4.招かれざるもの
(お願い、間に合って……!)
ひたむきな願いを胸に宿し、森を駆ける小柄なエルフの少女。
フィーナは精霊王からもたらされた、”結界の消滅と魔物の侵攻”という事実を里の皆に伝えるため、儀式の間から持てる力の限りを尽くして走るのだった。
儀式の間から抜け道を利用し外へ、そこから里までの距離は僅かではあった。
程なくしてフィーナは里へと到着する。
「う、そ……」
質素ながらも自然との調和が取れ、美しかったエルフの里。
今フィーナの目に映るのは、趣ある木造建築物の全てが倒壊し、農作物で溢れていた田畑は無残に踏みにじられ、およそ人の気配は感じられない廃村の様を呈した光景であった。
「長老!アレン兄!フィオレ姉!誰か、誰かいないの……?」
フィーナの必死の呼びかけは空しく虚空を彷徨う。
カラン――
何かが落下し地面を打つ音がフィーナの耳に感知され、瞬間的にフィーナはその音のする方向へ向かって走り出した。
建物の倒壊によって崩れた木材の奥から、小さな鳴き声が漏れる。
「……ひっく……ひっく」
「……プリエ!良かった……無事で……」
遮る木材を除去した先にいた、体育座りをするエルフの少女。
フィーナはべそをかく少女を優しく抱きしめながら、自身も涙を流すのであった。
「フィーナお姉ちゃん……うぅ、怖かったよぅ」
「プリエ、私がいるからもう大丈夫。教えて、何があったの?」
溢れる涙を右手の裾で拭き、いつものふざけたお気楽な態度をどこかへ捨て去って、フィーナは真っ直ぐにエルフの少女を見つめて問いかける。
村に残された少女の話によると、突然魔物が襲来し、成人したエルフたちが防衛に回ったものの、魔物の勢いに押されて逃亡を余儀なくされたとのことだった。
少女はかくれんぼをしており、倉庫の壺の中に隠れていたため難は逃れたが、そのまま置いていかれてしまったらしい。
魔物と交戦中、少女を呼ぶ大人のエルフ達の声が聞こえたが、魔物の唸り声が怖くて壺から出ることが出来なかったようだった。
「うん、大体のことはわかったわ。ありがとう、プリム。それで皆はどこへ行ったかわかる?」
「……ごめんなさい。でもちらっと”マナの樹へ引くぞ”って叫ぶ声が聞こえた気がする」
マナの樹――エルフの里周辺に張られた結界の中心点に位置する樹齢不明の大樹である。
豊かな食用植物や果実の木、澄んだ湖が付近にあり、エルフの里の生活の支えともなっている。
簡易的な住居といった建築物もあり、エルフの里に次ぐ第二の拠点ともいえる場所だった。
「マナの樹に避難した可能性は高そうね……。プリム、私は皆を追うわ。あなたは危ないからもう少しここに隠れていて。後で必ず迎えにくるから」
「……うん、わかった。約束だよ、フィーナお姉ちゃん」
そういって無理に笑顔を作る少女。
本当は一人で残るのは怖いのだろう、全身が小刻みに震えている。
フィーナはその震えを鎮めるように、最後にそっと少女を抱きしめて、マナの樹へと向かうのであった。
◆◆◆
「喰らえ、化け物ども!」
エルフの叫びとともに放たれる無数の風の刃。
巨大蟻の魔物、キラーアントの大群がそれに相対する。
「くそっ、なんて装甲だ!」
目の前の戦果に思わず恨み節を上げるエルフの男性。
キラーアントの強靭な甲殻の前に、エルフが放った攻撃の数々は無効化されるのだった。
マナの樹のふもとで繰り広げられるエルフ対魔物の軍勢の戦闘。
長く結界に守られ、碌に戦闘を経験してこなかったエルフの民たちは、圧倒的な劣勢に立たされていたのだった。
攻撃が全く通じないものの、マナの樹に到着してからは一切の被害が無い。
それは偏に、エルフの長老によって新たに張られた結界によるものであった。
「皆さん聞いてください。私の結界はそう長くは持ちません。ここで私が結界を張っている間に、それぞれ別方向に逃げてください」
「長老、何を……」
「種を絶やす訳にはいきません。僅かな人数でも生き残れば、いつか再建の時はきます。それに……不幸中の幸いでしょうか、フィーナも恐らく無事でしょうから」
血の気の多い幾人かのエルフが長老の言葉への憤りを示しかけたものの、終ぞ言葉となることは無かった。
