16.魔族領
魔族領――通称「死国」
かつて魔王を滅ぼした13の英雄により建国された13の国。
建国から時を経て、そのうち一つが魔族の生き残りにより襲撃され、魔族の支配する土地となった。
その土地は人間側から死国と呼称され、他国とは海を隔てており、陸続きではない。
造船技術がそれ程進んでいないこの時代では、攻め入ることが困難であり、相互不干渉の土地として放置されていたのだった。
ヒース教官の「ここが死国である」という発言に対し、多くの生徒は「まさか」と現実逃避的な思考に陥っている。
魔族というのは一国を滅ぼす程の戦力を持つ戦闘集団であり、多種族に対しては残虐非道な種族であるという教育が、アインス国始め人族の国では行われていた。
そんな魔族が統治する土地に放り出されたという現実は、まだまだ肉体的にも精神的にもひ弱な学生にとっては受け入れ難いものであったのだろう。
何をすればよいかもわからず、生徒達は茫然と立ち尽くすのであった。
「ガァアアアアアァァァ!」
突如響く人外の叫び。
その叫びの主は徐々に近づいて来る。
気付けば王立学園の生徒たちは、オーク・ゴブリン・コボルトといった魔物の群れに取り囲まれていたのだった。
そしてその魔物の群れの中でも一際強大な存在が姿を現す。
「ミ、ミノタウロス……」
一人の学生がそうつぶやき、その場にへたり込む。
ミノタウロス――牛頭の巨人で手には重量感のある戦斧を携える、災害級の魔物である。
小さな街の城壁をもいとも簡単に破壊するその魔物の駆除には、Bクラス冒険者10人は必要とされていた。
生徒の多くはまだ冒険者でいうところのせいぜいF・Eランク程度であり、Bランク冒険者といえば雲の上の存在。
シグルド教官が元Bランク冒険者であり、それでも学園では学園長に次ぐナンバー2である。
目の前の脅威を目にし、ようやく生徒たちは自分たちが魔族領に来たのだという事実に気づかされ、パニックに陥るのであった。
「全教官に告ぐ!生徒を円で囲むように散会しろ!ミノタウロスは俺が引き受ける!我々で生徒を守り抜くぞ!」
シグルドが号令を出す。
さすがは元Bランク冒険者といったところだろう。
ミノタウロスから発せられるプレッシャーにも臆することなく現状で打てる手を指示するのだった。
「攻撃魔法が使える生徒は援護を、治癒魔法が使える生徒は治癒魔法を、剣術科の生徒は我々教官が打ち漏らした魔物から魔法学科の生徒を死守、残りの生徒は自分の身を最優先に防御に徹しろ!」
シグルドが続けて叫ぶ。
使えるものは親でも使う。
最早生徒だからといって無駄に遊ばせておく状況ではないのだろう。
かくして異国の地で、魔物と王立学園の生徒と教官たちによる戦闘が幕を開けたのだった。
「そっち抜けたぞ!」
「任せろ!」
剣術科でも優秀な生徒たちが互いに連携し合う。
王女様との繋がりを目指し、各貴族が見込みのある学生を学園に送ってきたことが幸いしたのだろう。
学生の奮闘もあり、戦況は拮抗の様を見せる。
「ブルアアァアァァァ!」
そんな状況にイラついたのだろうか、ついに牛頭の巨人が動き出す。
「来たか化け物!私が相対する!全員近づくなよ!」
シグルドが前に出る。
こういった窮地で燃えるタイプなのだろうか。
本来Bクラス冒険者10人がかりで対応する魔物に対し、怯むどころかアドレナリン全開で飛び出していく。
シグルドの奮闘もあり、なんとか戦線を持ちこたえていた王立学園生徒たち。
だが徐々に形勢は魔物側に傾きつつあった。
一般人より多少腕は立つとはいえ、生徒たちは15歳前後の少年少女である。
ペース配分が分からず、必死に全力で防衛に専守したが故の拮抗であり、体力的な疲労、精神的な疲労による集中力の低下が顕現してきたのであった。
「キシャアァアアア!」
そんな生徒たちをあざ笑うかのように現れる大型の魔物。
「は、はは。ここでサーペントかよ、参ったね……こりゃ」
教官の一人がどこか諦めた様子でつぶやく。
サーペント――ミノタウロスと同等に、災害級と恐れられる魔物である。
その毒は鉄をも腐食させ、その強靭な顎は人間程度の大きさであれば一飲みしてしまうだろう。
そんな異様を誇る巨大な毒蛇の出現に、生徒たちは恐慌状態へと陥ったのであった。
「ああ……」
あまりの絶望で生きることを放棄した女生徒の、声にならない嗚咽が漏れる。
少女は今まで必死に振り上げていた剣を力なく落とし、全ての抵抗を捨てる。
目の前に迫るコボルトの凶刃。
出来るなら苦しまずに殺してほしい――
少女はそんな願いを込めて目を瞑り、唇を噛み締めるのであった。
