5.精霊王の加護
「何故このようなことに……」
長老の悲哀に満ちた声が、パチパチと燃える炎の音にかき消される程に力無く響く。
そんな嘆く長老の長く伸びた耳に、草木をかき分ける音が聞こえてきた。
「スケルトン程ではないが、中々よく燃えるな」
「はぁ、はぁ。リュウジ殿、飛ばし過ぎだぞ。私をまた置き去りにする気か」
悲壮感漂うエルフの民と対照的な緊張感の無い少年と、その少年とこれまた対照的な、およそ体力的に余裕の感じられない少女の姿が森の中から現れ、長老の視界に映る。
「リュウジ殿!アンナ殿!よくぞご無事で……と言いたいところですが、これは――あなた方のせいですか?」
森の中から姿を現したのは、儀式を終えて駆け付けたリュウジとアンナであった。
リュウジの不穏な発言から察したのだろう――長老はリュウジとアンナを鋭い眼光で睥睨し、怒気を帯びた詰問調で話しかける。
「ああ、そうですよ。俺が魔法でちょちょいとね。邪魔なものは燃やした方がいいでしょう?」
リュウジは燃えるエルフの民と魔物を、サムズアップした親指で軽く指しながら、抑揚のない平坦な口調で長老に同意を求めるのだった。
「なんてことを……!あなたには人の心はないのか!」
その問いを受けた長老は反射的にリュウジに詰め寄り、襟を激しく揺さぶりながら感情を露わにする。
「あー、なんか勘違いしているみたいですけど。俺は本当に邪魔なものを燃やしただけですよ?」
「貴様!この期に及んでまだ言……う……あれ?」
リュウジと長老が問答をしている間に、音を立てて燃えていた炎は勢いを無くし、いまや地面に僅かな名残を残すのみとなっていた。
燃え盛る炎があった場所には、突然全身を覆う糸が無くなり戸惑うエルフ達と、その身を燃やし尽くされ魔石となったキラーアントの魂の欠片が残るのみであった。
「魔物も糸も邪魔でしょう?何故か妙に魔法の精度が良くなったので、試運転も兼ねて燃やしてみました」
そういって爽やかに笑うリュウジ。
誤ってエルフごと燃やしてしまう可能性をほとんど無視するほど、リュウジは己の魔法コントロールに自信を持っていたのだろう。
そう周囲の人間が感じ取れるほど、リュウジは落ち着き払った様子で長老に告げるのだった。
「……なるほど。どうやらあなた方も精霊王様の加護を受けたようですね。取り乱してしまい申し訳ありませんでした。エルフを代表してこのモーネ、お礼申し上げます。一族の危機を助けていただき誠にありがとうございました」
長老がリュウジに向かって深々と首を垂れる。
「それよりもよく私たちの居場所がわかりましたね?本来人族の魔法では私たちを感知することは難しいはずですが」
一族の危機が去り、冷静さを取り戻した長老が、ふと感じた疑問を口にする。
「ああ、それも試練を乗り越えたおかげでしょうか。魔族領でかなり力を制限されていた魔法が、元と同じかそれ以上に使える気がするんですよ」
広げた手のひらを見ながら、自分でも不思議そうに解説するリュウジ。
「それはきっと精霊王様の加護のおかげでしょう。そのことについては後ほどご説明させていただきたいと思います。まずはこれからのことをお話しさせてください」
長老がそういった瞬間だった。
「リューーージーーー!」
小柄なエルフがリュウジの名前を叫びながら、リュウジの胴体へと突撃する。
「お、フィーナ。無事だった……むぐっ」
微動だにせずフィーナの突進を受け止め、フィーナの無事を労おうと声を掛ける途中で、口を塞がれるリュウジ。
背の低いフィーナがリュウジの首に手を回してリュウジに飛び掛かり、唇を重ね合わせたのだった。
「皆を助けてくれたお礼。……続きは後でね?」
片目を瞑って瞬きするフィーナ。
