21.魔族と人間
「いやはや、中々に面白い見世物だったぞ」
漆黒の巨大な翼を持つ少女が、拍手交じりに言葉を放る。
いや、少女という表現は不適切だろうか。
幼さの残る外見とは裏腹に、その佇まいは威厳ともいえる、ある種の風格を伴っていた。
(この少女は相当危険だな)
リュウジの第六感とも言うべき気配察知がざわつく。
(恐らく俺とリディア以外だと相手にならないだろう。仕方ない、たまには隊長らしいところを見せますかね。まあ戦いを回避出来るならそっちの方が楽だけども)
そんな風に考えたリュウジが、空に浮かぶ魔族の二人に声を掛ける。
「あー、あんたらただの見物に来たのか?別にこちらとしてはそちらと敵対するつもりはないから、このままお帰りいただけるとありがたいのだけど」
「ふふふ、まあそうつれない事を言うでない。妾は退屈しておってな。どれ、ちと妾と遊ばんかの?」
「魔お……んぐっ」
少女が隣で何か言いかけた初老の男の口を塞ぐ。
そしてごまかすように、
「あー、ごほん。そういえば自己紹介がまだじゃったの。妾の名前はマオ・ウンデスじゃ。この爺さんの忠実なる僕にして、魔族の一兵士であるぞ」
そう名乗りを上げたのである。
口を塞がれた初老の男が「こいつは誰の自己紹介をしているのだ?」という疑問に満ちた表情で、目が飛び出しそうな位驚いている。
「そうじゃな、ビフロンス……様?」
少女がそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「……ああ、はい、そうですそうです。あなた様は私の忠実な僕にして魔族の一兵士ですね」
ビフロンスと呼ばれた男が溜息交じりに返答する。
なんだか投げやりな感じなのは気のせいだろうか。
「ではビフロンス様、ビフロンス様の剣である妾が、僭越ながら露払いさせていただこう」
恭しくお辞儀をする少女。
そのお辞儀の先には、「もうどうにでもなーれ☆」といった感じのビフロンスが、目を閉じたまま無言で天を仰いでいたのだった。
「お待たせしたのう。さて、そこの黒いの。妾と少しばかり遊んではくれぬか?」
マオと名乗る少女は持っていた大剣を真っ直ぐに突き出し、リュウジを指し示す。
「嫌だといったら?」
「ふふ。周りの若人たちの安全は保障できぬな」
リュウジはウィークポイントを突かれて、苦虫を噛み潰したような顔をする。
(他の生徒を盾に取られると仕方ない……か)
「よし、わかった。ただ一つだけ条件がある。場所を変えよう。ここで全力を出すと周りに被害が出そうだからな」
「よかろう。ここから少しばかり離れた場所に開けた丘がある。案内しようではないか、ついて参れ」
「魔お……ではなくてマオ殿、儂もお伴……ではなくて一緒に参ります。立会人も必要でしょう」
ビフロンスと呼ばれた初老の男もついて来るようだ。
この男も隙が無く、相当に手強い相手だろう。
(万が一この男が加勢して、2対1になるとさすがにきついな)
リュウジがそんなことを考えていると、
「リュウジ殿、私も行こう。そちら側の立会人だけではフェアではないからな」
どうやらアンナが一緒に来てくれるらしい。
戦力的にはリディアの方が好ましいが、もしかすると魔族の別働隊が拠点を襲撃するかもしれない。
いざという時の為に、リディアには拠点にいてもらった方がいいかな。
「よし、じゃあアン、頼む」
「承った」
「ふむ。話はまとまったようじゃの。では行くぞ。少し飛ばすが遅れるなよ?」
マオという少女?はせっかちな性格なのだろう。
もう待てないといった様子で、その巨大な翼を激しく上下させ、一人で飛び立っていった。
やれやれといった感じで、初老の男も後ろから追従し、飛び去っていく。
(今のうちに反対方向へ全員で逃げるのもありかな)
それも面白そうな気がしたが、少女の飛行速度を考えると、逃げても追いつかれてしまうだろう。
