22.敗北
「おやおや、この程度か。人間とは脆弱な生き物よのう」
派手に吹き飛ばされ、地面に這いつくばっているリュウジを見ながら、少女は興の失せた顔を見せる。
それに対してビフロンスが、呆れ返った様子で苦言を呈す。
「魔王様、この者は人間にしてはかなりのレベルかと。そもそも魔王様の初太刀を躱せる者は、魔族でもそれ程多くはおりません。先ほど魔王様の背後を取った動きも見事でした」
「ふむ、そんなものかえ。やはり妾を満たしてくれる存在には中々巡り会えぬものよの」
「それこそ魔族の中でも数える程でしょう。あまり我儘を言ってくださるな」
魔族二人がそんなやり取りをしているところに、ようやくアンナが戦場にたどり着く。
「はぁはぁ、全く、わかってはいたが何てスピードを出すのだ。少しは自重を……リュウジ殿?」
全く無傷の魔族と遠くで倒れるリュウジ。
リュウジの強さを訓練で嫌というほど思い知らされていたアンナにとって、目の前の光景は寸刻の間では理解しがたいものだった。
「馬鹿な、リュウジ殿が……。貴様ら、何か卑怯な真似でもしたのではあるまいな!」
「ふふふ。冗談がきついぞ、赤いの。正真正銘真っ向から切り伏せただけじゃよ?まああの黒いのは人間の中ではそこそこ出来るようじゃから、信じられぬのも無理ないかもしれんがの。何ならお主も儂と遊んでみるかえ?」
嘘を言っているようには見えない。
アンナはようやく、リュウジが敗北したという事実を受け入れたのだった。
「……いいだろう。このアンナ・ウィクトーリア、一人の騎士として貴殿に挑戦させてもらう」
「くくく、中々に気丈なことよ。弱者をいたぶるのは趣味ではないがのう。まあ震える強気な少女を叩き伏せるのも、余興としてはよいかもしれぬな」
「ぬかせっ!」
挑発されたアンナが、怒りに任せて突撃体制を取る。
「遅いな」
アンナと少女の実力差は歴然としており、アンナの突進は軽く回避される。
そしてがら空きの背後にめがけて少女の凶刃が振り下ろされたのだった。
死――
アンナに降り注ぐはずだった大剣は、すんでのところでピタリと動きを止める。
少女が動きを止めたのではない。
何かの力で止められていたのであった。
「おいおい、うちの大事な部隊長さんを、あんまり虐めてくれるなよ?」
「……ほう、まだ息があったか、黒いの。中々に味な真似をしてくれる」
リュウジの姿を見ると、それまで身に着けていた黒いローブは脱ぎ捨てられ、簡素な胴着姿となっている。
更に足元にはリストバンドやアンクルといったものが無造作に散乱していたのだった。
「ほほう、制約防具じゃの。見たところ自身の力を押さえつける効果……といったところかの?妾相手に手加減とは、妾もなめられたものじゃな」
少女はなめられたといいながらも、憤慨しているというよりは、これからの戦いに思いを馳せ、むしろご機嫌な様子である。
彼女に二つ名をつけるとしたら、”バーサーカー”という言葉が相応しいのかもしれない。
「へぇ、見ただけで効果がわかるのか。ただの戦闘狂じゃなくて、魔法にも詳しいんだな。ご明察の通り、これらは制約の防具でね。自身の能力低下と引き換えに、成長力を増加させる効果を付与しているのさ」
リュウジが得意げに説明する。
制約防具――所謂リストウェイトやパワーアンクルといったものの強化版である。
やり込みには効率化が必要だということで、バーバに頼んで制作してもらった特製の防具であった。
「さて、反撃開始といきますか」
リュウジは手に込めた力を強める。
少女の体が何かに引っ張られるように地面を離れ、大剣ごとリュウジの元に引き寄せられるのであった。
「はっはっは、中々に面白い能力よの。さしずめ”見えない魔法の鎖”といったところかの。このような魔法を味わうのは初めてじゃわい。やはり妾の見込んだ通り、楽しませてくれるのう」
「そうかよっ!それじゃあこいつはおまけ……だっ!」
リュウジの左手が魔力の煌めきを発する。
水魔法と火魔法の融合魔法――
リュウジの持つ魔力を存分に充填させた魔法が、鎖で引き寄せられた少女と衝突して、辺りを揺るがす巨大な爆発を引き起こすのであった。
(やったか?)
