2.儀式
「じゃあさくっと行ってくるね!」
「あ、ああ。気をつけてな」
「……」
フィーナが儀式の間へと走り去っていく。
残された俺とアンナ。
俺がアンナの方へ「これからどうする?」と問いかけるため振り返ると、アンナは穢れたものを見るように俺を見つめて距離を取り、無言を貫くのであった。
◆◆◆
それはエルフの里での二日目の朝のことだった。
一日目はひとまず長老の家に厄介になり、俺達は豪華な夕食に舌鼓を打つ。
俺とアンナはそれぞれ個室も用意してもらい、寝床の確保もばっちりである。
二日目の朝、俺はエルフの技術の粋を集めた寝具により魔王との激闘の疲れも回復し、魔力も全快で朝の目覚めを迎える。
(ああ、それにしても寝心地良すぎだろこのベッド……。これは人間をダメにするな)
俺はベッドの柔らかさを確かめるために、布団の中に手を入れる。
ふにふに。
「あっ……」
うむ、柔らかい。
ふにふに。
「んっ……」
何故だろう。
俺が揉むたびに謎の嬌声が布団の中から巻き起こるのだった。
俺は徐に布団を捲ってみる。
「あ……お兄ちゃん、お早う……」
「何故フィーナがここにいる……?」
「あれ、昨晩の事覚えてないの?あんなに激しかったのに……」
そういって上目遣いで俺の事を見て来るフィーナであった。
俺は一先ず落ち着いて自分の記憶を探ってみる。
エルフの里はどうやら良い葡萄が取れるらしい。
そして昨晩その葡萄で作られたワインをしこたま飲んで、その後の記憶がない。
長老もかなりの酒好きのようで、久しぶりの客人に喜びを隠せなかったのだろう。
美味しそうにワインを飲む俺に次から次へと違う種類のワインを出してくる。
そして俺も調子に乗って全てのワインを空けてしまったようだった。
エルフのワインもどうやら人をダメにするらしい。
俺はエルフの恐ろしさを一晩で思い知ったのだった。
「思い……出した?」
指を口に当てて体をくねらせながら俺に問いかけるフィーナ。
うむ、あまり色っぽくない。
どうやらエルフの15歳は人間の10歳位に相当するようだ。
起伏のないスレンダーな体型の女児には、いくら女性に免疫の無い俺の体であっても反応を示さなかったのだった。
(とはいえこの状況はまずい)
事実がどうであれ、この場面を誰かに見られるのは色々と誤解を生む恐れがあった。
コンコン
とても良いタイミングで寝室のドアがノックされる。
焦りに焦った俺がともかくもベッドを離れようとし、立ち上がろうとしたところで
「えいっ☆」
下からフィーナが抱き着いてきたのだった。
フィーナに抱き着かれ、バランスを崩した俺はフィーナに覆いかぶさるような体勢になる。
そして運命の扉が開かれるのだった。
「リュウジ殿入るぞ。そろそろ朝食の時か……ん……」
「いや、アンナこれはだな」
俺は二日酔いでよく回らない頭のまま状況を説明しようと試みる。
そこへ
「うぅ……ひっく……お姉ちゃん、助けて……」
フィーナの先制パンチが見事に炸裂したのだった。
アンナが肩に担いだウィクトーリア家に代々伝わる家宝の槍を静かに下ろして構えを取る。
「アンナさん、落ち着いて話をしよ……ぶはっ」
有無を言わさずとは正にこのことを言うのだろう。
今まで見たアンナの突きの中でも最速のそれが俺の顎部をヒットする。
(腕を上げたな、アンナ)
二日酔いで風の鎧の構築すら間に合わず、人体の急所に直撃を受けた俺は本日二度目の深い眠りに就くのであった。
数刻後に俺は再び目覚めの時を迎え、食事を摂りに長老宅の居間へと向かう。
居間へとたどり着いた俺に
「昨夜はお楽しみでしたね」
皺だらけで表情はよく読み取れないが、笑いを湛えた雰囲気で俺に話しかける長老。
(この爺さん、俺の部屋にフィーナが忍び込んだことを知ってて放置しやがったな……)
どうやらエルフは老若男女問わずに悪戯好きらしい。
俺はその事実を深く心に刻むのだった。
その日の午後に、俺とアンナとフィーナの三人は、長老に見送られエルフの里を後にする。
エルフの里から儀式の行われる洞までは10㎞程であったため、のんびりと徒歩での移動となった。
”竜牙洞”
それが今回の目的地の名である。
洞の天井からは長い年月をかけて生成された鍾乳石が所狭しと垂れ下がり、その鍾乳石から滴り落ちる水滴が神秘的な輝きを放っている。
洞内は青く澄んだ空気に満たされており、呼吸に伴って静かに肺を冷やすのだった。
エルフ達からは儀式の洞として位置づけられているが、アインス国でいうダンジョンと酷似しており、恐らく大差ない存在なのであろう。
魔物やトラップの類で洞は満たされており、彼らはその活躍の場を逃すまいと意気揚々と待ち受けるのだった。
俺達三人は洞窟内をひたすらに進む。
そしてただ一度も魔物やトラップと遭遇することも無く、精霊王から加護を受け取ることの出来ると言われている儀式の間入口へと到着したのだった。
「俺達ついてくる必要があったのか……?」
元々長老からは基本的に手出し無用であるとは言われていた。
本来一人で儀式を受けるのが通例で、俺達はあくまでも万が一の場合の保険扱いということであり、俺も余程のことが無い限りは助け船を出さないつもりであった。
そしてただひたすらフィーナに「こっちだよー!」と指示された通りの道順を辿った結果、何一つ危機的状況に陥ることもなく、あっさりとゴールへと至ったのである。
「じゃあさくっと行ってくるね!」
「あ、ああ。気をつけてな」
「……」
フィーナが儀式の間へと走り去っていく。
残された俺とアンナ。
重苦しい沈黙が辺りを支配する。
それから俺たち二人は、フィーナが儀式を終えて戻ってくるまでの間、ひたすらに無言のままの時を過ごすのであった。
「いくら何でも遅すぎやしないか?」
どれくらいの時が経過したか正確には計測していないが、体感的には一時間は経過したように感じる。
「……そうだな。儀式がどのようなものかはわからないが、少し様子を見に行こうか」
ようやくアンナが重い口を開く。
そして意見の一致した俺とアンナは儀式の間の扉を開き、内部へと歩を進めるのであった。
儀式の間は薄暗く、大精霊を具現化したものだろうか―-人型の石像らしきものが放つ光のみが光源となり、周囲を微かに照らしていたのだった。
俺たちは像へ向かって進み、像から数メートルの距離まで近づいたところで地面に横たわる小柄な人影を認識する。
「フィーナ!」
特徴的な緑がかった後ろ髪が暗闇に浮かぶ。
俺の叫びにも一切の反応をみせず、フィーナは伏臥し続けるのであった。




