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5/6(木)『ただ今、入院中』

5月6日木曜日

 「あー、暇だ」

 俺は天井を見ながら、そう呟いた。

 現在、俺は神宮寺病院の一人用の病室で寝転がっていた。

 一応、念の為に俺は入院している。手術はもうすで終わっている。何やら、凄腕の医者がほぼ完璧な手術を行い、明日には退院が出来るらしい。

 後は縫った部分の糸を抜かないといけないようなのでまた日にちを改めて、来ないといけない。

 それでどうして、こんな事を呟いているのかというと何もする事がなくて暇なのだ。

 この病室には何もない。何も無さすぎて、やる事がない。つまり、何もせず、こうして過ごさないといけないと思うと退屈過ぎて腐ってしまいそうになる。

 このままジッとしておくのも、自分自身にストレスを溜め込んでしまってよろしくない。

 「外に出るか」

 そんな訳で俺はベッドから起き上がり、外に出る事にした。

 「あー」

 外に出ようとした途端に俺の横に彼女が現れた。

 「うおっ!」

 いきなりだったので思わず、声を上げてしまった。彼女は毎度、毎度、突然、姿を現したり、消したりするのでどのタイミングで彼女が出てくるのか分からない。

 『お散歩ですか?』

 そんな突然現れた彼女はスケッチブックでそう質問する。

 「じっとしてたら腐る。気分転換だ」

 俺は彼女の問いにそう返す。

 『それじゃあ、ご一緒させてもらいます』

 「それもメイドの役目か?」

 『怪我をした主人を心配するのは当然だと思いますが』

 「勝手にしろ」

 彼女自身、引く気なんてないだろう。それなら、最初から拒むよりは諦めておく方がいい。

 別に一人でも良かったが、たまには隣に誰かがいるのも悪くはないだろう。

 俺達が向かったのはこの神宮寺病院の屋上だった。

 空は晴れており、雲がゆっくりと変化しつつ、空の表情がコロコロと変わっていく。

 屋上には何やらシーツが干されており、ゆっくり吹く緩やかな風で少し揺らされている。

 そんな光景を見ながらも、屋上にあったベンチに俺達は座る。

 「そう言えば、お前って元人間なんだよな

 お前がこうなる前の事って覚えてんのか?」

 『......覚えてますよ。ただ、俺がどういう経緯でこうなってしまったのか覚えていません』

 「どういう経緯で...か。じゃあ、気が付いたら、あの男の商品になってたって事か?」

 『はい。気が付いてたら、こうなって

 自身の内面以外、全て作り替えられてしまった』

 作り替えられてしまったか...。それじゃあ、元々はこんな外見じゃないのか?

 あの男は彼女の事を欠陥品だとか言っていた。今でも俺はそうとは思えない。

 ちゃんと人の外見をしているし、綺麗に整った姿をしている。

 「そう言えば、悪魔の主食って魂なんだろ?

 まさか、周りの関係のない人間の魂とか食らってないだろうな」

 彼女は最初、一人の男の魂を食してしまった。俺にはそう見えたし、実際、彼は死んでしまった。

 だから、俺の知らない他所で被害が出てないか心配になった。

 「あー」

 『あれ以来、人間の魂は食してないですよ

 ご主人様が心配するような事はしていません』

 「そう...なのか?」

 『そうですよ。俺にだって、常識ぐらいは......あるのか?』

 「そこはちゃんと自信を持てよ...

 じゃあ、お前は何の魂を食べてるんだ?」

 『食べてるとしたら、草や虫の魂ぐらい』

 「草と......虫?