ほんのり顔を赤らめている。
周囲のエルフ達からひゅーという冷やかしめいた歓声があがる。
何故かアンナだけは口を尖らせており、何とも言えない微妙な表情をしているのだった。
一先ず脅威がさったエルフの民。
その夜は精霊王による結界が無くなったため、集落に戻ることをせずに、マナの樹を一時的な拠点としていた。
例によってリュウジが土魔法でぽんぽんと建物を構築してしまい、マナの樹周辺には元の集落並の構造物が立ち並ぶ。
「俺達の今までは一体……」と嘆く何人かの成人エルフを尻目に、エルフの子供たちは次々に出来る建物に大はしゃぎでリュウジの側を走り回るのだった。
リュウジが拠点を建設する間、長老を始めエルフの民の主だった者は今後の方針を会議するとのことで、マナの樹のふもとに建てられた比較的しっかりとした作りの住居に集まっていた。
話し合いが終わりエルフたちは解散したが、長老はリュウジに話があるとのことで、長老とリュウジが二人で話をすることとなった。
「まずは改めてお礼させてください。フィーナの護衛から魔物の討伐まで、本当にありがとうございました」
長老とリュウジが向かい合った一室で、長老はリュウジに向かって深々と頭を下げたのだった。
「いや、俺は大したことはしていないですので気にしないでください。むしろ何故か魔法が上達したので、俺にとってはむしろラッキーでした」
リュウジの本心からの言葉だった。
「……本当にあなたという人は。そういえば説明がまだでしたね。リュウジ殿の魔法のことですが、おそらく精霊王様の加護がその原因でしょう。そして厳密にいえばリュウジ殿の現在使っている魔法は、以前あなたが使用していた魔法とは別の物です」
「別の物?」
長老の言葉に驚きの色を隠せないリュウジ。
そんなリュウジに構わず長老は言葉を続ける。
「そう。そもそもあなた方人族が使っている魔法は、魔族が独自に編み出した魔法――便宜的に”魔族魔法”とでも呼びましょうか。それを人族が使えるようにアレンジしたものが、あなたが元々使用していた”魔法”なのです」
長老から語られる事実に、息を飲んで聞き入るリュウジ。
軽くうなづきを返し、長老に次の言葉を促すのであった。
「そしてその魔族が作り上げた”魔族魔法”は、元を正せば我々エルフが精霊王様の加護を受けて行使する魔法――”精霊魔法”を真似た、魔族用の魔法なのです」
その後の長老の話をリュウジは自分なりに解釈する。
魔族の使用する魔法とそれを真似た人族の使用する魔法は、その魔法を行使する人間の内に秘められた魔力を外に向かって解放するものである。
精霊魔法は内に秘められた魔力だけではなく、大気中といった人体の外部に存在する魔力をも行使できるものであり、規模が大きく違うとのことだった。
魔族領で人族だけが上手く魔法を使えないのは、人族の持つ魔力がスムーズに体外に放出出来ないように、魔族側が妨害電波のようなものを流しているからであり、それは魔族魔法が人族の使用する魔法の上位互換であることから可能なのだという。
妨害電波は魔族魔法の上位互換である精霊魔法には影響がないため、精霊王の加護を受けて精霊魔法を行使できるようになったリュウジは、元以上に魔法を使えるようになったのだった。
「精霊王様の加護を受けたリュウジ殿とアンナ殿はもはや我々の同族といってよいでしょう」
長老が説明を終え、リュウジに暖かな笑みを向ける。
「そしてこれからのエルフ族ですが――リュウジ殿、あなたに付き従いどこへなりともお供させていただきたいと思います」
神の悪戯かエルフ族の悪戯心が暴発したのか――
エルフ族の出した結論に虚を突かれ、何の反応も出来ずに石像のように硬直するリュウジであった。




