15.トラップ&ロール
美少女との決闘という一大イベントを終え、周囲の俺への評価は固まった。
”避けるのはそこそこ上手い凡庸な生徒”
とりあえずこんな形で落ち着いたのだ。
ついでに俺の入学時の学科試験が0点であったことが知れ渡っていた。
そして俺がどの学科にも属していないのは、成績不十分で学科に属することを認められなかった為であり、落ちこぼれた生徒であるという風評が、まことしやかに広まっていたのである。
まあ学科試験0点の話は俺が自分でリークしたのだが。
ちなみに決闘の一件があってから、俺は王女様やその取り巻きに遭遇するのを避けるため、魔法学科には足を運んでいない。
リディアには一応説明してあるから大丈夫だろう。
偶に何故か王女様が俺を訪ねて来るのだが、俺は持ち前の探知能力をフルに駆使し、王女様が近づいてくるのを感知すると、それに合わせて逃亡するのであった。
そんなこんなで一か月が過ぎ、その間俺はひたすら図書室の書物を読み漁り、それ以外は剣の自主トレと基礎体力作りを行うという毎日を過ごす。
そして5月に入り、学園最初のイベントが始まった。
内容は「全学科の生徒が一堂に会し、合同演習という形で遠征に行く」というもの。
平たく言えば遠足である。
遠征先はエイリークの故郷であるクーモンの街の、アーソの森というダンジョンである。
このアーソの森は、他のダンジョンと違い階層が無く、ボスモンスターもいない為、初級冒険者の恰好の修練場となっていた。
学科未所属の俺も当然のように参加となっていたが、面倒を避けるため光の隠蔽魔法で存在を消しながら、誰にも認知されない状態で行軍に付いていったのだった。
「よし、全員今日はここでキャンプを張るぞ!各班リーダーは班員の点呼を取って報告するように」
引率の男性教官が声を張り上げる。
今回の遠征では各科それぞれ10人編成で班が組まれており、自薦他薦問わない形で各班のリーダーも事前の話し合いで決められていた。
ちなみに俺はぼっちなので強制リーダーである。
それぞれの班が楽しそうに談笑しながらテントを組み上げていくのを尻目に俺は周囲の散策をしていた。
(何か気持ち悪い森だな……)
そう、俺はこの森に入った時から、僅かにだが何らかの違和感を感じていた。
仄かに悪意の混じった魔力で満たされている、そんな得体のしれない感覚の出所を確かめようと、単独行動に出たのである。
「……リュウ、どうした?」
生徒の中では唯一俺の隠密を見破れるリディアが、俺がキャンプ地から離れていくのを感じ取ったのだろう。
班を抜け出して俺の後を追ってきていたのだった。
「リア、キャンプの用意は終わったのか?」
「……まだ終わってない。ただ私はほとんどすることがないから、ついてきた」
どうやらリディアはクラウディア王女と同じ班らしい。
王女と同じ班になった男子生徒が、王女の覚えを良くしようとやたらと張り切っている為、リディアを含めた班の女子生徒は手持ち無沙汰になっていたのだった。
そんな訳で俺はリディアと共に周辺の状況を調べていたのだが、俺は森の一部に異変を見つける。
現在俺たち生徒がキャンプ地としている広場を取り囲むように、魔力による円が描かれているようである。
しかもこの円からはかなり高位の魔力が感じられ、これだけの規模のものが自然に発生したとは考えにくく、人為的なものではないかと思われた。
「リア、どう思う?」
「……私のレベルだとわからない。でもリュウがおかしいと思うなら、きっと何かある。とりあえず教官に報告するのがベスト」
「だな。シグルドのおっさんに話してみるか」
「何だと?」
キャンプ地に戻った俺達は、その足でシグルド教官へと見てきた事実を伝える。
シグルドは少し驚いた素振りを見せ、顎に手をやりながら、何か思案しているようだった。
「普通の生徒が言った言葉ならそんなに気にしないのだが、君の言葉だからね。これは少し調査の必要があるな。おい、ヒース!」
シグルドが遠く離れたところで生徒を監督している教官へと呼び掛ける。
ヒースと呼ばれた教官は魔法科の担当教官であり、上位魔法も行使できる一流の魔法使いである。
恐らくこの中だと、俺に次ぐ魔法の使い手であろう。
「何ですか、シグルド教官。私はあなたと違って忙しいのですよ」
「あのな、私はちゃんと仕事をしている……とそんな問答をするために呼んだ訳ではない。実はな……」
と、シグルドがヒースに話しかけたタイミングで、どこからともなくキーンと鳴る電子音のような音が頭に響いてくる。
徐々にその音は大きくなっていき、強烈な耳鳴りとなって、その場にいた学園関係者を襲うのだった。
そして地面が――揺れる。
地震の規模的には震度6を超えているだろう。
多くの生徒はバランスを崩し、その場にへたり込んでしまう。
「全員、作業中止!班員で固まれ!何か――来るぞ!」
ヒースが生徒に向けて叫ぶ。
ヒースが感じ取ったであろう魔力の波動を、俺も感じていた。
揺れは一層激しさを増し、また一人また一人と生徒が倒れていく。
もはや立っているのは俺とリディア、シグルドの三人となっていた。
「止まっ……た?」
突如ピタリと揺れが収まり、生徒の一人がそんな安堵の声を発した。
しかし事態はこれで終わらない。
揺れが止まったかと思うと、次は周囲が暗転し、一切の視力が利かない、漆黒の闇が辺りを包む。
連続して起こる異常事態に、生徒はパニックに陥っていた。
そして最後の大規模な魔力の発動が終わり、光を取り戻す生徒たち。
その目に映る景色は、それまで見ていた緑豊かな森林ではなく――どこまでも続く、荒れ果てた荒野だった。
「空間転移……か?」
俺自身空間魔法の使い手であるため、今回発動した大規模魔法がなんとなくどのようなものか肌で感じ取っていた。
「空間転移だと?そんな馬鹿げたことが……」
俺のつぶやきにヒースが反応する。
自分で言っておいてなんだが、確かに馬鹿げている。
あの広範囲で、更に人間だけを他所に飛ばすという魔法は、そんなに簡単に出来るものではない。
ただヒースもどこか引っかかるところがあったのだろう。
所持していた鞄からコンパスと地図のような魔道具を取り出し、魔力を注ぎ始めたのだった。
「それは?」
疑問に思った俺はヒースに尋ねてみる。
「これはマジックキャンパスといってね。魔力を込めると自分がこの世界のどこにいるのか、指し示してくれる魔道具なんだよ」
中々に便利な魔道具である。
早々使う機会はないと思うが、海で遭難してどこかの島に流れ着いた時などは現在地を知るために重宝するだろう。
コンパスの針が回転し、徐々にその速度を落としていく。
そして完全に停止し、世界地図のある部分を示したのだった。
「ま、まさか、故障では……」
普段は冷静沈着なヒースが、動揺を隠せず上ずった声を上げる。
しかし自分の教官としての責務を思い出したのだろう。
冷静さを取り戻し、そして現在どこにいるかを皆に告げる為、声を絞り出すように言葉を紡ぐ。
「信じ難いがここは魔族領、通称――死国だ」




