17.初陣
「うーん、どうするかなぁ」
俺は少し迷っていた。
シグルドは剣術科生徒に前衛、魔法科生徒に後衛、それ以外は自己防衛と命令したのである。
リュウジは一応「それ以外」に該当しており、言われた通り行動するのであれば、我が身を守るだけで事足りる。
(しかし)
戦況はどう見てもよくない。
比較的学生も教官も頑張っているが、客観的に見て多勢に無勢である。
そう遠くないうちにガス欠となり、魔物側の一方的な勝利となるだろう。
(しかもこれはな)
そう思いながらリュウジは炎魔法を構築すべく手をかざす。
手元に発生した炎はいつもより弱々しい。
どうやらこの地では、魔法の出力が本来の10分の1程に低下させられるようだった。
元々が強大な威力であるリュウジの魔法であれば、そこそこの威力は出せるだろう。
しかしまだ初級魔法しか扱えない多くの生徒達にとっては、死活問題となり得る事象である。
実際普段より威力の出ていない攻撃魔法や治癒魔法に焦り、魔法科の生徒の多くは半狂乱状態で、大量のMPを垂れ流しながら魔法を放っていたのだった。
そんな混沌とした状況に追い打ちを掛けるように、巨大な蛇の魔物が出現する。
(チェックメイト、か)
新たな怪物の出現に絶望し、心の折れた生徒が散見される。
(あまり目立ちたくなかったが、仕方ないか)
リュウジとて人の子である。
目の前でむざむざ人が死にゆくさまは見るに耐えない。
そう考えたリュウジは防衛を捨て、魔物の殲滅へと舵を切るのであった。
手始めに近くの少女の元へ駆ける。
「おいおい、簡単に生きることを諦めるなよ」
少女を襲おうとしたコボルトを軽く両断したリュウジは、少女に激励の意を込めてそう話しかけた。
少女は驚きの表情を浮かべたものの、肉体的にはさしたる怪我もないようだ。
このまま放っておいても大丈夫だろう。
(あ、次はあっちがやばそうだな)
ゴブリンとオークに囲まれそうになっている生徒を見つけた俺は、少女へ死なないようにとだけ伝え、次の戦場へと向かうのだった。
斬、斬、斬――
リュウジの前に立つ魔物は須らく両断され、魔石となって地に落ちていく。
リュウジの反対方向からは次々と魔物の悲鳴が上がる。
おそらくはリディアの活躍によるものであろう。
二人の達人の恐るべき殲滅力により、気付けば魔物の大半は消失していたのだった。
残る大物はミノタウロスとサーペントである。
「……加勢する」
「お、リアか。結局リアも剣術使ってるんだな」
「……何故か魔法がうまく使えない」
「やっぱりか。どうやらこの地には魔法を制限する何かがあるようだな。生徒も教官も限界が近いようだし、俺らで一体ずつやるか」
「……どっちが早く倒せるか競争」
必死で戦っている生徒が聞いていたら「何を言っているんだこいつら」という内容だっただろう。
本来災害級の魔物とはAクラス冒険者がようやくソロで対峙出来るレベルの魔物であり、学生一人の手に負えるものではないからだ。
しかし人間業とは思えない高速での移動の中での会話は、幸いにも他の生徒に聞かれることはなかったのだった。
「ブルルルルゥゥ!」
結局俺がミノタウロス、リディアがサーペントの相手をすることになった。
「リュウジ、下がれ!こいつはいくらお前で……も?」
ミノタウロスとソロで相対し、全身血だらけになったシグルドがリュウジに向かって叫ぶ。
「悪いが速度勝負なんでね」
リュウジの白刃がミノタウロスを襲う。
リュウジが振るっているのは愛剣ともいえるグローリーソードではない。
”雌雄一対の剣”
かつてリディアとともに討伐した、ツインヘッドドラゴンからのドロップ品。
雄の剣はリュウジが、雌の剣はリディアが、それぞれ所持することになった逸品である。
その切れ味は凄まじく、災害級と恐れられるミノタウロスの強靭な肉体を持ってしても、縦断を免れることは出来なかったのであった。
「馬鹿な……」
あれ程自分が追い詰められたミノタウロスが僅か一刀の元に崩れ落ちていく。