幾度となく阻まれる自分たちの攻撃に、嫌でも現実を理解させられていたのだろう。
そして”フィーナも無事”という言葉により、長老の提案に異を唱えるものは一人として現れなかった。
皆がこれから続くであろう長き逃亡を思い、陰鬱な表情を浮かべる。
そんな彼らに追い打ちをかけるかのように、長老の結界が破られようとしているのだった。
「皆、早急に出立を!私も後から続きます!」
長老の激が飛ぶ。
しかし誰一人としてその場を動くものはいなかった。
「皆さん……なぜ……?」
「長老が今言ったことだろう?僅かでも生き残れば種の再建は出来る――と。フィーナが生きているなら、きっとエルフの未来は大丈夫だ。もしかしたらプリエも生きているだろうしな。俺達で少しでもあいつらの逃げる時間を作ろうじゃないか」
エルフの戦士長といったところであろうか、エルフの中でも一際体格の良い、大剣を携えた男が長老に力強く提言する。
「あなたたちは……全く。本当に長老の言うことを聞かない人達ですね」
そういいながらもどこか誇らしげな長老。
長老やフィーナは比較的フラットではあるが、エルフの民は基本的に排他的な民族である。
逆を返せば、身内にはとことん情の厚い民族ともいえる。
この場で長老を見捨てて逃げるという選択肢を、彼らはもっていなかったのだった。
「キシャァァァァ!」
エルフの民たちのやり取りとはお構いなしに、結界に向かって自慢の爪と牙を突き立てるキラーアントたち。
魔物によるエルフの民への蹂躙は、目前まで迫っていたのだった。
「ギヒャァァァァ?!」
そんな驚異の対象が、突如泡を吹き、その場に崩れ落ちる。
「皆、お待たせ!」
「フィーナ!?」
再会も束の間、フィーナが羽織っていたマントの中から何本ものナイフを指にはべらせ、それらをキラーアントの甲殻と甲殻の隙間に寸分もたがわず放っていく。
ナイフに塗られた毒により、瞬く間に十数体のキラーアントが地に沈むのであった。
「フィーナ、いつの間にそんな技術を……?」
エルフの男性から思わず疑問の声が漏れる。
それもそのはずである。
フィーナは基本的に戦闘は得意でない少女というのが、エルフの同胞からの評価であった。
「細かいことは気にしないで!そんなことより皆キラーアントの眼や関節を狙って!後は私が止めをさすから!」
フィーナの鬼気迫る言葉に、ようやく自分たちの置かれた危機的な状況を思い出したのだろう。
エルフの戦士たちはそれぞれの得物を手に取り、反撃に移る。
エルフの戦士たちにより僅かに足止めを喰らったキラーアントに、フィーナのナイフが刺さる。
何度かの交戦を終え、数十のキラーアントが葬られ魔石と化していったが、一向にその数が減った感がしないほど、後から後からと湧いて来るキラーアントの群れに、エルフの戦士たちは辟易するのだった。
「くそっ、キリがないぜ!」
大柄なエルフが手に持った斧を振り抜き、舌打ちをする。
フィーナも体力の限界が近いのだろう。
序盤の風神のような動きは鳴りを潜め、陰りが見えてきている。
「まだ、倒れる訳には……なっ!」
気力を振り絞り、己を奮い立たせるフィーナ。
そんなフィーナを嘲笑うかのように、白く柔らかい粘着質の糸が四方から飛び掛かり、フィーナを包み込むのだった。
「フィーナ!」
「くっ、動きが……」
もがけばもがくほど絡みつく糸に、フィーナは完全に動きを封じられる。
フィーナを助けようと近づくエルフの戦士にも容赦なく糸が襲い掛かり、フィーナと同様の結末を迎えるのだった。
「気を付けろ!蟻のなかに糸を吐く個体がいるぞ!」
叫ぶエルフの戦士にも糸は降りかかる。
もはや戦場は完全に魔物の独壇場と成り果てていたのだった。
「全員、逃げなさい!これは長老命令です!早く!」
長老の叫びも空しく、次々に降りかかる魔物の糸。
気が付けばエルフの戦士は全て糸に囚われ、結界の内側にいた長老と女子供のみが残る状況となる。
そして次の瞬間だった。
長老の視界は朱に染まっていた。
糸に絡められていたエルフ達もろとも、魔物の群れが一瞬のうちに赤い炎に包まれている。
目の前で燃える同胞と魔物に、最早声も出せずに立ち尽くす、残されたエルフの民であった。