リュウジとアンナは大人しく、少女の飛んでいった方向へと疾駆するのであった。
いくらか走ったところで、それらしい丘があった。
リュウジがその丘を登っていくと、
「遅いぞ、黒いの」
「こっちは徒歩なんだから仕方ないだろ?」
「なんと、人間は空も飛べんのか。不便な生き物よのう」
「あれ、そんなことも知らないのか?」
「うむ。何といっても妾はこの魔大陸から出たことがないからの。無論人間と接するのもお主たちが初めてじゃ」
どうやらこのマオという魔族は、割と箱入り娘らしい。
「それなら特に人間に敵対する必要もないんじゃないか?俺も別に魔族には何の恨みもないし。意外といいお友達になれそうだが」
「ふはは。じゃから遊び相手といったであろう?妾は小さい頃から蝶よ花よと育てられたせいで退屈なのじゃ。ではまあ、少しは楽しませてくれよ……のうっ! 」
我慢の限界だったのだろう。
少女が獲物の大剣をフルスイングする。
「おいおいっ、いきなりだなっ!」
すんでのところで回避したリュウジ。
「遊びに開始の合図なぞ必要ないじゃろう?」
心から楽しんでいるのだろう。
新しいおもちゃを見つけた子供のように、少女は嬉々とした笑みを浮かべるのだった。
アンナが聞いたら「不意打ちは騎士道精神に反する」云々言いそうなものだが、残念ながら俺のスピードについてこれなかったようで、まだこの場に到着していない。
それにしても今のはかなり際どかった。
少女は身の丈ほどもある大剣を、まるで木の棒でも振り回すかのように取回している。
まさかの速度で振るわれた大剣に、今のリュウジの全速力をもってして、ギリギリの回避となったのである。
魔族の膂力恐るべし――
リュウジが驚くのも束の間、少女は追撃の手を緩めるつもりはないようで、息をつく暇もなく大剣を振り回してくる。
技というものは感じられないが、力任せに振るわれるその剣は圧倒的な膂力により、一種の技のような破壊力を生み出していたのだった。
「はーっはっは!どうした黒いの、お主の実力はその程度か!」
「ちょっとはしゃぎすぎだろ!少しは自重……しろっ!」
リュウジは魔法により身体能力をフルブーストする。
更には「雷化」を使用し、速度を大幅に向上させる。
アンチマジックフィールドの影響で、ブースト魔法も本来の10分の1程度の効力しか発揮しないが、それでも常人の目では追うことが叶わない速度を叩き出すのだった。
リュウジは速度で圧倒し、少女の背後を完全に捉える。
そして滑らかな動きで振り下ろされる刃。
しかしリュウジによって振るわれたその白銀の剣は、少女の背に鎮座する、漆黒の翼によって弾かれるのだった。
「おいおい、アダマンタイト製かよ、その翼」
「ふふ。今のは少し危なかったの。まさか妾が背後を取られるとは、人生初の経験じゃぞ」
「よくいう。しかし今ので決定打にならないとはな……。参った、お手上げだよ」
「そういう割にはまだ余裕がありそうな顔をしとるのう。どうやらまだまだ隠し玉があるようじゃの。どれ、出し惜しみの出来ない状況でも作ってやれば飛び出してくるかの」
少女から突如発せられる魔力。
リュウジがそれを感知した瞬間、視界から少女が姿を消したのだった。
「先ほどのお返しじゃ。死ぬなよ?」
唐突に背後から声が聞こえ、大剣から発せられる風切り音が認識される。
少女の姿を目で捉える事も出来ず、リュウジはほとんど反射的にガードに回るのであった。
辛うじて間に合い、剣を背中と相手の大剣の間に割り込ませることに成功する。
しかし直撃は避けられたものの、その凄まじい衝撃にピンポン玉のように跳ね飛ばされるリュウジ。
今回はアンナとの決闘の時のような演技ではない。
受け身も取れずに派手に地面に打ち付けられ、リュウジはうつ伏せのまま地面を滑走するのであった。




