまった。だけれども、それは偲にとって一つの教訓になったと思う。
この失敗は次に活かせばいい。それだけの事だ。
「あー...」
何やら、偲の声が元気がない。どうやら戦闘に負けて落ち込んでしまっているのだろう。
そう思い、偲の頭に手を置く。
「よくやった...」
とりあえずは褒めておく。最初は手を抜いて、自身を怠った事が敗北の要因だった。それでも彼女は最後まで諦めず、戦い抜いたのだから称賛を送ってもいいだろう。
『はしゃぎすぎて、疲れた』
そう思って、手を置いたというのに偲の手元に出現したスケッチブックには気が抜けた事が表示されていた。
「俺の称賛を返せ」
軽く偲の頭にポンとチョップをかます。
「手抜きなんかしてるんじゃないわよ...
そんなんだったら、戦場ですぐ殺られちゃうわよ
いつ何時も気を抜かず、手を抜かず、殺す気で戦いなさい
今日のこれは私の勝ちでもあんたの負けでもない
こんなのノーカンよ。ノーカン
次は負けないから...」
彼女はそう言って姿を消失させた。
それは偲に対しての言葉だったという事はこの場にいる誰も理解出来た。
彼女自身は勝ったとは思っていないのだろう。寧ろ、負けたとまで思っているのかもしれない。
最初は手を抜かれていたとはいえ、偲に翻弄されてしまった。それ自体が悔しいと思っているのだろう。
「まぁ、何にせよ。良い記録は取れたっす
それではこれでお開きとしましょう
ああそうだ。斎藤さん、これをどうぞ」
手渡されたのは一つの携帯電話だった。
「携帯?」
「斎藤さんのお母さんから、携帯を持ってないって聞いたので俺からのプレゼントっす
肌身離さず、ちゃんと持ってて下さい
何かあった時にこういうのは役に立ちますんで」
その携帯を渡された後、俺達は解散した。