手ごたえは――あった。
強力な水蒸気爆発を引き起こす水と火の融合魔法。
相反する二つの属性の同時展開には、相応に準備時間がかかる。
更に少女の強固なガードを突破するために、十分に魔力を練り上げる必要があった。
リュウジは死んだふりをしながら、密かに魔力を溜めていたのである。
爆発によって巻き起こった砂塵が止む。
そこには漆黒の翼に包まれた、無傷の少女の姿があったのだった。
「……はは、参ったね。化け物かよ、あんた」
「ふふ。うら若き乙女に対して酷い物言いではないか?しかしその様子では、今度こそ種切れのようじゃの。まあ中々に楽しい一時じゃった。お礼に苦しまずに介錯してやろう」
(……短い異世界ライフだったな。まあもしかすると、死んだら日本に帰れるかもしれない)
不思議と俺に死の悲壮感は無かった。
異世界での生活――そもそも今異世界で生きていること自体が異様な事態なのである。
(未練が無い訳ではないが……ん?何を騒いでいるんだ……?)
「おい、リュウジ殿!何を勝手に諦めている!」
「……ああ、アンか。悪いな、ちょっと俺の手に負える相手ではないらしい。そうだな、最後の責任位は果たそうか。俺が出来る限り時間を稼ぐから、その間に逃げ延びてくれ」
「何を馬鹿なことを……!貴様、私を侮辱するのか!必ず二人で生きて姫様の元に戻るのだ!」
(ああ、そうだった。こいつはこういう人間だった。芯の強い、最後まで諦めない頑固者。……でも、本当に真っ直ぐでいい奴だよな)
「ああ、アン、悪かった。俺が間違っていたよ」
「おお、わかってくれたか!それでは二人で協力して奴を……リュウジ殿何、を……?」
敵に挑まんとして背を向けたアンナの首に、俺は手刀をお見舞いした。
俺からの不意打ちに、無防備だったアンナは為すすべなく意識を刈り取られ、力なく地へと沈む。
「俺が間違っていたよ。アンは言っても聞かないからな」
アンナに説得は通じない。
短い付き合いであるが、この直情的な赤毛の少女の性格は、概ね把握していたリュウジであった。
「仲間割れかの?人間とは奇妙な行動を取るものじゃの。それとも恐怖で錯乱したかえ?」
「いや、俺は至って冷静だ。その上で頼みがある。もう少しだけあんたを楽しませてやろう。だからこの赤毛の少女と、さっき俺といた少年や少女達は見逃してくれないか?彼らは力も俺より数段劣るし、あんたにとって何の害にもならない存在だ」
「ほう、己を犠牲にして仲間を護るというのか。人間とは面白い生き物じゃのう。よかろう、その約束は魔族の長として、違えることは無きよう計らおうぞ」
「魔王様!何を勝手な!」
魔王の提言に、もはや偽装も忘れて叫ぶ初老の男。
「黙れビフロンス。妾の決めたことに不服を唱えるというのか?」
「い、いえ。失礼いたしました。魔王様の仰せの通りに」
「へぇ、あんた魔王様だったのか。道理で強い訳だ。あんたみたいのが他にうろうろしてたら、人間側は今頃壊滅しているだろうし、変だとは思ったけど」
「ふふ。中々の役者じゃったろう?さて、魔王直々の約束じゃ、仲間のことは案ずるでない。心残りなく向かってくるがいいぞ」
「ああ、ありがたい。これで本当に出し惜しみなく戦えそうだよ」
リュウジを纏う魔力が一層の濃密さを漂わせる。
「これはこれは。どうやら本当にまだまだ楽しめそうじゃの」
魔王を彩る漆黒のオーラが姿を現す。
リュウジと魔王――二人はお互いに笑みを浮かべ、日が暮れるまで遊戯を続けるのだった。