1秒、2秒――
おかしい。
少女はいくら待っても自分の体に何の衝撃も無いことに疑問を感じる。
もしかして本当に痛みも感じず死に至ったのだろうか。
恐る恐る目を開ける少女。
涙交じりの少女の瞳には、恐らく痛みを感じることはなかったであろう――綺麗に一刀両断されたコボルトの姿が映るのだった。
「おいおい、そう簡単に生きることを諦めるなよ」
不意に声を掛けられた方向へ目を遣る少女。
その視線の先には、美しい白銀の剣を把持した黒髪の生徒が、苦笑交じりにこちらを見る姿があったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――少女side――
(もう、無理だよ……)
憧れの王立学園に入学した私。
父が王国の騎士であり、その背中を見て育った私は、将来は父と同じく王国の騎士として国を支えたいという思いを持つ。
そこそこ剣の才能が私にはあったらしい。
どうにか王立学園の入学試験にも受かり、剣術科の一員と成れた。
王立学園での授業は決して楽なものではなく、その厳しさから、毎年学園を去る者も少なくない。
幸運にも王女様と同じ年に入学でき、
(頑張れば王女様の親衛隊にも入れるかも)
そんな淡い希望を胸に、私は日々の辛い訓練にも耐えて来られたのだった。
そして入学早々に、王女様の親衛隊長さんと一人の学生が決闘をすることになる。
親衛隊長さんの槍捌きはやっぱりすごい。
私の目ではとてもじゃないけど追い切れないし、躱すこともままならないだろう。
相手の黒髪の少年も頑張っていたけど、最後には為すすべなく吹き飛ばされていた。
何故か割と平気な顔で立ち去っていたけれども。
でもそれも仕方がない。
親衛隊長さんの噂は私の父からも聞かされていた。
若くして親衛隊長を務めるだけあり、冒険者ランクでいえば限りなくBに近いCランクレベルの実力を持っているとのことだった。
世間にはもっと多くの強い人がいるけれども、少なくとも私たちの世代では飛び抜けた存在であろう。
そんな彼女が今、魔物から王女様を護ろうと、持てる力を振り絞って槍を振るっている。
その甲斐あってか王女の周辺は比較的安定した状況だった。
私もとにかく必死で剣を振るう。
私の後ろから悲鳴にも似た叫びで、魔法による援護射撃が飛ぶ。
(耐えていれば、きっと教官や親衛隊長さんが何とかしてくれる)
私のそんな甘い願望が崩れ去るのには、それ程時間を要しなかった。
「キシャアァアアア!」
絶望の叫びが戦場に響き渡る。
あ、これは無理だ。
私は直感的に悟ってしまった。
既に恐怖を通り越して、ある意味諦めの境地に至った私は、少しだけ冷静になれた。
そして辺りを見渡すと、前衛の生徒の多くは満身創痍。
後衛の生徒はMP切れが間近。
教官も諦め顔で苦笑い。
人はこの状況を絶望と呼ぶのだろう。
追い打ちを掛けるように、双剣を手にしたコボルトが私の眼前へと迫る。
私は最早抵抗する気力を無くし、降参の意を込めて両手を下ろす。
手に握られた、両親からの入学祝の片手剣。
(お父さん、お母さん、親不幸な娘でごめんなさい)
そして私は目を閉じたのだった。
(……あれ、おかしいな)
敵との距離と速度を考えれば、数秒で私は切られるはずである。
何秒たっても、想像された痛みが私を襲うことがない。
私は恐る恐る目を開ける。
目の前には綺麗に両断されたコボルトの死骸。
こんなに綺麗な切断面は見たことがない。
王国の騎士団長でもこれだけ綺麗に切ることは難しいのではないのだろうか。
少なくとも父には無理である。
「おいおい、そう簡単に生きることを諦めるなよ」
切り口に魅了されていた私は、声を掛けられてハッとする。
声の先には、どこかで見たことのある、黒髪の生徒が立っていたのだった。
(あれ、この人は……ああ、親衛隊長に吹き飛ばされていた人だ)
噂では”座学もさっぱりの落ちこぼれ生徒”だったはず。
その生徒が今、美しい白銀の剣を携行して、妙な落ち着きを払っている。
状況から判断して、目の前のコボルトはこの少年の所業によるものだろう。
「あ、今度はあっちの生徒が危ないな。おーい、俺は向こうの生徒を助けに行くから、最低限死なないように防御に徹してくれよ」
少年はまるでどこかへ遊びに行くかのような気軽さで、私にそう告げて疾風の如く去っていったのだった。
そして出鱈目な速度で飛び出したと思ったら、これまた出鱈目な剣速を持って魔物を屠っていく。
(まだ、諦めるのは早いかも――)
戦場に現れた一縷の希望――
その存在に後押しされ、私は再び剣を構えるのだった。