そんな嘘のような光景を見ながら、シグルドは驚きの言葉を上げるのだった。
「そっちも終わったか」
「……ん。よく斬れた」
どうやらサーペントもリディアの一撃で沈んだらしい。
そして丁度他の魔物も全滅していたようである。
俺とリディアそれぞれの戦いを、学生も教官も目を見開いて静観していたのだった。
本来なら脅威の消失に歓声が上がる場面であるが、目の前で行われた一方的な斬殺に対して理解の追いつかない生徒たちは、皆一様に言葉を失い立ち尽くすのであった。
「……全く、規格外だな、君たちは」
満身創痍のシグルドが、剣を支え棒にしてあきれ顔で発言する。
「何はともあれ、君たちのおかげで助かったよ。さて、これからどうしたものか……」
シグルドが言葉を発し、今後の事を考え目を伏せる。
どこからともなく現れたヒースがシグルドの元に駆け寄り、
「そうですね、これからの方針を教官全員で話し合いましょう。一時的に脅威を退けられましたが、これだけのレベルの魔物の出現から鑑みて、ここは魔族領で間違いないでしょう。とりあえず生徒たちの治療と並行して会議を……って、聞いてますか、シグルド教……官?シグルド教官!」
ヒースの叫びを遮るように、シグルドが膝から崩れ落ちていく。
自らを犠牲にし、生徒を護る。
教官の鏡のような男の最後であった。
「おい、勝手に人を亡き者にするなよ」
「いや、してませんよ。まあ瀕死のようですけど。といいますか、よくミノタウロス相手にソロでそこまで持ちこたえましたよね」
ベッドに横たわったシグルドと、傍らに立つリュウジが軽口を叩きあう。
ここは簡易的な救護室である。
シグルドが倒れた後、
「とりあえずここを拠点にするか」
とリュウジが言い出し、土魔法を駆使して簡単な砦を建設してしまったのである。
最早驚き疲れた生徒と教官達は、目の前で次々と構築されていく城壁や居室、ベッドやテーブルといったものを、「もうどうにでもなーれ」といった感じで眺めていたのであった。
「それで今後の方針だが……リュウジ君、悪いが君には生徒達を護ってもらいたい。本来なら君も守るべき生徒なのだが、どうやらそんな状況でもなさそうだからな」
「うーん、あんまり目立つ予定は無かったんですが、仕方ないですよね。わかりました、俺で出来ることはさせていただきます」
「助かる。そしてリディア君」
今この場にいるのは俺とシグルド教官とリディアの三人である。
付き添い教官の実質副リーダーであったヒースは、現在リーダー代行として現場の指揮を執っており、ここにはいない。
そして意識を取り戻したシグルドが、俺とリディアの二人を呼び出したのだった。
「……はい、何でしょう?」
「聞けば君はローエン先生の愛娘だそうだな。先生には昔お世話になったのだよ。そんな君に頼るのも心苦しいのだが、本当に背に腹は代えられない状況でね。できれば君にもリュウジ君と一緒に生徒達を護ってもらいたいんだが、どうだろう?」
「……わかりました。私もクラスの皆は嫌いじゃないですので」
「すまんな。俺がもう少し動ければな……」
シグルドが全身に巻かれた包帯を見ながら、苦悶の表情を浮かべる。
この世界の魔法に、明確な治癒魔法というものは存在しない。
リュウジも簡単な止血位は出来るものの、骨折や深い裂傷などの治療は出来ないのであった。
「それで今後の方針だが、正直何も決まってない。ヒースの地図によると、どうやらここは旧フィーア国のトクシムの街に該当するようだ。アインス国に行くには200㎞ほど陸地を西へと進み、そこから更に海を渡ってオオウィータへと行かないといけないらしい。そこまでの間、強力な魔物の襲撃も予想に難くない。それを踏まえ、君はどう思う?」
シグルドがリュウジに意見を問う。
「そうですね、それなら……」
「それなら?」
「いっそのことここに定住しましょう」
リュウジの口から出たのは、屈強な魔物の蔓延る魔族領での定住宣言だった。




