8.賢者と剣聖
状況を整理しよう。
俺は光の速度とは言わないが、おそらく一般的な冒険者では到底出せない速度でリディアの元へ移動した。
にも関わらず、リディアはそこにいなかった。
というか俺が元いた場所に存在した。
ここから導ける事実は、リディアが俺と同等の高速移動が出来るということだ。
更には本来俺がいた場所へと放出されていたブレスが消滅している。
ということは俺が展開した「光の盾」と同様に、モンスターの最高位であるドラゴン種のブレスすら無効化出来る手段をリディアが所持しているということにもなる。
(魔法では――ない)
リディアの稚拙な火魔法は何度も見ている。
火魔法だけが苦手な魔法使いである可能性は考えられるが魔法はベースとなる理論が同じであり、ある魔法だけが得意でその他の魔法があれだけ下手というのも考えにくい。
そもそも二属性の魔法を使える魔法使いすらその絶対数は相当に少ない。
俺があれこれ逡巡していると、リディアの手元がいつもと違うことに気が付いた。
(仕込み杖か?)
リディアの右手はいつも装備している木杖を反転させ、先端部分を柄として握り込んでいる。
その柄からは薄く、それでいて幻想的な光を纏って輝く剣状の金属が伸びていた。
「グルァアアアアア!」
しばらく空気を読んで動きを止めていたドラゴンが、存在を忘れるなとばかりに咆哮する。
「リア!」
「……ん!」
リディアも俺と同様の結論にいたったのだろう。
お互いは守るべき存在ではない。
――対等に並び立つ強者であることを。
(もう隠す必要はないか)
俺は久しぶりに魔法を解放出来ることに心を躍らせる。
とはいえ身体強化のブーストのみだが。
まあ全力で魔法を撃ったらダンジョンが崩壊しかねないので仕方がない。
俺は雷化を身体同様に、愛剣のグローリーソードにも纏わせる。
高速移動と高速斬撃――
俺から繰り出される絶え間ない連撃に、ドラゴンの頭部の片割れは為すすべもなく切り刻まれていく。
刃の潰れたグローリーソードであるが魔法剣として雷を纏い、かなりの硬度を誇るドラゴンの皮膚をもってしても絶えることの出来ない切れ味を有していた。
隣ではリディアが俺に勝る神速の斬撃を繰り出している。
(いや、速すぎでしょ)
リディアの放つ剣速に驚愕しつつも、俺はリディアから教授された剣術理論を惜しみなく開放してドラゴンの頭部へダメージを蓄積させていく。
しかし対峙するドラゴンの挙動に気を配りながらも、俺はどうしてもリディアの動きから目を離せなかった。
(……美しい)
バーバの完成された魔法を見たときはその練達された絶大なる魔力に圧倒され、畏怖の念を感じながらもどこか美しさも感じていた。
今俺の隣で披露される剣戟は、長久の年月を経たバーバの魔術と比較して完成度という面では劣るだろう。
しかしそれでも目に焼き付いて人を魅了するほどの、素晴らしい輝きを放っていた。
同時に俺は悟る――おそらく俺の剣は、このレベルに達することはないだろうということを。
どの分野でも「トップクラス」の実力には、努力をすればそれほど大きな才能が無くても到達できるだろう。
しかし「トップ」になるには恐らく努力だけではどうしようもない壁に突き当たる。
「才能」という壁。
ある分野のトップになるには、「才能」を持った人間が弛まぬ「努力」をして初めて至り得るものなのだ。
それほどの才能の違いを、俺はリディアの剣舞を見ることで痛感させられたのだった。
(おっと、見とれている場合じゃないな)
圧倒的な速度差により、俺とドラゴンとの戦いは一方的なものとなっている。
だがまだ倒し切った訳ではない。
俺は気を引き締め直して剣を振るうと同時に、決着に向けた魔法の構築を行うのであった。
――雷槍
練り上げた雷の魔力を圧縮し、速度の出やすい槍状に魔力の形を変えていく。
このサイズであればダンジョンを破壊することもないだろう。
「悪いな、手加減は苦手でね」
もはや原型が分からないレベルにダメージを負ったドラゴンの頭部へめがけ、リュウジは左手に携えた雷の槍を投擲する。
雷槍の直撃を受けて爆砕する哀れなドラゴン――
こうして魔物筆頭の竜種の一体は、断末魔すら残せずにその生を終えたのであった。
「さて、と」
俺はあれだけの剣舞を見せたにも関わらず、平然とした顔で立っているリディアの方向へと目を向ける。
「驚いたな、どうやら剣の方が本命のようだな」
「……あなたも。やっぱり魔法使いだった」
「あれ、気づいてたのか。うまく隠しているつもりだったが」
「……私もある程度気配察知はできる。ダンジョンで出会った時のあなたは、移動速度が異常すぎた。それに魔法に詳しすぎる。それだけ魔法に詳しい人間は、王都にもほとんどいない」
「あー。言われてみたら結構ボロが出てたな。しかし俺は全然気づけなかったよ。リアが凄腕の剣士だなんて」
「……女は嘘をつく生き物。嘘が上手い」
「一つ勉強になったよ。まあリアが一人前の女性かは置いておい……すいませんでした」
俺の喉元に折れ残った白銀の剣先が突き付けられる。
(この距離だとさすがに敵わないな)
全く反応出来ずに、両手を上げて降参のポーズをとる。
直後、目の前の美しい剣が、ピキッという音と共に崩れ落ちるのであった。
「え?」
「……」
驚く俺とは対照的に、リディアの方は目の前の現象が当然であるという風に落ち着き払っている。
「制約剣か」
「……ん。一度使うと壊れる」
制約武器――
武器に魔力を用いてある一定の条件を課すことで、その条件下でのその武器の能力を引き上げることが出来る。
当然リスクもある。
例えば竜殺しという制約をつけたとすれば竜種に対しての威力は上がるが、多種族に対しては攻撃力が下がる。
リスクが高いほど条件を満たした際の威力は高まる。
所謂ハイリスク・ハイリターンである。
今回のように「一度使用すると壊れる」という高いリスクを課すことは、その武器の能力を各段に引き上げるのであった。
このようにリスクに見合った特典の得られる制約武器であるが、どの武器にでも制約の魔力を行使出来る訳ではない。
例えばミスリルといった貴重な金属を使用した武器とそれに魔力を込める相応の実力を持った魔法使いの存在が両立して初めて、制約武器は完成を得るのであった。
俺が地面に落ちた光る刀身の欠片を観察していると、リディアが徐に口を開く。
「……リュウ、お願いがある」
「なんだ、改まって」
珍しく神妙な面持ちのリディア。
俺は剣の弁償をさせられるのだろうかと戦慄する。
(まあ俺を助けようとして隠していた剣技を披露してくれたようだし、弁償も致し方ないか)
そんなことを考えていた俺にリディアが投げた言葉は
「……私の父に会って欲しい」
まさかの家庭へのお招きであった。