10.re:学生生活
「うちの生ゴミが粗相を致しました」
「い、いえ。実害はありませんでしたので」
メリッサが俺に謝罪をする。
妻から生ゴミ扱いされるリディア父。
どうやら既に家長としての威厳は失われていたようだ。
俺は少しだけリディア父に同情した。
ただ実際俺に被害はない。
リディア父も本当に攻撃するつもりはなく、寸止めで俺をびびらせ、逃げ帰ることを期待していたに過ぎないとのことだった。
生ゴミとはいえ「剣聖」と呼ばれる男。
薄皮一枚どころかゼロ距離での寸止めが可能なようだ。
「自己紹介がまだでしたな。我が名はローエン。リディアの父をさせていただいております」
「いや、今更畏まられてもな……」
目の前のミイラ男が丁寧にお辞儀をする。
どうやらリディアの父はローエンという名のようだ。
包帯でグルグル巻きにされた頭部から、チリチリに焦げたリーゼントが生えている。
リディアが火属性魔法使いであることから、おそらくメリッサも火属性が得意なのであろう。
魔法の素養は遺伝によるところが大きいというのが、この世界の定説となっている。
「リディアよ、お前の話は分かった。だがもう一度冒険者として街を出ることは許可出来ん」
「……私は強くなった。リュウのおかげで今では中級魔法も使える。そこらのモンスターに遅れは取らない」
リディア父の言葉にリディアが答える。
実際リディアはそれなりの魔法使いとなっていた。
後衛職としてソロでは厳しいにしても、パーティーを組んでそこそこの前衛がいれば、それ程危険が無く冒険者としてやっていける可能性は高い。
「まあ話を聞け。今のままではまだ危なっかしいということだ。ダンジョンにはトラップも多い。今回はリュウジ殿がいてくださったので事なきを得たが、今後も危険がない訳ではないだろう?」
リディアの剣技を見るに、おそらく一人でもあのドラゴン位であれば圧倒したであろう。
ただ、不測の事態で剣を失った場合、危険がゼロとは言い切れないのが物理職の弱みではある。
「そこでだ、条件付きで今後も冒険者として生活することを許可しよう。一度王立学園に通い、基礎を学び直すことがその条件だ」
王立学園――
アインス国の首都であるシュラの街に位置する全寮制の学校である。
主要学科は剣術と魔法であるが、弓術、槍術、拳術といった他武術に加え、鍛冶や錬金といった生産的な学問まで、手広く学べるアインス国唯一の学術機関であった。
アインス国は他国と比べてダンジョンが多く、常に魔物の脅威に晒されている。
その為モンスターを駆逐出来る「武」が重要視されており、才能ある若者を育てるため、入学試験さえクリアできれば貴賤を問わず入学が許可される学園が創設されたのだった。
リディアは元々15歳になったら入学する予定であったが本人の才能と努力の結果剣の技量が伸びすぎてしまい、既に学園で学ぶレベルを超越してしまっていたので入学が見送りとなった――
という経緯を経て現在に至るのである。
「……わかった。入学する」
自分が我儘をいって実家を飛び出したという負い目はあったのだろう。
これ以上は育ての親に対して不義であると考えたのか、リディアは渋々といった表情でローエンの提案を受け入れたのだった。
「おお、わかってくれたか。そしてリュウジ殿」
「ん、なんだ?」
「貴殿もリディアと共に学園の入学試験を受けてはくれないだろうか?」
思わぬ提案に逡巡する。
隣では何故か期待を込めた目で俺を見つめるリディアの姿。
そして俺が出した答えは
「お断りいたします」
「そうかそうか、受けてくれるか……っておい!ここは普通受ける流れだろう!」
「いや、だってなんか面倒そうだし」
学校と言えば日本の学校しか知らない俺にとって、朝早くに起床し、つまらない授業を延々と半日も聞かされる生活には正直辟易していた。
それと比べて冒険者は時間に縛られることなく自由に生活できる。
好きな時に起きて好きな時に寝て、好きな時に食べる。
そんな現在の生活を崩してまで、学校に行きたいとは思わなかった。
結局何度かローエンに食い下がられたが、俺は丁重にお断りをしてその場は終わった。
リディアは少し悲しそうな表情を見せていたが、この短い付き合いの中で俺の性格をある程度把握していたのだろう、特に何も言わず納得したようだった。
そしてその後は、「ご迷惑をお掛けしたのでせめて泊まっていって欲しい」というメリッサからの要望で、俺はリディアの家にお世話になることとなった。
夕食の会談の中で、俺の自己紹介やリディアの昔話といった他愛もない会話を淡々と行う内に、サガの街からの移動の疲れもあったのだろう、リディアは早々に寝てしまっていた。
そんなリディアの寝顔を一瞥し、ローエンがおもむろに口を開く。
「……思えばこの子には辛い思いをさせてしまっていたな」
幼少からの英才教育――
聞こえはいいが、まだ自我も発達していない幼子に対し、本人の意思とは無関係に、親のエゴで教育を強制しているという見方も出来る。
リディアはその敷かれたレール通りの日々に文句を言うことも無く、3歳から15歳になるまで修行を続けてきたのだ。
親の期待に応えなければいけないというプレッシャーを受け続け、毎日剣術の訓練を続けてきたリディア。
そしてそんなリディアが15歳になって突然、「魔法使いになりたい」と言い始めたのだ。
本当はかなり前からその思いを内に秘めて我慢してきたのかもしれない。
そんなことを、ローエンは食卓に用意されたエールをあおりながらポツポツと語り始めたのだった。
「リディアとしばし行動を共にした君ならわかるだろう。リディアの表情は失われてしまった。信じられないかもしれないが、小さい頃は無邪気に笑う、普通の子供だったのだよ」
ローエンにそう言われ、俺はリディアの寝顔を見る。
久しぶりの実家に安心したのだろうか、いつもの張りつめたような無表情ではなく、どこか緩んだ顔をしている。
「リディアに学園への入学を薦めたのは、何も魔法の勉強の為だけではない。同年代の若者達と生活をともにすることで、普通の子供として、青春を楽しんで欲しいという親心もあるのだよ」
そう語るローエンの顔は、とても優しげで寂しそうな、一人の親の顔だった。
どこか自慢のちょび髭も萎れてしまっているように見える。
「君ならわかると思うが、リディアはとても口下手だ。小さい頃から周りは道場に門下生として来る無骨な男ばかりでね。同年代の若者とどう接していいかもよく分かっていないと思う。見れば君には随分心を許しているようだ。そんな君が一緒に入学してくれたなら、私としても安心なのだが……」
そう話したローエンがチラッ、チラッと俺に目を向けてくる。
オッサンのその仕草はキモイから止めろ。
あからさまな勧誘に俺は閉口した。
(ちょっと感動しかけたのに台無しだな。まあでも……)
俺は隣の椅子で気持ちよさそうに眠るリディアに目を向ける。
(美少女との学園生活。悪くないかもな)
そんなことを考えながら俺は、目の前に置かれたエールのグラスを手に取り、ローエンと杯を交わすのであった。
※この国では15歳で成人扱いです。