 お前って、割りとゲテモノは大丈夫な方なのか?」

 『ゲテモノはいけるクチじゃない

 寧ろ、嫌いだ。あの蠢いてる虫なんか叩ける物があるのなら、即座に殺す気で叩き潰しますよ』

 彼女は即座にそう答える。

 「いやでも......、虫って...、結構なゲテモノだぞ」

 『俺が食してるのは魂ですよ。基本、魂なんかは味がない

 だから、宿っているのなら魂はどれでもいいんです。

 問題はサイズの方ですよ。小さな魂では満たされない。だから、満たす為の量が必要となる

 それで身近な物で済ませば、すぐ満たすぐらいは出来ますし、草なら草ですぐに生えてくる

 だから、草や虫って意外と重宝してますよ

 前世じゃ草や虫を食事として利用するなんて考えられませんでしたよ』

 そりゃ、そうだろうな。そういう食文化はあるだろうけど、基本的に日本ではそういう文化はほとんどない。

 「じゃあ、お前の食生活には問題ないって事だな」

 彼女はコクりと頷いた。

 『ご主人様。ご主人様は......このままでいいとお考えですか?』

 「......それはどういう意味だ」

 『そのまんまの意味ですよ。あの未来の奥様を他にやってしまっても構わないとでもお考えだとしても、俺は納得いきません

 ご主人様が本当にそれでいいと納得しない限り、俺自身も納得がいかない』

 「......いいんだよ。アイツが幸せなら、俺はそれでいい...」

 「...あー」

 彼女は溜め息を吐いた後、そう声を出す。彼女自身はその俺の言い分に納得はしてないようだ。

 「ていうか、未来の奥様ってなんだよ...」

 「あー」

 分かってるくせにと、まるで言ってるように彼女はそう声を出す。

 もしや、アイツに対して奥様なんて呼んでないだろうな...。

 『ご主人様が奥様と結婚すれば、お母様もお喜びになると思いますよ』

 「先の話をするな。俺の未来は俺が決める。俺は俺の為に生きてるんだ

 お前が決める事じゃないぞ」

 『分かりました。確かに俺が口出ししていい領分じゃない

 それじゃあ、ご主人様が良い未来の選択して下さるのを願うだけにしておきます』

 「お前って割りと頑固なんだな...」

 どうやら、彼女は自身の意見を曲げる気なんてないようだ。

◇◇◇◇

 時刻13:00頃、俺は病室に戻り病院の薄味の昼食を食べ終え、ぼんやりとしていた。

 コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 どうやら、誰かが見舞いにでも来たのだろう。

 「どうぞ」

 と、とりあえず、そう言っておく。

 「よう。しっかり、生きてるみたいだな」

 「私としては今からお説教をしたい所だけど......、怪我人にするのは体に悪そうだからしないでおくわ...」

 いつも通りの北上さんと溜め息混じりの金澤さんが俺のいる病室へ入ってきた。

 「どうも...」

 何となく苦笑いで対応する。俺としては今の状況において頭が上がらない。何せ、俺がやった事は

 「お前がやった事は勇気とかじゃない。ありゃ、無謀だ

 今は運良く生きてるが、次、あんな事をしたら次は死ぬぞ」

 北上さんの仰る通り。あれはただの無謀でしかない。見投げと同じで身を捨てたのと同じだ。

 そう言われてしまって、当然の事をしてしまった。

 「俺はお前みたいなバカは好きだがな、勇気と無謀は違う物なんだ

 ...って、それは本人自身、分かってるんだろうけど...

 バカに付ける薬はねぇなぁ...」

 北上さんはやれやれといった感じで溜め息を吐いた。

 「それは、今はどうでもいい

 それより、お前の保護観察から外されたんだ。俺ら」

 「......は?」

 それは突然の事だった。

 それは俺が保護観察から解放されるという事なのか?

 つまり、俺は警察から観察される程の危険人物ではなくなったと認識された?

