20.開戦
「こりゃ壮観だな」
リュウジは城門の上から見える光景に感嘆の声を上げた。
1000体の魔物の襲来。
大小様々な魔物の群れが、王立学園軍が拠点とする砦の四方を囲み、土煙を上げながらその距離を詰めてきている。
噂に聞くモンスターハザードと比較しても見劣りしないのではないか――
リュウジはそんな風に考えながらも、
(まあ量より質ってね)
勝利を確信したような余裕のある表情を見せるのだった。
そして隣で同じように魔物の群れを眺める生徒に向かって、
「手筈道理に頼むぞ、エイリーク隊長」
と声を掛けた。
「隊長は止めてよ、リュウジ隊長」
エイリークも隊長と呼ばれるのは気恥ずかしいのだろう。
お返しとばかりに隊長の部分を強調して返答する。
遠隔部隊隊長エイリーク・フォン・ティラトーレ。
アインス国の子爵家次男であり、リュウジのルームメイトの剣術科在学生である。
「まさか二人揃って隊長と呼ばれる日が来るとはな」
「僕も驚きだよ。まあリュウジ君の場合は、遅かれ早かれ頭角を現すと思っていたけどね」
「あれ、そうなのか?目立たないようにしてたはずだけど、どうやら俺は隠すのが下手なようだなぁ」
「僕のスキルが少し特殊なだけだよ。他の生徒にはうまく隠せていたんじゃないかな」
スキル「鷹の目」――
弓術スキルから派生するスキルであり、簡単に言えば目が良くなるスキルである。
エイリークの鷹の目スキルはBランクであるが、それでも1㎞先の文字を読むことが可能だという。
本人の話によると、元々エイリークが得意とするのは「弓」であったが、家庭の事情により、王立学園には剣術科として入学したとのことだ。
ちなみにその事情については、詳しくは語らなかった。
異世界出身の俺にしてもそうだが、誰にでも話せない事情の一つや二つはあるものだろう。
俺も敢えて深くは尋ねなかった。
そんな訳でエイリークは、剣術科生徒として学生生活を送っていたのだが、そこに先の魔族領転移である。
開戦直後、自前の弓を持参していなかったエイリークは、仕方なく剣で応戦していた。
だが戦闘の最中、震えて弓を構えることも出来ない弓術科の生徒を発見し、その生徒からやや強引に弓を借り受けたのである。
そこからのエイリークの奮戦ぶりは見事であった。
魔物の眉間といった急所の部分を正確に打ち抜き、周囲の魔物を次々と魔石化させていく。
繰り出される美技の数々はエイリークの整った容姿と相まって、弓術科生徒を心酔させるに十分だったようだ。
結果として戦後、大多数の弓術科生徒の推薦により、遠隔部隊隊長エイリークが誕生することになったのである。
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「人間どもめ、拠点だけは見事なものよ」
リュウジたちの拠点とする砦を見上げながら、魔物を率いる下級魔族が独り言ちる。
フルカスの部下であるこの下級魔族は、領主であるビフロンスへ、フルカス失踪の報告をし、同時進行でフルカス捜索の為の魔物軍を編成していたのだった。
そしてこの軍団は、フルカスの辿ったであろうルートを踏襲し、学生達の拠点というべき、この砦にたどり着いたのである。
「一気に捻りつぶしてくれる!全軍突撃!」
下級魔族の号令により、千を越える魔物が雄叫びを上げて砦へと進撃する。
だが砦までの道半ばといったところで、その雄叫びは悲鳴へと変わっていくのであった。
「ば、馬鹿な。一体何が……」
驚愕の声を上げる下級魔族の眼前で、現在進行形で魔物の群れが次々と姿を消してゆく。
突撃する魔物達は、目の前で同族が消える異常事態に遭遇し、その場に止まろうと試みる。
が、後ろから勢いよく進軍してくる他の魔物に背中を押される格好で、前進せざるを得ない。
こうして玉突き事故のように、後ろから押された魔物が、順次消滅していくのだった。
「いやー、面白いほど簡単に嵌るな」
「うーん。ちょっと相手が可哀想になるね」
目の前で消えゆく魔物を、リュウジとエイリークはまさに高みの見物といった状態で見下ろしていた。
リュウジが仕掛けたのは古典的な”落とし穴”である。
大群に攻められることを考慮し、あらかじめ砦の周辺に深さ10m程の濠とも言うべき穴を掘っており、来たるべき魔物の襲来に備えていたのである。
ただ普通の落とし穴と違う点は、穴を穴として認識できないよう、カモフラージュされているところである。
リュウジが光魔法を応用して編み出した、穴の上にまるで本物の地面があるかのように錯覚させる、云わば幻術の類のオリジナル魔法だった。
普通の地面だと思って走り抜けた結果、魔物達は次々と足を踏み外し、穴の底へとその身を投げ出していったのである。
「ぐぬぬ、何と卑劣な。全軍止まれ、落とし穴だ!慎重に確かめながら進むのだ!」
下級魔族の号令により、ピタリと速度を緩める魔物達。
かなり統率のとれた動きであり、練度の高い群であることが見て取れる。
だが今回ばかりは、その統率のとれた動きがさらなる悲劇をもたらすことになるのだった。
「よし、全軍撃ち方用意!撃て!」
エイリークの凛とした声が戦場に木霊する。
総勢30名の遠隔部隊――通称バリスタ部隊による一斉射撃である。
砦に固定されたバリスタから、槍程の太さを持つ極太の矢が連続して打ち出される。
動きを止めた魔物の群れは、バリスタの恰好の的であった。
ある魔物は矢に打たれ絶命し、ある魔物は矢を回避しようとして落とし穴に落ち、それらも乗り越えて砦に接近してきた魔物は悉く、リュウジとリディア率いる近接部隊に討ち取られていったのである。
こうして開戦から一刻も立たずして、千の魔物達は壊滅したのだった。
「貴様ら、このようなことをして、ただで済むと思うなよ」
リュウジに捕えられ、ロープで縛り上げられた下級魔族が怨嗟の声を上げる。
「捕虜のクセに偉そうなやつだな、とりあえず地下牢に放り込んでおいてくれ」
「わかりました」
リュウジは近くにいる生徒に指示を出し、下級魔族を地下牢へと運ばせる。
殺害せずに捕虜とする理由は幾つかあり、一つは魔族の外見がほとんど人間と同じだという点である。
まず魔族は共通して褐色の肌を持っている。
そして人間と大きく違う特徴として、背中に羽が生えていた。
ちなみにこの羽の大きさには個人差がある。
リュウジにとって、同族に似た背格好を持つ魔族を殺害するということは、非常に抵抗のあるものだった。
また捕虜とする他の理由としては、万が一人間側の生徒が捕えられた時に、捕虜交換の材料として交渉出来るかもしれないと考えたからである。
「貴様らなど直にビフロンス様が成敗してくださるわ!それまでせいぜい残りの生を楽しむがいい!」
生徒に抱えられ、移送される途中で下級魔族が吠える。
「ほー、ビフロンスというのが親玉か。是非戦ってみたいものだな」
リュウジの戦闘民族の血が騒ぎ出す。
その時である。
「いやはや、中々に面白い見世物だったぞ」
空から聞こえる声。
リュウジが顔を上げるとそこには、巨大な翼をはためかせて宙に浮かぶ、少女と初老の男の姿があったのだった。




