23.激闘の果て
「……はは、もう空っぽだ。MPも碌に残っちゃいない。降参だよ」
リュウジの白旗宣言である。
最終戦は一体どれくらいの間戦っていたのだろうか。
気が付けば辺りは赤く染まり、決闘の行われた丘は夕日に照らされ哀愁を漂わせていた。
「……よもや妾がここまで手こずらせられるとはの。黒いの、名は何といったかの?」
「おい、今更だな。俺はリュウジだ。リュウジ・トドロキ。初めて遊んだ人間として覚えておいてくれよ?」
「ふふ、リュウジか。中々に良い響きよの。そういえば妾も名乗ってはいなかったな。我が名はシルヴィアじゃ。魔王シルヴィアである。冥府でもその名を出せば多少は優遇されるかもしれんぞ?」
そういってシルヴィアは屈託なく笑う。
(こうしてみれば魔族も人間も変わらないな。それに――)
かなりの美少女だ。
魔族特有の褐色の肌と対照的に光り輝く銀色の髪。
長くたなびくその髪は、動きやすいようツインテールに結われている。
そしてルビーのように煌めく大きな瞳。
少し得意げな顔で笑うその姿は、小説に出てくるようなお転婆姫を連想させた。
(出会い方が違えば友人になれたかも)
リュウジは敗北したにも関わらず、どこか穏やかな気分で最後の時を待っていた。
(自分の全力を出せると、気分がすっきりするんだな)
リュウジがそんな風に自分の感情に折り合いをつけていると、
「さて、名残り惜しいがお別れじゃな」
「ああ、出来れば一瞬でやってくれよ」
「任せておけ、妾はまだまだ余力があるのじゃ。その程度のことは造作もないぞ」
強がりではないのだろう。
実際俺はシルヴィアに数える程しか有効打を与えることが出来なかった。
シルヴィア曰くそれでも結構すごいことみたいだが。
後悔があるとしたら――
(シルヴィアにも全力を出させてやりたかったな)
恐らくシルヴィアも自分の全てを出し切る体験というものは、したことがないだろう。
俺が味わった爽快感を、出来ればシルヴィアにも味あわせて上げたかった。
剣を交えたもの同士による奇妙な友情が、リュウジに僅かばかりの心残りを生じさせたのである。
「さて、それではの。来世で会おう、人間の英雄、リュウジ・トドロキよ」
シルヴィアが一切の躊躇をせず愛剣を頭上にかざす。
後は振り下ろすだけ――というところだった。
「な、何だ?これは……強制転移!?」
何の前触れもなく、突如訪れた異空間への誘い。
俺と俺の横で眠るアンナを、果てのない漆黒が包み込む。
声を上げる間もなく、リュウジとアンナは闇に飲まれ、その場から消失するのであった。
「ずいぶん無粋な真似をするではないか、カオスよ。神は地上の争いに関与せんのではなかったかの?」
シルヴィアはこの現象の犯人に心当たりがあったのだろう。
何もない虚空に向かって、言葉を投げかけるのであった。
「ソウ怒ルナ、シルヴィア。チト古イ友人ニ頼マレテナ。カノ少年ヲココデ死ナセル訳ニハイカナカッタノダヨ。ソレニ……」
姿は見えないものの、声と思しき音声が、シルヴィアの脳内に直接響いて来る。
「それに、何じゃ?」
「オ主モ殺スツモリハ無カッタノダロウ?」
「ふふ、どうかの。まあ奴に伸びしろを感じたのは確かじゃ。リュウジはまだまだ美味しく実りそうじゃのう」
恍惚とした表情を浮かべるシルヴィア。
状況が分からず戸惑うビフロンス。
「時にカオスよ、お主はリュウジ達をどこへ飛ばしたのじゃ?」
「アア、ソレハナ……」
◆◆◆
「ここは?」
俺はさっきまでシルヴィアと戦っていて、自分とアンナが空間転移魔法で飛ばされたところまでは覚えている。
転移直前のシルヴィアの驚いた顔から、恐らく俺達を転移させた人物はシルヴィア達ではないだろう。
「いったい誰が……?」
当然俺の疑問に答えてくれる者はいない。
ただ少なくとも命は助かったようだ。
俺は謎の存在に感謝することにした。
(さて、とりあえず生きていたとはいえ状況は……)
俺のMPはほとんど枯渇している。
異空間に収納していた回復薬の類もすべて使い切ってしまった。
(しばらく魔法は使えないな。更に魔法の出力的に、まだ魔族領のようだ)
俺は風の鎧の発動を停止しているが、気配察知の魔法使用時に魔法の出力を確かめる。
幸い周囲に魔物はいないようなので、しばらくはここでMPが自然回復出来そうだ。
俺が後ろにあった大樹に寄りかかりながら、今後のことを考えていると、
「……ん」
隣で寝ていたアンナが目を覚ましたようだ。
「おはようございますお姫様。ご機嫌麗しゅう」
「……リュウジ殿、ここは?そして誰がお姫様だ」
「寝顔が可愛かったのでつい。まあ元気そうで何よりだよ」
「ななななな、何を言っている。そういう冗談は姫様の前でやれ!って駄目だ!姫様にそのようなことをするのは許せん!」
アンナはいい感じに混乱しているようだ。
アンナをからかって落ち着いた俺は、アンナへこれまでの経緯を説明する。
「そういえば貴様、よくも私を殴ってくれたな」
「あ、覚えてらっしゃいますか。その節はどーも」
「どーも、ではない!まあ貴様のことだ。どうせ私だけでも逃がそうとしたのだろう?」
「よくお分かりで」
「……余計なことを。しかしまあ、あれだ、その……ありがとう」
最後の部分は消え入りそうな声であった為、リュウジには届かなかったようだ。
「ん、何か言ったか?」
「い、いや、何も言っていないぞ。さてリュウジ殿、これからの事を考えようではないか!」
「何だかごまかされたような……。まあいいか、これからの事を考えないといけないのは確かだからな」
唯一間違いないのは、ここが魔族領であるということだけである。
ただやけに周囲が明るい。
生命の光に満ちているというか、周囲には見渡す限りの樹木があり、そのどれもが太い幹を惜しげもなく伸ばし、天高くそびえ立っている。
「何故人間がここにいる?」
唐突に静寂が破られる。
(馬鹿な、気配は感じなかったぞ……)
自分の気配察知は魔王すらも捉える性能を持っている。
その気配察知をかいくぐって現れた存在に、リュウジは不意をつかれた格好になる。
そして恐る恐る声のした方へ首を向けるとそこには、切れ長の耳を持つ、ファンタジーに欠かせない「エルフ」と思しき外見を持った存在が、険しい顔でこちらを睨んでいるのであった。