 いや、そんな訳じゃないだろ。

 「それって、どういう事ですか...」

 お粗末な思考しか持ち合わせていない俺はとりあえず、警察事情に詳しい筈の現役警察官に聞いてみる事にした。

 「そのまんまの意味だ。忍、お前の活躍のせいで俺らはお前の保護観察の任を解かれた。正確には上に俺らの動きがバレただけなんだがな

 それで今度は俺らの仕事を引き継ぐ奴がいる

 ただ、それだけだ。それでその俺らの仕事を引き継ぐ、奴を連れてきたから挨拶させようと思ってな

 とりあえず、入れ」

 「チースッ」

 入ってきたのは金髪に耳にピアスをした二十代前半ぐらいの男性が入ってきた。

 「チャラい」

 思わず、そう口から言葉が出てしまった。正直、こういう見た目の人間は嫌いだ。

 「初めまして、一龍斎(いちりゅうさい)竜聖(りゅうせい)でぇーす

 明日から、斎藤さんの保護観察の担当する事になりました」

 彼は一応、ごく普通に自己紹介をしてくれたが、

 「チェンジで」

 正直、外見の印象からして悪い。

 見た目で判断するのはいけない事だが、そうであってもこの男が俺の保護観察役というのは不服でしかない。

 「酷いな。初対面でそれを言われるとは思いませんでしたよ

 俺の事、そんなに信用出来ないように見えるっすか?」

 「彼はあなたの保護観察者として任されしまっている。それが上からの指示なら絶対よ

 それに彼が北上先輩の言っていた『秘密兵器』よ」

 「秘密兵器......、じゃあ」

 「まぁ、彼がというよりは彼の...と言うべきね」

 「そうそう、俺が警察の秘密兵器

 来い、晶(あきら)」

 そう言った瞬間に茶色に近いような赤髪のショートヘアーに小さなポニーテールのつり目のメイド服を着た少女が現れた。

 その彼女が現れた瞬間に、彼女か銃口を向けられた。

 だが、その同時に彼女の首元に刀身の刃が向けられていた。

 その刃は偲の物であり、偲は突然現れて銃口を向けられたと同時に彼女の背後を取って、後ろから手を回すようにこういう態勢を取っていた。

 「あー」

 彼女から出てくる声は言語ではない。だが、その声にはこの場の誰でもが分かる殺気のあるものだった。

 「速い...」

 赤毛の彼女はそう言葉を漏らす。

 彼女は俺に銃口を向けている。だから、偲は殺意を持って、相手を殺害する一歩手前で止めている。相手が敵なのか、味方なのか分からないから。

 「おい......」

 北上さんは呆れたようにそう口を出す。

 「晶、銃を下ろせ

 斎藤さん、あなたのメイドさんも引かせてもらってもいいですか?

 さっきのただ単にちょっとした小手調べみたいな物なので」

 晶と呼ばれた悪魔はとりあえず、こっちに向けていた銃を下ろす。

 「偲」

 だから、俺も偲に声をかけた。

 「あー」

 偲は分かったと言わんばかり、姿を消失させた。

 「リュウ、そういうのは他所でやってくれ」

 「すいませーん。保護観察する役目になったのはいいけど、保護観察する相手がデビルホルダーって聞いたので

 どれくらい強いのかなって思っちゃいまして

 でも、彼のメイドさん、速いですね

 ねぇ、晶」

 「ねぇ...、じゃないわよ...」

 彼のメイドが主人に対して軽く蹴りを入れる。

 「本当に殺されるかと思ったじゃない!」

 殺す気だったのは間違いない。殺す手前で止めたのは彼女自身、相手の判断がついていなかったからだ。もしも、既に弾丸を発射されていれば、身を呈して盾になり、殺す気の戦闘が始まっていただろう。

 「そう仕向けさせる為にやったんだけどな」

 「あの...、用事がないんだったら、もう帰ってもらってもいいですか?

 一応、俺、怪我人だし。厄介事は御免なんで」

 正直、入院中の怪我人に銃口を向けるような事をしないでほしい。折角、今、生きているんだから、そういう行為を浅はかにやるもんじゃない。

 「あ~、そうですね。俺としては自己紹介と挨拶に来ただけなので

 ああ、それと斎藤さん、学校に行っていいっすよ」

 「は?」

 保護観察されてる身で自由なんて物はない筈なんだが、彼は何でもないように軽くそう言う。

 「斎藤さんは明日から自由の身になるって言ってるんですよ

 俺としては鳥籠の中の鳥を観察しているよりかは、飛んでる鳥を観察してる方がいい

 斎藤さんはまだ学生さんなんですから、ちゃんと青春を謳歌しなくちゃですよ

 もしも、間違いを犯せば俺がどうにかするんで

 あなたの人生はあなたの物だ

 俺があなたに言いたいのはそれだけ」

 「...」

 この男がチャラいと思っていたが、彼が言っている事に何故だか誠実さを不覚にも感じてしまった。

 人間ていうのは現金な物だ。『自由の身』という言葉に俺はただ釣られてしまっただけなのだろう。この男は自分自身の悪魔を俺へとけしかけた。小手調べだと言っていたが、ここらで戦闘になっていたら被害が甚大になっていたに違いない。

 「先輩、俺らはこれで」

 「ああ...」

 一龍斎竜聖は背中を向けて、この部屋から出ていこうとする。

 「一龍斎...さん、......これから、よろしくお願いします」

 彼の外見がチャラいせいか、未だに最初の悪印象は払拭されないものの、これから何かと世話になる筈なのだから。

 だから、俺は彼にそう挨拶をする。

 「俺の事はリュウでいいっすよ」

 そう言って彼はこの病室から出ていった。

 明日はいよいよ、退院だ。退院といっても、結局、明日は学校を休む事となってしまっている。

 それでも、明日は明日で家でゆっくりと休めそうだ。

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